11 待つ人

「はぁ……」


本日全ての授業が終了し、帰り支度をしながら憂鬱な気分でため息をつくとヴィオラが声を掛けてきた。


「どうしたの? レティ。ため息なんかついちゃって」


「ええ……実は家に帰りたくなくて」


つい、本音が口をついて出てしまう。

セブランの馬車に乗って帰れば、フィオナとイメルダ夫人が姿を現すかもしれない。そう考えると、どうしても暗い気持ちになって来る。


「それなら今日は私の馬車に乗って帰らない? 実はね、つい最近おしゃれな喫茶店を発見したのよ。帰りに寄りましょうよ」


「ヴィオラ……」


彼女の誘いはとても魅力的だった。けれど、今日に限ってセブランと一緒に帰るのを断れば、フィオナだけではなく、イメルダ夫人にも……そして父からも反感を買ってしまいそうな気がする。


「ごめんなさい……あなたの誘いはとても嬉しいけど、今日は帰ったら父の仕事を手伝わなくてはいけないの」


ヴィオラには新しい家族の話はしていない。彼女には悪いけれども、嘘をつくことにした。


「そうなのね……でもお父さんの命令なら聞かないといけないわよね……残念だけど諦めるわ」


「ええ。本当にごめんなさい。今度また誘ってくれる?」


「分かったわ」


その時、帰り支度を終えたイザークが私たちのそばを通り過ぎるときに声を掛けてきた。


「レティシア、セブランが廊下で待ってるぞ」


「え?」


慌てて廊下を見ると、開け放たれた教室の扉からこちらを見つめているセブランと目が合った。


「大変! もう来ていたのね!」


慌てて立ち上がると、ヴィオラに声を掛けた。


「ごめんね、ヴィオラ。私、もう行くわ」


「ええ。また明日ね」


笑顔で手を振るヴィオラ。するとイザークが私に言った。


「レティシア。明日の美化委員の活動、忘れるなよ」


「分かったわ」


うなずくと、私はカバンを持ってセブランの元へ向かった。



「待たせてしまってごめんなさい、セブラン」


「大丈夫だよ、僕もついさっき来たところだから。それじゃ帰ろうか?」


笑顔で話しかけてくれるセブラン。彼はとても優しい。私はそんな彼が大好きだった。


「……ええ。それじゃ帰りましょう」


そして私たちは一緒に校舎を出た――




****


 馬車の中で、私とセブランは他愛も無い話をした。今日一日、学校でどんな出来事があったか等々。大好きなセブランとの会話……それは私にとっての至福の時間でもあった。


 やがて馬車がカルディナ家の門を潜り抜けると、窓の外を眺めていたセブランが声を上げた。


「あれ? 誰か扉の前で待ってるよ?」


「え?」


私も窓から一緒になって屋敷に視線を移し……息を飲んだ。扉の前ではフィオナがイメルダ夫人と並んで立っていたのだ。


間違いない。フィオナとイメルダ夫人はセブランと話がしたくて帰宅時間に合せて外で待っていたのだ。


「もしかして僕達が帰るのを待っていてくれたのかな?」


「え、ええ……そうかもしれないわね」



セブランの声がどこか嬉しそうに聞こえるのは……気のせいだと信じたい――





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