4 レオナルド・グレンジャー

「薄情な孫娘……私のことでしょうか?」


あまりにも唐突な言葉で、一瞬自分のことを言われているのか理解できなかった。


「当然だろう? 君以外に他に誰がいるというんだ?」


彼は美しい眉を潜めると吐き捨てるように言った。確かに他者から見れば、私は祖父母に一度も会いに来ない薄情な孫娘に思われてしまうかもしれない。

けれど、私にも事情がある。それをどうしても祖父母に伝えたかった。


「おじい様とおばあ様に会わせて頂けませんか? 何かお互いの間で行き違いがあると思うのです。どうかお願いします」


必死で彼に訴えた。


「いや、無理だな。君のような薄情な孫娘に会わせる訳にはいかない」


どこまでも冷たい彼。一体、何者なのだろう?


「あの……ところであなたはどなたなのでしょうか?」


「俺はこのグレンジャー家に跡取りとして養子に入ったレオナルド・グレンジャー。祖父母には子供が君の母親だけだったからな。現在はここの当主をつとめている」


「え……? 当主様? そ、そうだったのですか……?」


まさか祖父母が養子縁組をしていたなんて。


「そうだ、だから全ての決定権は俺にある。当主の俺が会わせないと言ったら無理なんだ。それに……」


彼……レオナルドは私をジロジロと上から下まで見ると腕組みした。


「その姿、まるで着の身着のままでやってきたような身なりだな」


「!」


その言葉に羞恥で顔が赤くなる。確かにブラウスにジャンパースカートは貴族令嬢らしからぬ服装かもしれない。

私はこの島で平民として生きていこうと決めていたから、このような身なりをしている。

けれどグレンジャー家を訪問するにはあまり似つかわしくない服だったかもしれない。


思わず黙ってしまうと、レオナルドは口角を上げた。


「……ひょっとして父親と喧嘩して家出でもしてきたのか? それで行き場をなくして、今更ながら祖父母に泣きつこうとでも思ったのか? だとしたら随分虫の良い話だな」


「そ、それは……」


家出……確かに私がしてきたことは家出と同じだ。ただ、その家出には深い事情があってのことだが。


「あわよくば、ほとぼりが冷めるまでここに置いてもらおうとでも考えたのだろう?図々しいにも程がある」


そこまで言われてしまえば、返す言葉を無くしてしまう。

ひょっとすると歓迎されないのではないかと一抹の不安はあったものの、まさかここまで拒絶されるとは思わなかった。

けれど、言いたいことだけは伝えなければ。


「いいえ、確かに家を出たのは事実ですが、父と喧嘩をしたわけではありません。それにこのお屋敷を訪ねたのは、お祖父様とお祖母様に一目お会いしたかったからです。決して居座るつもりで伺ったわけではありません」


私の言葉をレオナルドは黙って聞いている。


「私はこの島で自立を考えております。今はホテルにおりますが、近いうちにアパートメントを借りるつもりです」


「何? この島でひとりで暮らすつもりなのか? 苦労知らずの貴族令嬢が?」


「はい、そうです。本日はそのことを伝えるために伺いました。……でもお会い出来ないのですから仕方ありません。いきなり訪ねてしまい、申し訳ございませんでした。それでは失礼致します。でも……父には私がここにいることは黙っていてもらえませんか?」


これからずっと私はこの島で暮らしていくのだ。いつかは会える日が来るかもしれまい。


「俺が君の父親に居場所を教える? 冗談じゃない。連絡をする気もないからな」


考えてみれば彼の言うとおりかもしれない。グレンジャー家はカルディナ家をよく思っていないのだから。


「そうですよね……妙なお願いをして申し訳ございません」


挨拶をして、背を向けたとき――


「待てよ」


不意に背後から声を掛けられた。


「何でしょうか?」


「折角ここまで来たんだ。せめて馬車代くらいは払ってやろう」


彼はスーツのポケットから札入れを取り出すも、私はそれを止めた。


「いいえ、大丈夫です。ここまでは自転車で参りましたから」


「何? 自転車で来たのか? 女性でありながら?」


すると今までの態度とは違い、彼は不思議そうに首をひねる。


「はい、そうですが……よろしければご覧になりますか?」


この島ではまだ一度も自転車を見ていない。ひょっとするとレオナルドは自転車に興味があるのかもしれない。


「そうだな、見せてくれ」


頷くレオナルドと一緒に私は玄関の外へ出た。



「これは驚きだ……まさか本当に自転車で来ていたとは。……乗れるのか?」


レオナルドは私の赤い自転車を見て目を丸くする。


「はい、そうです。この島で暮らしていくことに決めたので、乗れるように訓練しました」


そしてふと、イザークの顔が浮かぶ。何故か別れ際に見た彼の悲しげな表情が胸に突き刺ささる。


「ふ〜ん……貴族令嬢でありながら自転車に乗れるとは……」


気のせいか、レオナルドの態度が軟化したように感じる。


「それでは、お暇させて頂きます」


自転車にまたがったとき、再び声を掛けられた。


「君は今、何処のホテルに宿泊しているんだ?」


「え? 『サンセット』通りの一番街ですけど?」


「……そうか。気をつけて帰れよ」


意外な言葉を掛けられた。


「はい……失礼致します」


そして私は一度だけ彼を振り返ると、もと来た道を自転車で走り出した――

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