15 懐かしい過去と、口に出せない別れの言葉
セブランと顔を合わせるのも今日で恐らく最後になるだろう。
いつもならフィオナとセブランに遠慮して二人が揃った後に出てきたけれども、今朝は違う。
まだフィオナがこの屋敷にやってくる前……セブランと私の二人だけで登校していたときのように、早めにエントランスで待つことにした。
誰もいないエントランスに到着した私は扉を開けた。すると偶然にもセブランが眼の前に立っていた。突然扉が開いて驚いたのか、セブランは目を見開いている。
「まぁ、おはよう。セブラン」
「び、びっくりした……おはよう、レティ。今朝は早いんだね」
「ええ。今日は学園に通う最後の日だから、早めに出てきたのよ」
するとセブランは笑う。
「最後だなんて大げさだね。僕たちは大学だって行くのだから後四年は通うじゃないか」
「ええ、そうね。ただ、この制服を着て登校するのは最後だという意味で言ったのよ」
動揺を隠しながら笑顔で答える。
「ふ〜ん……そうなんだ。……ところでレティ」
「何?」
「う、うん。こんな言い方変だけど……今日は何だかいつもと雰囲気が違うね。その……とても綺麗だよ」
少し頬を赤らめて私を見つめるセブラン。
「セブラン……」
今日は学園に通う最後の日であり、私がここを去る特別な日。だから今まで一度もしたことのない薄化粧をしてみたのだ。今まで聞いたことのない言葉が意外に感じた。
でもまさか、私に何の関心も寄せないセブランがそのことに気づくなんて……
「ありがとう、セブラン」
にっこり微笑む。
「あ、あの。レティ、今日の卒業記念パーティーのダンスだけど、僕と……」
セブランがそこまで言いかけたとき――
「セブラン様!」
エントランスにフィオナの声が響き渡る。
「あ、フィオナ。おはよう」
「おはようございます、セブラン様。レティ、どうしたの? いつもならもっと遅くにここに来ていたじゃない」
フィオナは駆けつけてくると、尋ねてきた。
「ええ。今日は卒業式だから、早めに出てきただけよ」
「ふ〜ん……それで? ふたりで何の話をしていたの?」
何処か疑うような視線で私を見るフィオナ。
「特に何も。卒業式について話していただけよ」
「うん、そうだよ。それじゃ行こうか?」
セブランに促され、私達は馬車に乗り込んだ。
馬車が走り始めると、二人は早速いつものように話を始めた。それはいつもの見慣れた光景。
私は二人から視線を外し、代わりに窓から遠ざかっていく屋敷を見つめた。
十八年間生まれ育った家が小さくなっていく。
さよなら……
私は心の中で屋敷にそっと別れを告げた――
****
「それじゃ、レティ。卒業パーティーでまた会おうね」
学園の講堂につくと、セブランは私に手を振った。卒業式ではクラスごとに整列するからセブランとはここでお別れだ。
「ええ、セブラン」
またね、とは言わない。
笑顔で手をふると、フィオナがセブランの腕を引っ張る。
「セブラン様、行きましょうよ」
「う、うん。そうだね」
そして二人は私に背を向けると講堂の中へと入っていく。
「セブラン……フィオナをよろしくね……」
ポツリと口にすると、私も講堂へ足を向けた。
****
学園の講堂では、粛々と卒業式が行われていた。
隣の席では目をうるませたヴィオラがハンカチ片手に先生の話を聞いていた。
私達の斜め前の席に座るイザークはいつものように真面目な顔で話を聞いている。
ここにいる皆は一体、何を思ってこの場にいるのだろう?
ふと、何故かそんなことを考えている自分がいた。
式の後は卒業記念パーティーが始まる。
学生たちはこの後、各自でパーティー準備の衣装替えで騒然となる。
私はその喧騒に乗じてここから去る計画を立てていた。
もうすぐ計画を実行に移す時がやってくる。
緊張しながら、その時をじっと待つのだった――
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