8 父の話

「お父様、レティは歩く練習が必要なので降ろしてあげたらどうですか?」


松葉杖を持って、後をついて来るフィオナ。


「そうですよ、あなた。フィオナの言う通りです。足が治るまでの間、運んであげるなんて無理でしょう? お仕事だってあるでしょうし。それに第一レティシアだって気を使ってしまうわよ。そうよね? レティシア」


背後からイメルダ夫人が私に話を振って来た。


「え? そ、それは‥‥‥」


どうしよう。私から父に言い出したことでは無いのに。だからと言って、自分で歩くので降ろして下さいと言おうものなら、父から非難されてしまうかもしれない。

返事につまり、腕の中で父の顔をそっと窺うと、父は私を見ることも無く答えた。


「だが、レティシアは今日怪我をしたばかりなのだ。何も無理に歩かせることもあるまい」


「「……」」


その言葉に流石のフィオナも夫人も黙ってしまった。


やがて私の部屋の前に到着すると、父がフィオナとイメルダ夫人に話しかけた。


「お前たちはもう戻っていなさい。少しレティシアと話があるから」


「え? でもお父様……」


「お父様が、ああ言ってるのだから私達は行きましょう」


まだ何か言いたげなフィオナにイメルダ夫人が肩に手を置く。


「はい……分かりました。又ね。レティ」


フィオナが笑顔で私に手を振る。


「ええ、また後で」


二人が去って行くと、父が私に声を掛けてきた。


「レティシア。扉を開けられるか?」


「はい」


両手が塞がっている父の代わりにノブを捻って扉を開けると、私を抱きかかえたまま父は部屋の中に入って来た。

そして私をベッドに下ろすと、私に目線を合わせてじっと見つめて来た。


「あ、あの……お父様……?」


今迄こんなに間近で見つめられたことが無いので戸惑っていると父が口を開いた。


「レティシア。……少しだけ待っていてくれ。時間をくれるか?」


「え? 待つって……一体何をですか?」


しかし、父は私の質問に答えることなく立ち上がった。


「その足では屋敷の中を歩き回るのは大変だろうから治るまでは自分の部屋で食事を取るといい」


「お父様……」


ひとりきりの食事……本来であれば寂しいという感情が込み上げてくるのかもしれないが、私の場合は違う。

あの食事の場は私にとっては息が詰まる空間でしか無かった。除け者状態で食事するくらいなら、いっそひとりで食事を取った方がどんなにかいいのにと。


けれど私にはそれを申し出ることが出来なかった。

そんな申し出をすれば、イメルダ夫人やフィオナ……そして父からも非難の目を向けられてしまいそうで、怖くて言い出せずにいた。


それが、父から足が治るまでの間はこの部屋でひとりで食事を取ることを許されるとは思いもしていなかった。


「はい、分かりました。お父様」


返事をすると、父は立ち上がった。


「レティシア。一応部屋に松葉杖を置いておくが、誰か人の手助けが必要なときは部屋の呼び鈴を鳴らしなさい。すぐに使用人をお前の部屋に向かわせるように指示を出しておこう」


「ありがとうございます、お父様」


改めて礼を述べると父は無言で頷き、部屋を出ていった。



――パタン



扉が閉ざされ、ひとりになると私はため息を付いてベッドに横たわった。


「ふぅ……やっぱりお父様との会話は緊張するわ……」


何故今迄私のことを気にかけたことすら無かったのに、突然父は人が変わったかのように態度を変えたのだろう?


それに「待っていてくれ」とは一体どういう意味なのだろう?


「分からないことだらけだわ……」



****


そして、夕食は文字通りひとりきりの食事だった。


私は久しぶりにゆったりした気持ちで食事を取ることが出来たお陰か、この日は久しぶりに残さず食べることが出来たのだった――

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