5 立ちふさがる壁?
「まさか、おじい様とおばあ様に会わせて貰えないとは思わなかったわ……」
今、私は港が一望できる喫茶店の中にいた。自転車でグレンジャー家を往復した為に喉が乾いたからだ。
そこで休める場所がないか探していたところ、この喫茶店を見つけたのだ。
「でも……本当に素敵な場所ね……」
トロピカルジュースを飲みながら、窓から見える美しい港の景色に目を奪われる。
雲ひとつ無い青空の下で、太陽の光にキラキラと反射して光るコバルトブルーの海。
どこまでも広がる水平線は世界中の海に繋がっている。
一日中眺めていても飽きない景色だ。
「私って、こんなに海が好きだったのね」
この素晴らしい景色を見ているだけで、落ち込んだ気持ちや少しだけ寂しい気持ちを癒やしてくれる。
「きっと大丈夫。この島で暮らしている限り諦めないわ。お手紙を書いたり、時には訪問を続ければ……いつかはレオナルド様も分かってくれる。きっとおじい様とおばあ様に会えるはずだわ」
ポツリと口に出して呟いたそのとき――
「お嬢さんは観光客の方ですか? 随分熱心に海を眺めているようですけど」
不意に声をかけられて振り向くと、先程注文を取りに来てくれた女性が近くに立っていた。
女性は私より十歳ほど上に見える。小麦色に焼けた肌が特徴的だった。
「いえ、ここで暮らしたくて昨日この島に来ました」
「そうなのですか? てっきり観光客の方だと思っていました。でも昨日来たということは……何処か住む場所は決まっているのですか?」
「まだです。今はホテルで暮らしていますが出来るだけ早くアパートメントを探したいのですけど」
すると、女性は少しだけ考え込む素振りをみせた。
「そう言えば、この店の少し先に不動産屋さんがありますよ。よろしければ後ほど行ってみてはいかがですか?」
「本当ですか? ありがとうございます」
私は急いで残りのジュースを飲み干すと、席を立った。
「お客様? もしかして不動産屋さんに行かれるのですか?」
「はい、善は急げですから。ありがとうございました」
店を出ると、自転車に乗って私は不動産屋さんを目指した――
****
「え〜と、一月五万リン以内のお部屋ですか」
不動産屋さんで眼鏡を掛けた男性が物件の台帳をめくっている。
「はい、できれば海が見えるお部屋がいいです」
「そうですか。でもこの島なら大抵何処からでも海は見えますからその辺りは大丈夫ですよ?」
「本当ですか?」
「お客様は女性ですからね……女性向けの物件が良いかもしれませんね」
そして男性の頁をめくっていた手が止まる。
「あ、丁度良い物件がありましたよ。海もよく見えるし、希望されていたお部屋の条件に会います。家賃も月四万五千リンです。場所もここから近いですね。歩いて行けそうです。どうですか? 見に行かれますか?」
「はい、是非お願いします」
****
案内された物件は三階建てのアパートメントだった。やはりこの島独特の建物で、白い壁に水色の屋根はとても可愛らしい。
空いている部屋は二階の角部屋で、早速男性は解錠して扉を開けてくれた。
「まぁ……素敵」
私の自室よりずっと狭い部屋だったけれども、大きな窓からはまるで絵画を切り取ったかのような美しい『アネモネ』島の港が見える。
明るい日差しが差し込む部屋は住心地が良さそうだった。
部屋には小さなキッチンに、トイレにシャワーも完備されていた。
「ここ……気に入りました。私、この部屋を借りたいです」
「承知致しました。では、まず保証人の方の連絡先から教えて頂けますか?」
「え……? 保証人……ですか?」
「はい、そうです。お部屋をお貸しするには保証人の方が必要ですから」
「……そう、ですか……保証人を……」
私は、早くも壁にぶつかってしまったようだった――
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