16 呼び止める人

 講堂での卒業式が終わり、私達は出口に向かって歩いていた。


「本当に素敵な卒業式だったわ……」


涙もろいヴィオラが赤い目をしながら話しかけてきた。


「ええ、そうね」


「それじゃ、早くパーティードレスに着替えるために更衣室へ行きましょう」


笑顔のヴィオラに私の胸はズキリと痛んだ。私は今からここを去る。けれど、別れを親友に告げるわけにはいかないからだ。


「ごめんなさい、私少し用事があるから後から行くわ。先に行っててくれる?」


「え? 用事って何?」


「ええ。花壇の様子を見ておきたいの」


苦し紛れの嘘をつく。


「本当にレティは責任感が強いのね。もう後輩に譲る仕事なのに……でも、分かったわ。それじゃ、先に行ってるわね」


「ええ」


ヴィオラは背を向けて歩き出す。

ヴィオラ……私の一番の親友……


「ヴィオラ!」


気づけば大きな声で彼女を呼び止めていた。


「何? レティ」


振り向くヴィオラ。


「え、ええ……ごめんなさい、ちょっと名前を呼んでみたかっただけよ」


「何それ? おかしなレティね」


「そ、そうね。それじゃ、私……行くわ」


「ええ。また後でね」


手を振るヴィオラの姿を見ていると目頭が熱くなってきそうになる。

彼女に背を向けると、私は足早に中庭へと向かった。

中庭に行けば、門がある。そこをくぐり抜ければすぐに町へ出ることが出来る。



中庭に辿り着くと、私は真っ直ぐ門へ向かおうとしたとき――



「レティシア? 何処へ行くんだ」



背後から声を掛けられた。


そ、そんな……! どうして彼がここに……!?


「イ、イザーク……」


振り向くと、いつもとは違うタキシード姿のイザークがこちらをじっと見つめていた。


「レティシア。こんなところで何してるんだ? それにまだドレスに着替えてもいないじゃないか」


「そ、そういうイザークはどうしてここに……?」


「どうしてって……」


何故か一瞬ためらう様子を見せるイザーク。


「レティシアがひとり、こっちへ向かったから気になって……ついてきたんだ」


「何故?」


「え? 何故って……」


困った表情を浮かべるイザークを見た途端、自分が強い口調になっていることに気づいた。


「あ……ご、ごめんなさい。私、別にそんなつもりで言ったわけじゃないの。ただ卒業前に花壇の様子を見たかっただけなのよ」


「そうだったのか……悪かった、後をつけるような真似をして。ただ……少し話もしたかったから……」


「話? 何?」


できれば要件は手短にしてもらいたかった。グズグズしていれば、他の誰かにもみつかってしまう。


「い、いや。その話はパーティー会場でするよ。それじゃ、また後で」


「ええ」


イザークが背を向けて歩き出し、建物の中に消えていくのを見届けると、私は門目指して走った。


早く、早くここを抜けないと!




「はぁ……はぁ……」


無事に門を抜けて、振り向くと背後には六年間通いなれた学園が目に映る。


「ごめんなさい、イザーク。貴方には色々お世話になったのに……」


謝罪の言葉を口にすると、私は辻馬車乗り場へ向かった――




****



ガラガラと走り続ける馬車の窓から見慣れた町並みを目に焼き付ける。


既に私の必要な荷物は自転車と共に、この町の港から『アネモネ』島に運ばれている。恐らく今頃は港の倉庫に保管されているだろう。


懐中時計を見ると、時刻は午前11時を過ぎたところだ。

私は既に午後12時半出向の『アネモネ』島へ行く為の蒸気船の切符を手に入れていた。


港には馬車で四十分もあれば到着するし、私の行き先を知る人は誰もいない。


「とうとう……決行してしまったわ……」


ヴィオラは私のことをすごく心配するだろう。けれど……もしかすると私が自分の意志でこの町を出たことに気づいてくれるかもしれない。


ふと、父の顔が脳裏に浮かぶ。父は私を探し出そうとするだろうか? 


「お父様……」


父の名を呟き、私はそっと目を閉じた――

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