第15話 嫌われ者だが、なぜか平和。

 嫌われ者として過ごす日々が、過酷かと言えばそうとも限らない。


 まず、仲間がいた。


「おい、坊主。便所行くから付き合え」

「え〜またですか、赤久住あかくすさん。講義が終わる度じゃないですか」

「俺は爺だからな」

「そっか。あはっ」


 今回の特別プログラムに参加しているのは総勢百名の亡命者達で、彼等は二十名毎のクラスに分けられていた。


 休憩時間に二人で仲良くトイレに向かう途中、廊下ですれ違う他クラスの生徒達も、実に厳しい視線を向けて剣呑けんのんな陰口を囁き合っている。


 ──見ろよ──例の子分共だ。

 ──ちっ、カミシロ風情が、ひざまずかせるだの何だのと。

 ──けどさ、西じゃ有名な弐式ふたしき剣闘士だったらしいぜ。

 ──はっ。お供の爺とガキを連れて、革命でも起こすってのか?


 薫子達の悪名は既に他のクラスにも轟いているのだ。


 カミシロというだけでも他者から避けられる身の上なのだが、奇妙な子分を従えているうえに「お前たちを跪かせる」などと公言したのである。


 好感を抱かれる要素は皆無だった。


 この事実は、正規の生徒達にも知れ渡っているため、特別プログラム修了後の陸甲生暮らしも非常に居心地の悪い思いをするのは確実だろう。


「──ふうう、ぶるっ」


 赤久住あかくすは、法悦に至るかのような息を吐いた後、身体をぶるりと震わせた。


「しかし、どうにも気に入らん」

「え──はあ、何がですか?」


 ゲーム内で尿意をもよおす不思議を想いながら、隣でマモルも用を足している。


「ここの盆暗どもが、俺等のことをジロジロと見てきやがるだろ」

「はは。仕方がないですよ。なんたってボクらは──」

「何よりド頭に来てんのは、薫子様のことだけどよ……糞が」

「それは、そうですね──。はぁ、ゲーム内でも嫌だなぁ」


 その点については、マモルも全く同意見だった。


「だろ? やっぱ、何人かシメちまうか……。久しぶりに俺も血が見てぇしよ」


 ゲームという言葉は華麗にスルーしつつ、狂ったことを平然と言う老人なのである。


「いやいや、それは不味いですよ」


 地位の定まっていない亡命者が暴力沙汰を起こすなど論外だろう。


 科目履修生の資格を失うだけで済むはずもなく、司法で裁かれる前に国外追放となるのは間違いない。


 ──そんなことになったら、きっとイベントは失敗で終わっちゃうよね……。

 ──薫子ちゃんにも止められてるし……。


 薫子に言われるまでもなく、次の週末を楽しみにしているマモルとしては、当面は全てが穏便に流れて欲しいと考えていた。


 ──横浜に──大黒埠頭に行かないとっ!


 悪役令嬢、彩白椿姫乃の思惑は不明ながら、彼女はマモルの制服にカードキーを忍ばせたのである。


 『大黒埠頭 Cー3号』


 ──設定集に書いてあった通りなら、アレが在るはず……。

 ──でも、鬼姫乃が、僕等に行かせようとしてる理由は分かんないけど。


 座間別邸を出ていけ──という言伝ことづては鼻で笑うのみだった薫子も、大黒埠頭についてはマモルの予想通り非常に強い興味を示した。


 あるいは姫乃の予想通り、と言い換えても良いかもしれない。


 ──ま、当然だよね。

 ──例え何かの罠だとしても、あそこには行くしかないっ!


 マモルは週末のことを考えると、人目もはばからず相好が崩れるのを抑えられなかった。


「薄気味の悪い」


 教室に戻ったマモルの顔を見た薫子は、読んでいた本に栞を挟み机上に置いた。


 なお、彼女の机のみなのだが、木製の天板にアクリル板が応急措置として貼られている。

 僅か数日の間に、何者かが天板を傷だらけの状態にしたのだ。


 文字通り多様な人種と年代が集う教室とはいえ、「苛め」という行為に創造性は欠片も生じない。

 無視、私物を隠す、暴言を浴びせる、あるいは暴力──。


 カミシロである薫子は、暴力以外のあらゆるパターンの苛めを受けている状況だった。


 止める必要も、気にする必要もない。我には考えがある──と、薫子から釘を刺されたマモルは、思わず「Mなの?」と尋ねそうになったが生まれ持った自制心を働かせている。


 ──ただ、ゲームだとしても、さすがに気分が悪いと思うんだけどな……。


「惚けた面構えで歩くのはめよ。我の下僕しもべであるならば」

「うん──でも、そんなにニヤニヤしてたかな?」


 座間別邸にて薫子の計画を聞かされた最初の夜、マモルは絶対的な忠誠を彼女に誓わされていた。


 奄美の海賊であったことを忘れ、薫子の覇道に付き従えと迫られたのだ。


 マモルの中に、弐式ふたしき乗りとしての実力と、HEFヘフ域の悲惨に動じない非道ぶりを見たのである。


 面白そうなだと考えていたマモルは、元より付き従うつもりだったのだが、そうとは知らない薫子は見返りを提示した。


 ──「お前の話から推測するに、弐式ふたしきに魅入られているのだろう?」


 事実、その通りだった。


 ──「我にも、その気持ちは分からんでもない」

 ──「兵器でありながら、不思議と乗る者に執着心を抱かせる……」


 その心理状態は、弐式ふたしきこそが己の半身であるという錯覚を脳に刷り込むD-BMI機構の副作用──という説もあったが立証はされていない。


 ──「我が権力を握ったなら、好きな弐式ふたしきを呉れてやろう。蛮機──否、お前だけが乗れる専用機を作らせても良い」


 魔法の言葉が放たれたのだ。


 専用機──、この言葉がマモルの脳内麻薬を多量に分泌させてしまった。


 マモルは、恍惚とした想いを抱いたまま、夢見心地で何度も頷いたのである──。


「うむ──、あの夜に引けを取らぬほど、惚けた間抜け面であった」


 薫子にとって神聖な誓いの夜に、目前の男は発情期のオスと見紛うような表情を浮かべていたことを思い起こしたのだ。


 ──やはり、底抜けの阿呆なのだろうか?


 若干の後悔を感じ始めた薫子だったが、邪魔となるなら海にでも沈めれば良いと考えて悩むのも止めた。


 海賊上がりの亡命者など、消えたところで誰も不審に思わないだろう。


「いやぁ、やっぱり楽しみだからさ」


 薫子の鬼畜な想念に気付くはずもないマモルは呑気に微笑んでいる。


「何と言っても、設定集にしか載ってない幻の機体が見られるんだよ。薫子ちゃんだってワクワクするでしょ?」


 ゆえにこそ、嫌われ者として過ごす日々も苦ではなかった。

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