6 見かけによらない人たち

「ごめんなさい。イザーク。おんぶしてもらって……あ、あの……私……重い……でしょう?」


恥ずかしさのあまり、最後の方は消え入りそうな声だった。


「別に謝ることはない。それに少しも重くなんかないぞ? むしろもっと食べたほうがいいんじゃないか?」


私を振り返ることもなく、答えるイザーク。


「……」


思わず黙ってしまうとヴィオラがイザークに声を掛けた。


「イザーク、どうしてあの場所にいたの? あの廊下は校舎の出入り口とは反対じゃないの?」


「それは……セブランがレティシアの迎えに行ったのか気になったからだ。」


「ふ〜ん……そうなんだ」


ヴィオラは頷き、前方を歩くフィオナとセブランを見てため息をついた。


「全く、何よ。あの二人ったら。少しはレティに気を使えばいいじゃない」


「……そうだな」


驚いたことにイザークが同意した。


え? 嘘でしょう? 


てっきり「そんなことはどうでもいい」と答えるかと思っていたのに。

だけど……今はそれよりももっと気になることがあった。それは廊下をすれ違う学生たちが私達を好奇心一杯の目で見ているからだ。

中には私とセブランのことを知っている学生たちは驚いた様子で目を見開いている。


「イザーク。やっぱり私歩くわ。降ろしてくれる?」


「何言ってるんだ? その足で歩くなんて駄目だ」


まさか即答されるとは思わなかった。


「でも……何だかすごく目立っているみたいだし……イザークに迷惑かけているわ」


「他人の目なんか気にするな。それに別に迷惑だとは思っていない」


相変わらず無愛想に返事をするイザーク。


「そうよ、レティは足を怪我しているんだから。この際、イザークの好意に甘えて連れて行って貰いなさいよ。それにしても本来ならセブランがレティをおんぶするべきなのに。全く……」


ヴィオラは余程気に入らないのか、私達の前方を仲よさげに歩くセブランとフィオナを睨みつける。けれど、イザークは何を考えているのかそのことについては返事をしない。

代わりに私に声を掛けてきた。


「レティシア、足の痛みは大丈夫か? ……響いて痛むならもっとゆっくり歩くぞ?」


「ええ!? だ、大丈夫。平気よ。その……ありがとう」


まさか私の足の痛みを気にかけてくれるとは思わなかった。


「ふ〜ん。イザーク、貴方って意外といい人なのね」


「……何だ、その意外とって」


ヴィオラの言葉に、無愛想に返事をするイザーク。

……やっぱり、私は彼が何を考えているか分からない。


けれど、少しだけ思った。人というのは見かけによらないものだと。


そして、私は再び楽しげに話をして歩くセブランとフィオナを見つめ……こころの中でため息をついた――




****



馬車乗り場に到着し、イザークに乗せてもらうとセブランが彼にお礼を言った。


「ありがとう、イザーク。レティを馬車までおんぶしてくれて」


「だったら、お前が初めからおぶってやれば良かっただろう?」


相変わらず無愛想な顔のイザーク。


「うん……そうだよね。ごめん。レティ」


セブランが申し訳無さそうに謝ってくる。


「い、いいのよ。セブラン。最初に断ったのは私なのだから」


「そうよ、セブランは……」


私の後に、フィオナが頷きかけて口を閉ざした。何故ならヴィオラがフィオナを睨んでいたからだ。


「そ、それじゃ私達も馬車に乗りましょう?」


フィオナが慌てたようにセブランに声をかける。


「う、うん。そうだね」


するとヴィオラが声を掛けた。


「フィオナさん」


「何? ヴィオラさん」


「これ、レティのカバン。あなたに渡すから、持ってあげてよ」


ヴィオラはフィオナに私のカバンを押し付けてきた。


「ええ、分かったわ。レティ、私が持っていってあげるわね?」


「……ありがとう、フィオナ」



そして馬車の扉が閉ざされると、私は窓から顔を出した。


「ありがとう、ヴィオラ。……そしてイザーク」


「お礼なんかいらないわ。私達、親友でしょう?」


笑顔のヴィオラとは対照的にイザークが返事をする。


「……足、大事にしろよ」


「え? ええ……」



そこへ、セブランが声を掛けてきた。


「もう馬車を出してもらってもいいかな?」


「ああ。早く帰ったほうがいい」


イザークの言葉にセブランは頷くと男性御者に声を掛けた。


「馬車を出して下さい」


その言葉に御者は頷くと、馬車はガラガラと音を立てて出発した。



****


「今日は本当にごめんね。レティ。僕がもっと気を利かせていれば……」


馬車の中ですっかり落ち込んだ様子のセブランが謝ってきた。


「いいのよ、セブランは何も悪くないから気にしないで」


こちらをじっと見つめるフィオナの視線を気にしながら私は笑顔で頷いた――

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