10 現れた意外な人物

 翌朝九時――


レオナルドに言われた通り、私はホテルのロビーでソファに座って待っていた。


「レティシア!」


不意に背後で名を呼ぶ声が聞こえ、振り向いた。


「え……?」


紺色のジャケット・スーツを着たレオナルドの隣には初老の女性が立っていた。白い帽子を被り、上品な淡い紫色のワンピースドレス姿の女性はどことなく亡くなった母に似ている。


「ま、まさか……?」


私は立ち上がり、じっと女性を見つめた。

レオナルドと女性はゆっくりと近づき、すぐ近くまで来ると立ち止まった。

女性の瞳は美しい紫色をしている。


「あ、あの……」


戸惑いながら声を掛けると、レオナルドが教えてくれた。


「レティシア、紹介するよ。君の祖母……カトレア様だよ」


「お、おばあ様ですか……?」


すると初老の女性は目に薄っすらと涙を浮かべて頷く。


「ええ。そうよ……レティシア。ルクレチアによく似ているわ……」


そして私の右手にそっと触れてきた。


「おばあ様……」


まさか、会えるとは思ってもいなかった。


「ごめんないね。まさか……チャーリーが手紙を隠していたとは思いもしなかったのよ。そのせいで、ずっと貴女と連絡が取れなくなってしまったなんて……」


チャーリー……きっとその人物が、あのときの執事なのだろう。おばあ様は私の手をしっかり握りしめると涙を浮かべる。


「おばあ様……お会いできて本当に嬉しいです。私……てっきり、嫌われていると思っていた……ので……」


目頭が熱くなり、声がつまる。


「貴女を嫌うなんてあるはずないでしょう? だってたったひとりの孫なんだから」


そして次におばあ様はレオナルドを見た。


「レオナルドが今日、貴女に会う話を聞いて、私もどうしても会いたくてついてきてしまったの」


「そうだったのですか?」


レオナルドに尋ねると、彼は笑顔でうなずく。


「ごめんなさいね、いきなり会いに来て驚かせてしまったかしら? それに、色々行き違いがあって……しまったみたいで……そのせいで、今まで会えなくて……」


祖母が突然涙ぐんだ。


「いいえ! そんなことありません。私の方こそ、連絡もせずに突然押しかけるような真似をして申し訳ございませんでした」


「押しかけるなんて言い方はしないでいいのよ? だって貴女は私のたったひとりきりの孫なのだから。本当はジェームスも連れてこようと思ったのだけど……どんな顔をして会えばいいのか分からないと言って来なかったのよ」


おじい様の名前がジェームス……今、初めて知った。するとレオナルドが話しかけてきた。


「祖父は少し気難しいところがあるからな。だが、必ず会わせてあげよう。実は今日お祖母様をここへ連れてきたのは、ただ単にレティシアに会わせたかっただけじゃないんだ」


「え……? それはどういう意味でしょう?」


するとおばあ様がニコリと笑った。


「今から案内してあげるわ。行きましょう?」


「……は、はい……」


わけが分からずに、私は返事をした――




****


 

 二十分程、馬車に揺られて連れてこられた場所は海がよく見える住宅街だった。


その中でも一際素敵な家の前で私達は立っていた。

フェンスに囲まれた芝生の上に建てられた白い壁に青いトンガリ屋根の家。そのてっぺんにはクルクル回る風見鶏が取り付けてある。


「あ、あの……この家は……?」


すると祖母は笑った。


「この家はグレンジャー家の所有する家なのよ。一度、一人暮らしをしてみたいと言っていたルクレチアの為に買ってあげたの。もう誰も使うことがないと思っていたけど……レティシア、貴女にあげるわ」


「え!?」


思いもかけない言葉に私は驚いた。


「で、でも……頂くわけには……それではあまりに申し訳ありません」


するとおばあ様は首を振った。


「今まで十八年間、貴女に何もしてあげられなかったのよ。せめてこれくらいプレゼントさせてちょうだい。そうね……だったら、こうしましょう。まずは家の様子を見てから、ここに住むかどうか決めると良いわ。さ、中に入りましょう」


するとレオナルドは鍵を取り出すと、扉を開けた。


「レティシア、入ろう」


笑いかけるレオナルド。


「はい……」


私はゆっくり、家の中へ足を踏み入れた。




勿論、私がこの家を気に入ってしまったのは、言うまでもなかった――



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