13 自転車に乗る理由とは

 その後、昼休みの時間を使い切って私はイザークと自転車に乗る訓練をした。



「……よし、こんなものでいいだろう。だいぶ形になったんじゃないか?」


イザークが自転車から降りた私に声を掛けてきた。


「ありがとう、イザーク。あなたのおかげよ。感謝しているわ」


「自転車は一度乗り方を覚えると忘れることはないからな。家に帰っても練習したほうがいい」


「ええ、そうね。そうするわ」


「それじゃ、戻ろう」


「ええ」


イザークに自転車を渡すと、彼はハンドルを握りしめた――




**


「ところで、何で突然自転車に乗ろうと思ったんだ? まだこの乗り物は世間に出回って間もないのに。まして女性で乗っている姿は見たことないぞ?」


歩きながらイザークが尋ねてきた。


「……自転車に乗れれば……何処へでも好きなところへ行けそうだったから……」


つい、本音がポロリと口をついて出てしまう。


「え? 今何て言ったんだ?」


「い、いいえ。何でも無いわ。ただ、風を切って思い切り走りたかったからよ」


「ヘ〜意外だな。レティシアはもっとおとなしいタイプかと思ったのに。それでどんなところを走ってみたいんだ?」


「そうね。コバルトブルーの海がとても綺麗な島がいいわ。青い屋根に白い建物の町並みを……風を切って走ってみたいの」


「ふ〜ん……随分具体的だな。まるで実際にある場所のように聞こえるな」


イザークの言葉にドキリとした。


「そ、そうかしら。今のは空想の話だから気にしないで」


「そうか?……でも確かにそんな場所を自転車で走れば気持ちがいいかもな」


「ええ。きっと気持ちがいいはずよ」


そこまで話した頃には、校舎に辿り着いていた。


「それじゃ、俺は自転車を置いてくるから先に行ってろよ」


イザークが校舎とは反対側へ足を向ける。


「ありがとう、イザーク」


するとイザークが足を止めて振り向いた。


「レティシア。……明日は自転車の練習……どうする?」


「あ、それなら明日はもう大丈夫よ。イザークのお陰で自転車の乗り方のコツを覚えたから。家に帰ったらひとりで練習してみるわ」


「……そうか。分かった」


イザークは再び背を向けると自転車を置きに行ったので、私も教室に戻ることにした。




****



「お帰りなさい、レティ。自転車の練習はどうだった?」


教室に戻ると、既にヴィオラが席に座っていた。


「ええ。何とか形にはなってきたわ。今日、帰宅したら早速また自転車の練習を始めるつもりよ」


「そうなのね? 明日もイザークに自転車に乗るのを教えてもらうの?」


「いいえ? 教えてもらわないわ。今日で終わりよ」


するとヴィオラが驚きの表情を浮かべる。


「え? もういいの?」


「ええ。もういいの。後はひとりで練習出来るから」


「まぁ……レティがそう言うなら構わないけど。怪我に気をつけてね」


心配そうに私を見るヴィオラ。彼女はいつも私を気にかけてくれている。


そんなヴィオラに私はもうすぐ行き先を告げずに、ここを去る。

罪悪感に苛まされながら、私は笑顔でヴィオラに返事をした。


「ええ、絶対に怪我には気をつけるわ」





そしてまた少しの時が流れ……ついに、私達が卒業を迎える日が訪れた――

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