13 夕食会の誘い
おじい様を見送ると、私は夕食の準備をする為にキッチンへ向かった。
誰にも見守られず、ひとりきりで食事を作るのは初めての経験だ。このキッチンは幸いなことに、クッキングストーブまで設置してある。
「今日はこの家で初めて料理をする日だから、スープパスタにしようかしら……」
そんなことを考えていた時、扉をノックする音が聞こえた。
――コンコン
「……あら? 今度は誰かしら?」
扉にとりつけられた小さな覗き窓から外を見ると、玄関前に立っていたのはレオナルドだった。
「え? レオナルド様?」
驚いて扉を開けて挨拶をした。
「こんにちは、レオナルド様。どうされたのですか?」
「……こんにちは。レティシア……ところで」
何故かレオナルドは眉をひそめる。
「どうかしましたか?」
「レティシア、この『アネモネ』島は確かに治安はとても良い島だが、扉を開けるときは相手が誰か確認した方がいい。何かあったらどうするんだ?」
「それなら大丈夫です。ドアの覗き窓からレオナルド様を確認してから開けましたから」
「そうなのか? それならいいが……」
どこか、ほっとした様子を見せる彼。
「それで? 本日はどうされたのですか? あ、どうぞ中へお入り下さい」
「いや、別に中に入らなくてもいい。それよりも引越し作業は終わったのか?」
「はい、終わりました。これから夕食の準備を始めようかと思っていたところです」
「そうか? まだ用意していないんだな?」
レオナルドが笑みを浮かべる。
「ええ。そうですけど……あの、それがどうかしましたか?」
「実は、今からレティシアをグレンジャー家に招いて夕食会にしようかと思っていたんだ。幸い、祖父も何処かへ行ったところだし……」
その言葉に耳を疑う。
「え? おじい様なら先程、この家を訪ねられてお帰りになったところですよ?」
「何だって? それは本当の話か?」
今度はレオナルドが目を見開いた。
「はい、本当です」
すると……
「何てことだ……あれほど、レティシアのことを興味なさ気に話を聞いていたくせに……二時間も君のところへ足を運んでいたのか?」
「え? 二時間ですか? お祖父様は三十分程しか滞在されませんでしたよ?……あ、まさか……」
「どうしたんだ? レティシア」
レオナルドが声を掛けてくる。
「はい。実は私自転車で町まで買い物に行っていたんです。そして戻ってきてみれば家の前に見知らぬ馬車が停まっていて……お祖父様が降りてきたんです」
「何だって? それじゃ……」
「お祖父様は私に会うために少なくとも一時間以上は……待っていた……ということでしょうか?」
すると、レオナルドが不意に肩を震わせて笑い始めた。
「クッ……クックッ……全く、祖父も素直じゃない人だ。まるで人目を忍ぶようにこっそり屋敷を出ていったかと思えば……まさか孫娘の君に会いに来ていたなんて。しかもあの気難しい方が、一時間以上も帰りを待っていたとは……」
「そんなに気難しい方には見えませんでしたけど? いつでも遊びに来るように言われましたし」
「なる程。やはりあの方の頑固さも孫娘には敵わないのだろう。それではレティシア。グレンジャー家の夕食会に来てくれるか? 皆で祖父を驚かせてあげよう」
レオナルドはいたずらっ子のような笑みを浮かべて、手を差し伸べてきた。
「は、はい……でも、こんな身なりですけど……?」
私は今自分の着ている服を見た。
薄紫色のロングワンピースに真っ白なエプロンを身に着けた姿。とても夕食会に招かれるような服装ではない。
「何言ってるんだ? すごく良く似合って、可愛らしいじゃないか?」
「そうでしょうか……?」
可愛らしいなんて言葉、今まで誰にも言われたことが無いのでにわかには信じられなかった。でも着替えるために、お待たせするわけにはいかない。
「分かりました。ではすぐに参ります」
そして私は家の戸締まりを済ませると、レオナルドと共に馬車に乗り込んだ。
「ところで、レティシア。住むところは決まったけれど……仕事はどうするんだ? 確か君の望みは自立した生活を送ることだったが、グレンジャー家で援助しても構わないぞ?」
馬車の中でレオナルドが尋ねてきた。
「いえ、そのようなわけには参りません。身辺整理が落ち着いたら、何か私でも出来る仕事を探したいと思います」
「そうか……君でも出来る仕事か。レティシアは計算は得意なのか?」
「計算ですか? 苦手ではありませんけど……それがなにか?」
「い、いや。計算ができればどこでも働けるんじゃないかと思っただけだ」
その後、レオナルドは仕事のことには触れることはなかった。代わりに祖父がどのような人であるかを、私に面白おかしく説明してくれた。
馬車がグレンジャー家に到着するまでの間、ずっと――
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