第13話 鬼姫乃の伝言。
「──え、ボク?」
知った顔ではあるのだが、突然の
「当たり前でしょう。お前しか、この
マモルを見下ろす彼女の瞳に浮かぶ侮蔑の色が、益々と色味が濃くなってゆく。
「勘の悪さは、もはや滑稽を通り越して無様ですわね」
と、湯水のように悪口が湧き出しはするのだが、透き通るように白い肌と金色の髪を母方の血から受け継いだ美しい少女ではある。
──うわわ、薫子ちゃんだけじゃなくて、鬼姫乃まで出てきちゃったよ?
だが、彼女の美しさはマモルにさほどの感銘を与えていない。
薫子だけでなくヒロインまでも陰湿に追い込んでいく
──
没落令嬢の薫子、悪役令嬢の姫乃、そして──、
「いつまで、
姫乃が着る
──
横浜
「え? ああ、そうだね──そうだよね」
そう答えつつも、マモルは彼女から視線を外さない。
ずっと考え続けていたのだ。
──どっちなんだろ?
プレイヤーか、あるいは重要NPCなのか、という点についである。
──NPCだとすると、薫子ちゃんにとって有害な存在になるしなぁ。
──いや、でもそれはまだ先の話か……。
懸念はあれども、まずは相手の意図を聞き出すことにした。
「それはそうと、ボクに何の用? 鬼──わわっ、じゃなくて、ええと、彩白椿さん」
自然な演技を心がけるなら、まずは名前を尋ねた方が良かったかもしれない。
「お前──?」
蔑むだけの表情から、不審を抱く表情へと変化した。何れにしても負の感情であることに変わりはないのだが──。
「どうにも、抜け目のない子分ですこと」
「こ、子分?」
「
マモルは、彩白椿が保有する屋敷に居候する身の上なのである。少なくとも関東共和国に入って以降の情報は全て握られているのだろう。
「そっか。で、彩白椿さんは──」
「おだまりっ! 呪われたカミシロの子分風情が汚らわしい。以後、お前の口から
頭髪が唐突に白色となる奇病に罹患した者への差別意識は、とある事情により多くの人々が心中に抱いていた。
平等を謳う関東共和国とて同様である。
無論、それを気に病むマモルではなく──、
「ええっ? ──ぷっ、あは、あははは」
とうとう笑いだしてしまった。
──うわぁ、この人もプレイヤーだとしたら、薫子ちゃんに負けないくらい廃人だぞ。
──鬼姫乃のロールが巧すぎるっ!
清々しいまでの居丈高な悪役令嬢ぶりに、マモルは大いに感心し始めていたのである。
「何がおかしいんですのっ!!」
「あっ、ごめんごめん。ボクってすぐ──くすっ──ううん、今から真剣にやるよ!」
「ふうぅ、これだからカミシロは嫌なのですわ」
額に手を当て大げさに嘆息する様子に再び笑いそうになったが、マモルは懸命に堪えて真面目そうな表情を取り繕った。
「えっと、ボクの髪の毛はまだ黒いはずだけど──?」
軍用SUVのバックミラーだけでなく、この世界で暮らすうち何度か鏡で自分の姿は確認している。
現実世界よりも少しだけ伸びている身の丈に、マモルは大いに満足していた。
「薫子の子分など、忌まわしいカミシロも同然。礼儀知らずの裏切り者、人類の恥部、侵略者の手先──」
姫乃は語彙力の限りを尽くして罵倒した後、ようやく本題に入った。
「──ともかく、
「ふんふん」
と、頷くマモルの傍へ触れるほどに歩み寄った姫乃は、威嚇するかのように人差し指を突きつけた。
「即刻、出てお
「──え?」
「座間の別邸から」
薫子の亡命を手引きし、別邸に招き入れたのは彩白椿家である。
無論、薫子を利用する彩白椿家の目論見をマモルは知っていたが、建前上は本家への義理立てということになっていた。
「全ては大叔母様の気まぐれ──。カミシロを彩白椿で匿うなど、恥以外の何ものでもありません」
「いや、でも他に──」
行き場が無い、などと適当に答えつつも、マモルは状況を把握するために考えを巡らせていた。
──彩白椿家も一枚岩じゃないってことなのかな。
──それとも、鬼姫乃の単なる我儘なのか……。
原作の展開通りに進むのであれば陸軍機甲学校を卒業するまでは、彩白椿家の庇護を受け続けることになる。
姫乃が牙を剥くのは、薫子が軍に入ってからなのだ。
「お前たちの行き場など、
「あの、学長室に行けば薫子ちゃんに──」
薫子だけは朝から学長室に呼び出されていた。
そこまで追い出したいのなら、直接本人に伝えた方が話も早いだろう、とマモルは考えたのである。
マモルや
「
「でも──」
姫乃は、さらに言い募ろうとしたマモルに背を向けた。
「分かったわね──ああ、あと──」
何事かを思い出した様子で、姫乃が髪を揺らし振り返った。
「陸甲生の規約に従う気があるのなら、制服ポケットのフラップは外にお出しなさい」
◇
──何だ──これ?
マモルは、姫乃に注意され制服ポケットに手を入れた際に、一枚のカードが入っていることに気付いたのだ。
『大黒埠頭 Cー3号』
カード下部に記載された手書きの文字を見たマモルは、口元に怪しい笑みを浮かべた。
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