第12話 遅れてきた悪役令嬢。

 学校長ジョージ・ソベルとの面会から一週間が過ぎ、登校初日を迎えた朝である。


 マモル達は広い食卓で朝食を取っていた。


 < 陸軍参謀本部参謀総長より、昨夜未明、次の発表がありました >


 モダンな絵画の隣には大きなモニタがしつらえられており、朝の報道番組を映し出していた。


 < 「現時刻を以て、静岡県西部方面『暁光一号作戦』を終了する」 >

 < 「自称、後南朝ごなんちょう皇国なる武装勢力を、暁光にて撃滅」 >

 < 「浜名湖に自由の風が舞った由」 >


 苦虫を噛み潰した表情を浮かべる参謀総長の顔から、浜名湖要塞の壁面に関東共和国の国旗が並ぶ映像に切り替わった。


 < また、以下市町村住民への避難令が解除されました。磐田、 袋井、森──>


「ケッ、呆れたもんだぜ。虐殺野郎どもが」


 快楽殺人者の赤久住あかくすが報道を見ながら毒づいた。


「自由だなんだとほざいて、のっけから制服だしよ」


 そう語る老人の制服姿は実に滑稽だった。


「正式な生徒でもねぇのに、何なんだ?」


 朝の食卓でマモルは吹き出しそうになるのを堪えながら、焼きたてのパンにバターを塗っていた。


 なお、彩白椿あやしろつばき家の用意した邸宅には使用人がおり、食事の用意からベッドメイクまで行ってくれるという好待遇ぶりである。


 ──こうやって、彩白椿あやしろつばき家は薫子ちゃんを信用させたんだろうな。

 ──でも、原作の展開を考えると……油断できないからね。


 薫子が魔改造されるルートに入ってしまうと、イベントは失敗なのだろうとマモルは考えていた。


 ──タイミングを見て忠告しないとね。

 ──廃人プレイヤーだけど、薫子ちゃんって序盤の展開を忘れてそうだし……。


 そんな想念は表に出さず──、


「科目履修生でも制服なのは驚きましたね~」


 と、お揃いとなる濃紺の制服に身を包んだマモルは、赤久住あかくすに対し当たり障りのない答えを返した。


 彼等はジョージ自慢の特別プログラムを受講する立場に過ぎない。


 その後に実施させる適正検査をパスして初めて、薫子の計画で必須となる陸軍機甲学校生徒として迎え入れられるのだ。


 制服を支給するには少し気が早すぎるようにマモルも思っていた。


「──何、驚くことはない」


 無言のまま早々に朝食を取り終えた薫子が、手を合わせた後にようやく口を開いた。


「ジョージの言っていたことは概ね事実なのだ」


 薫子も制服姿となっているが、男とは少しデザインが異なる。


 ──原作の薫子ちゃんより、随分と大人っぽくなったなぁ。

 ──でも、背が伸びる湯浴みって、どこの温泉なんだろう……。

 ──ボクも教えてほしいな。


「科目履修生の立場を得た者は、すべからく陸甲に入り、卒後は軍人として関東へ尽くすことになる」

「え? ああ、そういえば……」


 マモルは、ジョージ・ソベルが自信満々に語った言葉を思い出した。


 ──当校の特別プログラムに参加して、自由の旗に賛同しなかった者はいない。


「でも、適性検査があるんでしょ?」

「いや、必ず検査はパスする──というより、パスするまでされるのだ」

「自由を愛するように?」


 そうだ、と薫子が頷いた。


 ──何だか自由じゃないような……。

 ──ま、HEFヘフを使ったり、薫子ちゃんを魔改造する国だしね。


「なおかつ、我ら以外の履修生も、各々の祖国に不満があって逃れて来た連中だ」


 八十年前の塩柱以降の世界は航空の自由だけでなく、アメリカという偉大な覇権国家をも失っていた。


 権威主義と暴力の支配する混乱した世界で、かつては口汚く罵った大国の死を多数の人々は悼んだ──。


 かような世界にあって、共和制を標榜する関東は眩く映ったのである。


「つまりは、素養があるのだ。容易に関東の思想に染まり、世界に伝搬させばならんという使命を抱くようになるだろう」

「ってことは、陛下のことも忘れちまうんですかい?」


 ド屑の赤久住あかくすとて、生まれ育った皇国のやんごとなき御方に対する、牧歌的な思慕は心中に残していた。


 南朝の血を引くとされているが──。


「忘れはせんだろうが、異なる思いを抱くようにはなる。確実に、だ」

「へ?」

「──今は気にするな。ともあれ、おのれらは真面目に聴講し、立派な陸甲生となれ」


 薫子の計画は遠大である。


「まずは軍人にならんとな」


 早く弐式ふたしきに乗りたいマモルとしても、都合の良い展開ではあった。


 ◇


 陸軍機甲学校は校舎だけでなく、学生寮から弐式ふたしきの訓練施設までを備えているため非常に大きな敷地を有している。


 戦車科の実技訓練については富士の麓まで行かなければならない点を考えると、関東共和国の陸軍がいずれに重きを置いているかは明らかだろう。


「ホントに広いなぁ」


 マモルは一人で本館三階から伸びる渡り廊下を歩き、特別聴講室のある五号館を目指していた。


 薫子は校門へ入るなり学長室に呼び出され、他方の赤久住あかくすはタバコを吸う場所を探すと言い残して姿を消しているために単独行動となったのだ。


「あそこが訓練施設だな」


 始業開始より随分と早く登校してきたので時間的な余裕は十分にある。


 マモルは立ち止まって、窓から敷地内の様子を眺めることにした。


 訓練施設に弐式ふたしきの姿が現れないかと淡い期待を抱いたのかもしれない。


 ──そういえば、ボクの弐式ふたしきはどこに持っていかれたんだろ……。

 ──このイベントが終われば返してくれるんだよね?


 闘技場から持ち出した弐式ふたしきは、運搬車両と共に関東軍が接収している。


 ──なぜか皇国の量産機じゃなくて南方蛮機になってたし──絶対返してほしいっ!


 機体を降りた際に驚かされたのだが、それは奄美群島連合が運用している弐式ふたしき、いわゆる南方蛮機だったのである。


 台湾本島に拠点を移した安山電機製の弐式ふたしきで、皇国や関東軍の量産機に比べると機動性に優れているのだが、南方に対する侮蔑意識から「蛮機」と呼ばれることが多い。


「だから、薫子ちゃんの突きも全部避けられたのかも……」

「──ちょっと」

「もう一度対戦してほしいなぁ」

「ちょっと」

「あ、でも肝心の弐式ふたしきが──」

「ちょっと、そこのお前っ!!」


 弐式ふたしきに乗りたい一心で独り言を呟き続けるマモルは、ようやく背後から呼びかける少女の声に気付く。


「え? は、はい?」


 マモルが振り向くと、そこには──、


「わわっ!!」


 彩白椿あやしろつばき 姫乃・ダイアナ。


『弐脚式装甲機 南方蛮機・Ϝディガンマ』において、薫子を魔改造ルートへいざなう女が立っていた。


「ふん」


 絢爛豪華に巻いた金色の髪を、舞台役者のような仕草で払った。


 彼女こそ──、


けがれた下賤の民は、驚くさますら滑稽ですのね」


 容貌、言動、そして思想に至るまで、由緒正しき悪役令嬢である。

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