17 目撃
今日は中庭の花壇の手入れの日だった。
「急がないと、またイザークに注意されてしまうわ」
中庭へ行ってみると、すでにイザークは倉庫から麻袋やスコップ、じょうろを出していた。
「ごめんなさい、遅くなって」
息を切らせながらイザークの元へ駆け寄ると、彼は首を振った。
「いや、まだ作業開始時間まで五分あるから大丈夫だ。ほら、これつけるだろう」
イザークが作業用エプロンと軍手を渡してくる。
「ありがとう」
早速エプロンをつけて、軍手をはめると私たちは美化活動を始めた。雑草を刈り取ったり、土をならしたり……花壇の手入れ作業が好きな私はいつの間にかイザークの存在を忘れて鼻歌を歌っていた。
「……余程花が好きなんだな」
「え?」
声を掛けられて、顔を上げるとそこにはこちらをじっと見ているイザークの姿があった。
「鼻歌、歌いながら花壇の手入れしていた」
「え? 嘘? 本当に……?」
「本当だ。しかも随分上機嫌そうにな」
相変わらず無表情のイザーク。
「ご、ごめんなさい。お花の手入れが好きだったから、つい……」
「それじゃ家でもやってるのか?」
草むしりをしながらイザークが声を掛けてきた。
「ええ。庭師さんと時々一緒に花壇の手入れをしているわ。植物は……お世話をするだけ、期待に沿って美しく育ってくれるから」
父と母に愛情を向けられて育たなかった私は、自然とお花に興味が行くようになっていった。美しい花々を眺めていると、自分の寂しい心を埋めてくれるような気持ちになれたからだ。
「ふ~ん。そうか」
けれど私の返事に左程イザークは興味を持ってないのか、気の無い返事をする。
「そういうイザークは何故、美化委員になったの? あまりこの仕事やりたがる人がいないのに」
「それは……」
言いかけたイザークは突然眉をしかめて立ち上がった。
「ど、どうしたの?」
私の質問に答えることなくイザークがポツリと呟く。
「……あれは……」
「え?」
彼の視線の先を追った私は目を見開いてしまった。そこにいたのはセブランとフィオナの姿だったのだ。ふたりは仲良さそうに庭園を歩いている。
思わず顔が青ざめ、立ち上がってしまった。
「セ、セブラン……」
二人は私に気付くことなく、園庭を歩いている。すると、フィオナが何かを見つけたのだろうか?
突然セブランの右手を取ると、急かすように何処かへ小走りで連れ出していく。その先には温室があり、二人はそのまま中へと入って行った。
「何だ? 今のは……」
イザークが呟き、私の方を振り返ると慌てたように声を掛けてきた。
「お、おい! 大丈夫か? 顔が真っ青になってるぞ」
「セブラン……まさかフィオナ同じクラスに……」
「フィオナ? あの女、フィオナというのか? 初めて聞く名前だな。それにしても‥‥…」
イザークは私をチラリと見た。
「レティシア、君はあの女を知ってるのか? ……随分セブランと仲良さそうに見えたが……」
「…‥‥」
けれど、私は返事をすることが出来なかった。あまりにもショックで言葉を無くしてしまったのだ。
何故、ふたりが一緒に……?
「レティシア、もう教室に戻ったほうがいい。酷く具合が悪そうだぞ」
珍しくイザークの顔に心配そうな表情が浮かぶ。
「え……? で、でもまだ…‥‥」
「後は水やりと片付けだけだからな。残りは俺がやっておく。まるで今にも倒れそうだぞ?」
「い、いいの……?」
尋ねる声が震えているのが自分でも分かった。
「ああ、……そんなことより少し休んだ方がいい」
「ありがとう……」
のろのろと園芸用エプロンを外すと、イザークが手を伸ばしてきた。
「ほら、エプロンに軍手も片付けておくよ」
私はコクリと頷き、エプロンと軍手を渡した。
「ごめんなさい、それじゃお言葉に甘えて先に戻らせてもらうわね?」
「ああ。そうした方がいい」
一度だけセブランとフィオナが入って行った温室を見ると、重い足取りで教室へ足を向けた――
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