第11話 プレイヤー。

 八十年前、軌道上より放たれた塩柱により、旧首都東京は文字通り消滅した。


 関東から北陸を実効支配する共和国は首都を横浜とし、相模原市と座間市は住宅街から陸軍施設の集中する街へと変貌を遂げている。


 米軍のキャンプ座間、自衛隊の座間駐屯地が存在したことと、陸軍施設が集積した昭和初期のDNAが甦ったのだろう。


 ともあれ、西暦2095年現在、相模原市並びに座間市は軍都となっている──。


「へえ、だから士官学校まであるんだね」


 と、マモルは隣に座る薫子に話しかけた。


 マモルと赤久住あかくすに挟まれて座る薫子が、窓から射し込む朝陽に照らされプラチナに輝く巻き髪を揺らしながら顔を向けた。


「昨夜も説明してやったが、ここは士官学校ではない」


 薫子の登場で病室から解放されたマモル達は、陸軍の送迎付きで市の外れに建つ瀟洒な邸宅に案内された。


 彩杜若あやかきつばた家の分家筋──彩白椿あやしろつばき家が所有する不動産である。


 彩白椿あやしろつばきの名を聞いたマモルは、


 ──なるほど、彩白椿あやしろつばき家が薫子ちゃんの亡命を助けたわけか……。

 ──ということは、最初から罠だったんだな。


 などと考えていたが、病室に閉じ込められているよりは良いと判断した。


 ともあれ、当面は彼等が暮らすであろう屋敷に着いた後、マモルと赤久住あかくすは夜遅くまで今後の方針について薫子から話を聞かされたのだ。


「陸軍機甲学校だ」


 マモル達三名は、同校の学校長室で人待ちをしていた。


「あ、そうだそうだ。弐式ふたしきや戦車の勉強するところだよね」

「チッ、薫子様の仰ることは全て覚えておけ、坊主。今度忘れたらぶち殺すぞ」


 初老となっても赤久住あかくすの憎まれ口と殺人衝動は減じる気配がない。


 何より、浜名湖闘技場では新人キラーの異名を取って恐れられた自分に、一向に怯えた様子を見せない少年に苛立っていた。


 他方でマモルの側は、


 ──乱暴なモブだなぁ……。

 ──どこかで非業の死を遂げそうだけど。


 などと、顔にまとわりつく羽虫程度の認識であり、なおかつ不吉な行く末を勝手に想像していた。


「我等は、ここで──」


 と、薫子が言い掛けたところで、学校長室の扉が開け放たれて金髪碧眼の大男が入って来た。


「うええええええるかああああああむっ、少年少女た──ん、老人も混じっていたな──いやいや、教育に年齢制限は無いっ!」


 そう言いながらソファで座る薫子の眼前へ進み、ごつい右手を差し出した。


 民間人の亡命者に敬礼は求めないという意思表示でもあるのだろう。


「私が学校長──つまりは、この学校で一番偉いジョージ・ソベル少将だ」


 関東共和国の状況を理解しているマモルだったが、完全に欧米系の風貌からネイティブな日本語が語られることには違和感を感じる。


 ──こんな見た目だけど、設定的には日本生まれの日本育ちになるもんね。


 世界各地に展開していた在日米軍の多くは、塩柱による被害を最も受けた祖国に帰還することが叶わなかった。


「うむ」


 軽く頷き薫子が立ち上がると、慌てて赤久住あかくすも後を追うように席を立った。


 当然ながらマモルも、長年培われてきた礼儀としてソファから腰を上げている。


「彩杜若薫子である。よしなに」


 差し出した右手を無視されたことに気付いたが、ジョージ・ソベル少将は何も言わず自身の右ポケットに納めた。


「ま、何事も時間は必要だろう」


 彼は確信している。


「当校の特別プログラムに参加して、自由の旗に賛同しなかった者はいない」


 軌道上に巣食う驚異と危機を前にして、世界は押しべて権威主義国化した。


 だが、ジョージの両親が失った祖国のスピリットを受け継ぐ政治体制が、極東の島国に僅かながらもその灯火ともしびを残している。


 関東共和国──。


 自由を信ずるジョージ・ソベルは、目前に立つ三人が、過去の亡霊を復活させた権威主義的な皇国で、幼少期から洗脳教育を受けた犠牲者なのだと考えていた。


 彼等を思想的に救い、自由を世界へ拡げる尖兵せんぺいとして鍛え上げる使命感に滾っていたのだ。


「君等は知らんだろうが、人間が人間らしく生きるには──」


 と、ジョージの熱弁は続いていたが、真剣な表情のマモルは実のところ何も聞いていなかった。


 陸軍機甲学校と改めて聞いた時から、ずっと考え続けていたのだ。


 ──ってことは、練習用の弐式ふたしきぐらいはあるよね。

 ──つまんなそうな思想教育が終わったら、乗せてくれるのかなぁ?


 ◇


「ふぅ、疲れたよ」


 本日の予定は学校長への挨拶と、科目履修生になるための事務手続きのみだった。


 分家筋の彩白椿あやしろつばき家が身元保証人となっており、薫子以外の怪しい二人も受け入れられたのである。


 ともあれ、屋敷に戻ったマモルは、あてがわれた自室に入るとベッドに倒れ込んだ。


 浜名湖闘技場から続く流転の日々で疲労が貯まっていたのだろう。


「一ヶ月か……」


 ジョージ・ソベル少将自慢の特別プログラムに要する期間である。


 主として歴史を学ぶ授業になるだろう──という言葉通り、フランス革命から続く人類が自由を希求した旅路を履修するのだ。


 さらには関東共和国の政治制度や、同じ境遇の他生徒達と共にオリエンテーリングなども実施される。


 その後に待つ適正検査をパスすることで、晴れて陸軍機甲学校の生徒となり一年間の──、


 ──いやいやいや、長すぎる──よね?


 仮に体感時間高速化アップデートが入っていたとしても、一年間もこの世界で過ごしたなら、現実世界でもかなりの時が流れるように思えた。


 とはいえ、現在の彼には手の打ちようがない。


 ──まあ、薫子ちゃんが平気そうだし大丈夫なのかな……。


 薫子が自身と同じくプレイヤーである点については、昨夜の段階でマモルは言質を取っていた。


 彼女の計画説明が終わった後、ロール破りを心中で謝りながら念のため尋ねたのである。


「あ、あのね──、変なこと聞くけど、薫子ちゃんもプレイヤーだよね?」

「ん?」


 赤久住あかくすと同じ怪訝な表情を薫子が浮かべたことに一瞬ヒヤリとしたが、続く言葉に胸を撫で下ろした。


「無論、我はプレイヤーである」


 彩杜若薫子が人生の傍観者であった試しなどない。


 いかなる窮地に陥ろうとも、己の大願のために最善を尽くしてきたのだ。


「常にな」

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