7 戸惑い

 この日ばかりはセブランもフィオナも私に悪いと思ったのか、馬車の中で何かと話しかけてきたり、足の怪我のことを尋ねてきた。

けれど……その内容は、あまり気分が良いものではなかった。



「ねぇ、あのイザークさんって人はレティとどういう関係なの?」


好奇心一杯の目でフィオナが尋ねてくる。


「だから、さっきから話しているとおり単なるクラスメイトよ。あと、同じ美化委員なの」


先程からフィオナにイザークのことばかり尋ねられて、辟易していた。


「美化委員? どんなことをするの?」


するとセブランが代わりに答える。


「美化委員ていうのは主に校内の花壇の手入れをする仕事だよ。美化委員だけは植物の世話だから1年間同じ委員会に所属するんだよ」


「へ〜あの人、あんな強面なのに花壇のお手入れなんかするのね? なんだか意外だわ。ひょっとしてレティが美化委員会にいるから自分もなったんじゃないの? そう思わない? セブラン様」


あろうことか、フィオナはセブランに話を振ってきた。


「ちょ、ちょっと……フィオナ」


「え? ぼ、僕にそれを聞くの?」


セブランは驚いた顔つきになり、私をチラリと見た。まさか、セブランは……?

私は息を呑んで彼の言葉を待つ。


「う〜ん……イザークは中等部の頃から知っているけど、彼はああ見えても面倒見がいいんだよ。だから美化委員になったし、レティのこともほおっておけなかったんじゃないかな? 僕はそう思うよ」


「セブラン……」


彼の無難な言葉に心の中で安堵のため息をつく。


「そうなの? 私にはどう見てもレティに対しては特別に思えるのだけど……でも、セブラン様がそういうなら別にいいわ」


「ええ、そうよ。私とイザークは単なるクラスメイトだから」


いい加減、この話を終わらせたい……そう思っていた矢先、セブランが声を掛けてきた。


「もうそろそろ馬車が到着するから、レティ。僕が君を降ろしてあげるよ」


「本当? ありがとう。セブラン」


「……そうね。流石にその足では馬車を降りるのは……難しいものね」


フィオナは不承不承頷いた……ように思えた。



馬車が到着し、セブランに抱き上げて貰いながら馬車を降りると素早くフィオナが松葉杖を差し出してきた。


「はい、レティ。使うでしょう? 松葉杖」


「いいんだよ、僕がレティを屋敷まで運ぶから。その代わり、フィオナは杖を持ってきてくれるかな?」


まさか、セブランが私を屋敷まで運んでくれるとは思わず、嬉しさのあまり笑みが浮かぶ。


「ありがとう、セブラン」


「……そうなの? ……分かったわ」


レティはまだ何か言いたいことがあるのか、チラリと私を見たけれどもそれ以上のことは何も口にしなかったので、安堵のため息を付いたその時。


目の前の扉が開かれて、イメルダ夫人が現れた。


「お帰りなさい、フィオナ。それに……どうしたの? レティシア。セブランに抱き上げられて馬車を降りてくるなんて?」


その声は何処か非難めいて聞こえる。夫人は私の足の怪我が目に入らないのだろうか?


「あ、あの。これは……」


私が言いかけた時、フィオナが口を挟んできた。


「お母様、レティは今日学校で足首を怪我してしまったの。それでセブラン様が馬車から降ろしてくれたのよ」


「まぁ、そうだったの? それでセブラン様が……どうもわざわざレティシアの為に、ありがとうございます」


夫人がセブランにお礼を言う。


「いえ。僕の方こそ気が利かずに、レティを困らせてしまいました。さっきはごめんね。レティ」


「セ、セブラン……」


こんな話し方ではイメルダ夫人に変に誤解を与えてしまうのではないかと私は内心ハラハラしていた。


「も、もう後は松葉杖を使って歩くから大丈夫よ。セブラン、降ろしてくれる?」


「え? だけど、僕は君を部屋まで運ぶつもりだったのだけど……」



その時――


「レティシア! 一体どうしたのだ!?」


突然声が響き渡り、振り向くと扉の奥から父が出てきた。


「あ、お父様……いらっしゃったのですか?」 


セブランに抱き上げられたまま父に尋ねた。


「ああ、今日は書斎で仕事をしていたのだが……足に包帯をしているな? 怪我をしたのか?」


「こんにちは、伯爵。レティシアは学校で怪我をして、一人では歩けないので僕が部屋の中まで連れて行ってあげようとおもっていました」


セブランが私の代わりに答える。


「そうか……悪かったね、セブラン。後は私が部屋へ運ぶ」


父の言葉に驚いた。


「あなた!?」


夫人の驚きの声が響く。


「え? お父様? ほ、本気ですか?」


「当然だ。いつまでもセブランに抱き上げてもらうわけにはいかないだろう? セブラン。娘を渡してくれ」


「は、はい。伯爵」


そして私はわけが分からぬままセブランからお父様の腕に渡された。


「セブラン、ありがとう」


「いえ、それでは皆さん。僕はこれで失礼致します」


セブランは私達に挨拶すると、馬車に乗って帰っていった。


「よし、では行くぞ」


「は、はい……お父様……」


そして私は父に抱きかかえられながら部屋へ連れて行ってもらった。


背後から杖を持ったフィオナとイメルダ夫人の刺すような視線を感じながら――


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