2 彼の追求
「……どうしたの? レティ。何だか朝からボ〜ッとしてるじゃないの?」
4時限目の家政科の授業中にヴィオラが話しかけてきた。
「え? そ、そうかしら?」
「ええ。そうよ、何だか教室に入ってきたときから上の空だったし……でも、やっぱり刺繍の腕前はすごいわね」
手元の刺繍をヴィオラは覗き込んできた。そこにはのどかに広がる黄金色の田園風景が刺繍されている。
「まるで、絵みたいだわ……私にもレティみたいに刺繍の才能があれば、女ひとりでも生きていけるのに」
その言葉に私の手が止まった。
「え……? ヴィオラ。刺繍ができれば……生きていけるの?」
「そうよ、私の夢は将来自立して生きていくことなの。何か手に職があれば女性だって働けるでしょう?」
時々、ヴィオラは貴族令嬢らしからぬ話をする。
「そういうものなのかしら……」
自分の手で、一人で生きていく……。 今の私にはその話は魅力的に感じた。
あの屋敷には私の居場所はない。まるで針のむしろの如く、息の詰まる生活だ。
だとしたら……いっそ……
初めの頃は、セブランと結婚できればあの窮屈な家を出ることが出来ると思っていたけれど、彼が思いを寄せる女性は私ではない。フィオナなのだ。
フィオナは口にこそしないけれど、イメルダ夫人ははっきり言う。
私さえ、いなければフィオナがセブランの婚約者に選ばれるのにと。
……けれど、ヴィオラにはそこまでのことは話せなかった。言えばきっと心配するだろうから。
私が黙り込んでしまった様子を見て、ヴィオラはますます心配そうに声をかけてきた。
「ねぇ、本当に大丈夫? 何かあったら絶対に相談してよ?」
「ええ。分かったわ。ヴィオラ」
笑みを浮かべて私は返事をした。
****
カーン
カーン
カーン
本日最後の鐘が鳴り響いた。
「はぁ〜まいったわ。今日は委員会活動が二時間もあるから」
帰り支度を終えたヴィオラが憂鬱そうに立ち上がった。
「広報委員も大変ね。活動時間が長いから」
「ええ、でも月に二回しかないから美化委員会に比べると楽なほうよ。それにしても意外よね」
ヴィオラは窓際の席で帰り支度をしているイザークをチラリと見た。
「まさかイザークが三年間もレティと同じ美化委員になるとは思わなかったもの」
「多分イザークは園芸が好きなのよ。だって一生懸命世話をしているのよ?」
「ふ〜ん。人は見かけによらないわね。遅刻するといけないから、私もう行くわね」
ヴィオラが立ち上がった。
「ええ、また明日ね」
私達は手を振るとその場で別れた。
今朝、登校したときにさり気なく放課後一緒に帰らないか誘おうと思っていたけれどもヴィオラから放課後委員会活動があるから憂鬱だと話を聞かされた。
だから、誘うことが出来なかったのだ。
「ふぅ……今日は辻馬車で帰るしかないわね」
「レティシア」
その時、不意に名前を呼ばれ、振り向くとイザークが近くに立っていた。
「どうしたの? イザーク」
「……今日はセブランが迎えに来ないのか?」
「え、ええ。今日は……一緒に帰らないの」
「え? だけど、今朝だってセブランの馬車に乗って登校してきたんだろう? 迎えの馬車は来るのか?」
イザークが眉をひそめた。
「来ないわ……」
ふたりから放課後、買い物に行くと聞かされたのは馬車の中だった。事前に知らされていれば、迎えの馬車を頼めたかもしれないけれど……
「来ない? 何で来ないんだ? どうやって帰るつもりだ?」
「イザーク……?」
なぜ彼はこんなにしつこく尋ねてくるのだろう?
「今日は辻馬車で帰りたい気分だったから断ったのよ」
まさかセブランがフィオナと買い物をして帰るからだとは言えなかった。
ヴィオラにも話していないのに、イザークに言うわけにはいかない。
「ふ〜ん……そうか……」
ポツリと呟くイザーク。これ以上話していると深く追求されそうだ。
「辻馬車乗り場まで行かないといけないから、私……もう行くわね。さよなら」
「ああ……」
まだ何か言いたげなイザークを残し、私は足早に教室を出た。
……そして、衝撃的な現場を目にしてしまう――
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