第3章
1 二年の歳月がもたらしたもの
あの日から、二年の時が流れた。
「早いものね。後四ヶ月で18歳になるなんて」
部屋のカレンダーを眺めながらため息を付いた。時刻は既に八時二十分を指している。
「そろそろセブランが迎えに来る時間ね」
学校指定のコートを羽織ると、重い足取りで自室を後にした。
エントランスが近づいてくると、ホールに楽しげな会話が聞こえてきた。そっと角から覗き込むと、二人は笑顔で話をしている。
「……本当にお似合いの二人だわ」
ズキズキと痛む胸を抑えながら私は再びため息をつく。
二年前、私とセブランが婚約の口約束をしてもふたりの関係に変化はなかった。
いや、それどころか逆にフィオナとセブランの仲が急接近したように感じられてならなかった。
最近ではまるで私が二人の邪魔者のように感じるので、朝も遠慮して時間ギリギリにエントランスへ向かうようにしていたのだった。
私がまだセブランと婚約を結んでいないから、恐らく遠慮が無いのだろう。
それとも、婚約をしてもまだふたりの関係は変わらないのだろうか……?
「そろそろ顔を出したほうがいいわね」
あれこれ考えてみても始まらない。私は一歩踏み出すと、ふたりに声を掛けた。
「おはよう、セブラン。フィオナ」
「あ、おはよう。レティ」
「レティ、待ってたわよ」
笑顔で返事をする二人に何気ないふりをして私も笑みを返す。
「さて、それじゃ馬車に乗ろうか」
セブランは私たちに笑いかけるのだった――
****
「ねぇ、レティ。話があるのだけど」
「何かしら?」
珍しくフィオナが私に話しかけてくる。この場合はたいてい私にとって良くない知らせだ。緊張しながら返事をする。
「もうすぐお父様の誕生日でしょう? それで放課後セブラン様とプレゼントを買いに行く予定なの。もし良かったらレティも一緒に行かない?」
「え?」
その言葉に血の気が引く。
セブランとフィオナが買い物に行く約束を……? 私は何も聞いていないのに?
思わずすがるような目でセブランを見る。
「二日前にフィオナに頼まれたんだよ。プレゼントを買いたいから男の人の目線で選んで欲しいって。だからレティも僕達と一緒に行かないかい?」
セブランは何ということもなく、残酷な台詞を言う。
私と婚約するのに、何の相談もなくふたりで買い物に行く約束をしていたなんて……!
それを悪びれることも無く言うセブランの心が分からない。
「遠慮しておくわ……実はもうプレゼントを用意してあるのよ」
自分が酷く惨めに思えた。第一、私は既に父の誕生プレゼントにと半月も前からカフスボタンを購入して準備をしていたのだ。
「まぁ、レティはもうお父様にプレゼントを用意していたのね? さすが用意周到だわ。それで何を買ったか教えてくれる? プレゼントがかぶってしまったらいけないから」
「カフスボタンなの。お父様と同じ瞳の色の」
「カフスボタンね。なら私はそれ以外のプレゼントを用意しなくちゃ。ね、セブラン様」
フィオナはさり気なくセブランの手に触れてくる。
「うん、そうだね。でもレティ。僕達と一緒に帰らないと、馬車がないけど帰りはどうするんだい?」
「大丈夫よ、セブラン。今日はヴィオラの馬車に乗せてもらうから」
「そう? ヴィオラさんが乗せてくれるのね? なら安心だわ」
笑みを浮かべるフィオナに対し、セブランは申し訳無さそうに謝ってきた。
「ごめんね。レティ、今日は送ってあげられなくて」
「いいのよ、セブラン。その代わり……」
今度は私とふたりだけでお出かけして欲しい……なんて台詞は口が裂けても言えなかった。
フィオナの前でそんな台詞を言おうものなら、イメルダ夫人にフィオナをのけ者にするなと怒られてしまうのは目に見えて分かっていたから。
「その代わり……なんだい?」
首をかしげるセブラン。
「お父様の為に素敵なプレゼントを選んであげてくれる?」
泣きたい気持ちをこらえながら無理に私は笑う。
「うん、勿論だよ」
「セブラン様と素敵なプレゼントを選んでくるわ」
並んで馬車に座るふたりは多分他人の目から見てもお似合いに違いない。
けれど、ふたりが仲良さそうにしている姿を見るのが辛い。
彼の隣に立つのは私ではなく、フィオナのほうがずっとお似合いに思えてならない。
私さえいなければ……きっと、ふたりは……
私の精神は……限界に近づいていた――
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