12 イザークへの頼み

 人知れず、この地を去る決意を固めてから着実に出ていく準備は進んでいた。


少しでも今持っている貯金を増やすために、自分が不要になった衣類や服類はこっそり町に出て買い取りをしてもう生活を続けていた。

もとも私には専属メイドはいなかったので、誰にも知られること無く手持ちの品を減らして行くことが容易に出来たのだ。


けれども一向に上達しないのが自転車に乗ることだった――




「はぁ〜……難しいわ……」


昼休み、学食で食事をしながら私はため息をついた。


「難しいって……ああ、自転車のことね?」


ヴィオラには誕生日プレゼントに自転車を買ってもらったことは話していた。あれから一ヶ月になるが、未だに私は自転車を乗りこなせずにいた。


「そうなの、家の中庭で練習しているのだけど、うまくこげなくて」


「レティでも難しいことがあるのね。やっぱり自転車に乗れる人に教えてもらうのが一番じゃないかしら?」


「確かにそうね……」


けれど私は自転車に乗れる人物はイザークしか知らない。


「誰か自転車に乗れる人いないかしらね……あ! いたじゃない!」


ヴィオラがポンと手を叩いた。


「イザークがいたじゃない。彼に頼めばいいじゃないの!」


するとそのとき――


「俺がどうしたんだ?」


すぐそばで声が聞こえ、振り向くと食事の乗ったトレーを手にしているイザークの姿があった。


「あら、丁度良かった。イザーク、話があるの。ここ、空いているから座ってくれる?」


ヴィオラが自分の空いている隣の席に手招きした。


「話って何だよ」


イザークはヴィオラの隣に座ると尋ねてきた。


「あのね、レティに自転車の乗り方を教えてくれないかしら?」


「ヴィ、ヴィオラ! ま、待ってよ! いきなり何を言い出すの?」


そんなことを頼めば迷惑に思われるに違いない。


「レティシア。自転車に乗れるようになりたいのか?」


イザークは目を見開く。


「ええ……そうなの。実は一ヶ月ほど前に自転車を買ったのだけど……未だに乗りこなせ無くて」


「ね、だからイザーク、教えてあげてよ」


「ヴィ、ヴィオラ。そんな迷惑を、イザークに……」


「いいぞ。教えてやるよ」


けれど、彼の返事は予想を覆すものだった。


「え? イザーク……いいの?」


「ああ。それじゃ今日から始めよう」


「ええ!? 今日から? だって私自転車が無いのよ?」


「自転車なら俺のを使えばいい。大きさに違いはあるかもしれないが、形は同じなんだから。サドルの部分だって、調整すれば足も届くだろう」


「だ、だけど……」


イザークの指導……何故かとても厳しそうに感じる。まだ心の準備も出来ていないのに。


「あら、良かったじゃない。レティ。私はこの後、委員会の仕事があるから手伝えないけど。レティに自転車の乗り方を教えてあげてね?」


「勿論、教える限りは乗れるようになるまで、しっかり教えるさ」


真面目な顔で頷くイザーク。


「よし、そうこなくちゃ!」


ヴィオラはイザークの肩をポンポンと叩いている。


「おい、人の肩を叩くな」


迷惑そうにしているイザーク。けれど、そんなふたりが私には何だかお似合いに思えた――




****



 昼食後――



私とイザークは学園の裏庭にやってきていた。そして目の前にはイザークの自転車。


「あ、あの……本当にここで練習するの……?」


「ああ、自転車のサドル部分は調整してあるし、ここは裏庭だから滅多に人が来ることもない。練習しやすいだろう?」


「確かにそうかもしれないけれど……でも、やるしかないわね。どうしても自転車には乗れるようになりたいから」


「そうか。それじゃ早速始めるぞ。まずは俺が後ろから自転車を支えているから乗ってみろ」


「わ、分かったわ……」


イザークに言われるまま自転車にまたがると、背後からイザークが支えてきた。

その距離は思っている以上に近く、彼の息遣いまで感じるので何となく気恥ずかしくて落ち着かない。


「それで次はどうすればいいの?」


振り向くと、イザークと至近距離で目があってしまった。


「な、何だよ。前を向いていろ。後ろを向いていたらこげないだろう!?」


「あ、ごめんなさい!」


慌てて、前を向きながら思った。


イザークの赤い顔を見るのは初めてだと――

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