11 引っ越し

 レオナルドとおばあ様に会ったその翌日のことだった。


――午前十時――


私は早速、引っ越しの準備を始めていた。けれど引っ越しと言っても、ほとんど荷物を持ってはいなかった。

ホテルに持ち込んだトランクケース一つ、衣替え用の服が入ったトランクケースが三つ。そして……父に買ってもらった大切な赤い自転車。

ただ、それだけだった。


「どうもありがとうございます」


荷馬車で家まで荷物を運んでくれた男性御者にお礼を述べた。


「いいえ。またのご利用、お待ちしております」


運送費用費用二千リンを渡すと、荷馬車は音を立てて走り去っていった。


「さて、荷物を運び込もうかしら」


昨日、レオナルドからは引っ越しの手伝いの申し入れを受けたけれども私は丁重に断った。

ただでさえ家賃無しでこんなに素敵な家をプレゼントしてもらえたのだから、これ以上甘えてはいけないと思ったからだ。

それに彼はグレンジャー家の当主。仕事も抱え、忙しい人なのは知っている。


私は誰にも行き先を告げずに、この『アネモネ』島でひとりで生きていくと強い意志を持ってやってきた。

だから自分で出来ることはなるべく人を頼らないようにしなければならない。

そしてふと、『リーフ』に残してきた皆の顔が脳裏に浮かぶ。


ヴィオラ……セブラン……そして、お父様。


「ヴィオラにだけは、落ち着いたら手紙を書かなくちゃ」


自分に言い聞かせるようにポツリと呟くと、私は早速荷物を家に運び入れた。




「ふぅ……こんなものかしら?」


固く絞った雑巾を持ったまま、私は室内を見渡した。出窓からは明るい日差しが差し込み、壁も床も木製で木のぬくもりを感じられる。


この家は二十年以上、ずっと空き家だった。管理はしていたものの、部屋のあちこちは埃を被っていたので私は掃除をすることにしたのだ。

私が今いる部屋は母がリビングとして使用していたそうだ。テーブルセットに食器棚、本棚まで設置されている。

私はこれらの家具にも綺麗に雑巾がけをした。


「綺麗になったわね。でも掃除用具も揃っていたから助かったわ」


屋敷に暮らしていた頃は掃除などしたことがなかったけれども、学園内で掃除の経験があったので助かった。


部屋に設置された納戸に掃除用具をしまい、エプロンを外した。


その時――


キュルキュルと私のお腹がなり、思わず顔が赤くなる。


「そう言えば、今朝はホテルで朝食を食べたっきりだったわ……今、何時かしら?」


部屋に掛けられた時計を見ると、午後二時を少し過ぎたところだった。


「もう、こんな時間なのね……」


この部屋には小さなキッチンもあり、調理器具も揃っている。本当は自炊をしたいところだけれども、あいにく何も食材を用意してなかった。


「食事に行ってこようかしら」


ここは静かな住宅街ではあるけれども、自転車で十分も走れば港町に出ることが出来る。それも私がこの家を気に入った理由の一つでもあった。


早速戸締まりをして、玄関の鍵を掛けると家の裏手に周った。

ここには私の赤い自転車が芝生の上にとめてあるのだ。


私は早速ハンドルを握り、スタンドを上げると港町に向かって自転車をこぎ出した。


……まさか、不在中に来訪者が来るとは思いもせずに――

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