第14話 Kamishiro.

 特別プログラムの実施される教室は、世界各地から様々な人種が集っていた。


 彼等の多くは自由を謳う関東共和国のプロパガンダに惹かれ、命を落とすリスクを犯しながらも極東の島国へ逃れて来た人々である。


 無論、関東共和国は無制限に亡命者を受け入れている訳ではなく──むしろ、大いに積極的な選別を行っていた。


 つまり、学歴、病歴、犯歴に留まらず、遺伝的特性に至るまでの検査を行い、基準を満たさない者やリスクのある者は追い返されてしまうのだ。


 優生思想とも言える施策に対して警鐘を鳴らすメディアもあったが、グローバリゼーションの酩酊が覚め寸断された世界にあっては大きな声とならなかった。


 関東共和国の提供する「自由、平等、友愛」は、同国が実効支配する地域に暮らす人々のみに適用されるのだ。


 忌み嫌われるカミシロという業病を患いながら、亡命を受け入れられた薫子などは例外中の例外と言えるだろう。


 ──でも、これだけ色んな人が集まってたら、薫子ちゃんだって目立たないかも。

 ──金髪から赤髪、黒髪まで。よりどりみどりだよ。


 由緒正しき悪役令嬢、姫乃と別れたマモルが教室に着くと、既に多数の生徒で賑わっていた。


 彼が知る一般的な高校の教室と代わり映えのしない空間に、多様な年代と肌色の人々が同じ制服をまとい集っている様子はどうにも現実とは思えない。


 ──おっと、現実じゃない、現実じゃないっ。


 マモルは机に肘をついて窓ガラス越しに教室の様子を眺めながら、心中に生じつつある現実に対する認識の溶解と変容を押しとどめた。


 ──ふぅ、危ないよね。

 ──長時間のVRMMOプレイで狂った人もいるらしいし……。

 ──ボクも気をつけないと。


 などと益体もないことをマモルが考えていると、教室の扉が勢いよく開け放たれた。


 初日から制服を着崩す不良老人の赤久住あかくすが、威嚇するかのような目付きで周囲を睨みながら入って来たのである。


「チッ。臭そうな毛唐ずれが雁首揃えてやがりますが──おおう、臭え。ささっ、薫子様、どうぞ」


 本日も謎の忠誠心を存分に発揮して、頼まれてもいない露払い役を買って出ているのだろう。


 ともあれ、続いて入ってきた薫子は、二房ふたふさの巻き髪を揺らして教室内をぐるりと見渡した。


 そんな彼女の姿は、意外にも洒落たデザインの陸甲生女子制服と相まってか、浮世離れした深窓の令嬢に見えなくもない。


 ──あ、席順を見てないのかな?


 教室の扉に貼られた紙に席次の記載があったのだが、薫子の目に入る前に赤久住あかくすが勢い任せに開け放ったのである。


「薫子ちゃん、こっち──」


 と、マモルが椅子から立ち上がり、呑気に手を振った時のことである。


「カミシロ?」「Damn! Kamishiro」


 イントネーションに若干の差異はあれども、同一のフレーズが教室内をさざ波の様に広がっていく。


 ──うわぁ、ヘイトっぷりがリアルだよ……。

 ──こういう心理的なのは、ゲームでも嫌だなぁ。


 七福の女の老衰死は平然と受け入れたマモルだったが、日常の延長線上に存在する悪意には少なからずリアリティを感じるのだろう。


 カミシロという四文字のフレーズは──、メラニン生成を担う幹細胞の劣化に起因しない故にこそ、煌めく様な光沢を帯びた白銀の髪に向けられる大衆の憎悪を示していた。


 「Tsunami」と同じく災厄にまつわる世界共通語として、「Kamishiro」が誕生した経緯は、塩柱前後に起きた幾つかの事象に由来するが──。


 そんな悪意に満ちた刺すような視線を一身に浴びながら、薫子は些かの怯みも見せず傲然とマモルの隣席へ歩いた。


 当然だろう。


 彼女は王子に救われるのを待つだけの、無能な囚われの姫君ではないのだ。


 弐式ふたしき乗りとしての才覚と剣技のみを頼り、観衆と他の剣闘士を捻じ伏せ続け浜名湖闘技場に君臨した無敗のクイーンなのである。


「ここか? マモル」


 空いた座席を指差し、確認するよう尋ねた。


「うん」


 と、朗らかに頷くマモルに対しても、徐々に敵意の込もった視線が向けられ始めている。


 日本語を未だ習得していない者も多く居たが、二人の様子や仕草から仲間内であろうと判断するに十分だった。


「おら坊主。俺の席はどこだよ?」

「ええと、赤久住あかくすさんは──」


 マモルと薫子からは遠く離れる対角線上の位置を指差した。


「──あそこです」

「あ゛あ゛っ!?」


 赤久住あかくすは指先をワナワナと震わせて大いに不満を表明した。


「俺が薫子様から離れる訳にゃいかんだろうが」

「ボクに言われましても……。そういう席順になってるみたいで」

「寝言をほざきやがって──おらっ!」


 薫子の後ろには、気弱そうな小太りの少年が座っていた。


「ひぃっ」


 いきなり後頭部を殴打された少年が甲高い悲鳴を上げる。


「おいデブ。俺と席を変われ」

「え? いや、そんな勝手なことをしたら──」

「うるせえっ」


 赤久住あかくすは怒鳴りながら椅子を蹴り上げた。


「敬老敬老! 何事も老人優先だ。──つうか、テメェもあっちのが平和に過ごせんだろ」

「──え、あ──まあ──」


 カミシロと忌み嫌われる薫子の傍に座るメリットなど何も無いのは事実だ。


「──た、確かに」

「じゃ、散れ。しっしっ」


 逃げるように席を移動する少年を追い払った赤久住あかくすは、ひとり満足そうな表情で椅子に座ると大きな欠伸をしてのけた。


 ──す、凄いぞ──この人。ヘイト集めに特化したモブだっ!!


 妙な感心をしたマモルの考えた通り、薫子一派への嫌悪感は天を貫く勢いで上昇していた。


 なお、ヘイト集めを得手とするのは何も赤久住あかくすだけではない。


「奇しくも同窓となった諸君らに、ひとつ念押しをしておかねばならんことがある」


 嫌悪に基づくとはいえ教室内の注目を集め続ける彼女の言動は、自然発生した翻訳ネットワークにより多様な言語で各人に伝わっていく。


「忌み名にて侮蔑されたところで、我は些かの痛痒つうようも感じない」


 それが本心か否かは誰にも分からないが、マモルだけは当然だと考え聞いていた。


 ──ま、ゲームだもんね。


「いずれ、ひざまずかせるのだからな」


 ──ゲーム──だもん──ね……?

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