12 思いがけない出会い

 美しい『アネモネ』島の町中を走っていると、今日も多くの人々にきさくに声をかけられた。


「こんにちは、 良い天気だね」

「素敵な自転車ね」

「南国のフルーツはいかが?」

「君が赤い自転車のお嬢さんだね?」


いつの間にか私は『アネモネ』島で有名になっていたようだった。

それが何となく嬉しいようなくすぐったいような気持ちだった。


今の私は、あの屋敷で暮らしている頃よりもずっと自分らしく生きていけている気がしてならなかった。


その後、私は港近くの喫茶店に入ってホットサンドセットにオレンジジュースを飲みながら蒸気船の集まる港の景色に魅入ったのだった。




****



もうすぐ我が家が見えてくる。


「少し買いすぎてしまったかしら……」


自転車の前カゴには町で買ってき野菜や、小麦粉、それに茶葉が入っている。あれもこれもと買い物をしていたら、ついつい買いすぎてしまったのだ。


「……あら?」


家の前に焦げ茶色の立派な馬車が止まっていることに気づいた。


「もしかして、レオナルド様かしら……? それともおばあ様……?」


他に私を尋ねてくる人に心当たりは無かった。けれどもしかすると、偶然家の前に停まっているだけかもしれない。


首を傾げながら馬車の側を自転車で通り抜けた時、背後で扉が開く音が聞こえた。


「え?」


自転車を止めて振り向くと、品の良いスーツに身を包んだ上品そうな初老の男性が立っており、私をじっと見つめている。


「あ、あの……?」


首をかしげると男性は口を開いた。


「レティシアか?」


「はい……そうですけど……?」


返事をしかけて、気づいた。もしや、この人は……?


「やはり、そうだったか……ルクレチアに良く似ている……」


その言葉で確信した。


「もしかして……おじい様ですか……?」


「ああ、そうだ」


そして祖父は気難しい顔で頷いた――



****



「あの……どうぞ」


祖父を家に招き入れた私は早速先程買ってきた紅茶を淹れた。


「……ありがとう」


祖父はカップに手を伸ばして一口飲むと、私を見た。


「お前がこの島にやってきたことはレオナルドから聞いていたが……まさかこの家で暮らすとは思わなかった」


「はい……」


もしかすると、祖父に内緒で勝手にここで暮らすことが面白くないのだろうか……?

祖父は私をよく思っていないに決まっている。だったら……


「あの……もしご迷惑なのであれば……私、ここを出てアパートを借りることにします」


すると祖父が眉をひそめた。


「何を言っているのだ? 誰もそんなことを言っていないだろう?」


「え?」


「別に……わざわざこの家に住まなくても、屋敷に住めば良いではないか。お前は……私のたったひとりの孫なのだから」


その言葉に思わず耳を疑う。


「おじい様……」


「でもまぁ、二人からは聞いておる。自立して生活したいのだろう? それならこの家は好きに使うと良い。そ、それに……」


祖父はゴホンと咳払いすると言った。


「いつでも屋敷に来て良いからな。歓迎する」


「おじい様……ありがとうございます」


「い、いや。私の方こそ悪かった。……勘違いしておったのだ。お前の父親のせいで連絡が途絶えてしまったと思っていたのだが……まさか執事が手紙を……すまなかった。長年我が家に仕えていたのに、まさかカトレアに横恋慕していたとは。もうあいつはクビにした。財産を全て没収した上でな」


「! そうだったのですか……?」


「そうだ。レオナルドは優秀だからな……執事がいなくても大丈夫だろう。何しろあれがチャーリーの仕業だと見抜いたのだから」


「そうですね。こうして誤解が解けておばあ様とおじい様に会えるようになったのですから、感謝しないとなりませんね」


すると、祖父は何故かじっと私を見つめてきた。


「ところで、レオナルドは……」


「レオナルド様がどうかしましたか?」


「い、いや。何でもない。それでは私はそろそろ帰ろう。誰にも行き先を告げないで出てきてしまったからな」


「そうなのですか?」


「ああ、皆が心配するといけないからな」


祖父が立ち上がったので、私も見送るために席を立った。



****


「それでは、またな」


馬車に乗り込んだ祖父が窓から顔を出してきた。


「はい、お祖父様」


そして祖父は馬車に揺られて帰って行った。



オレンジ色に染まる空の下、私は祖父を乗せた馬車が見えなくなるまで見送るのだった――


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