第6話 ボクは海賊!
浜名湖闘技場を脱走した剣闘士達は三台の軍用SUVに分乗し、
関東軍が侵攻する
薫子が七福商会と交わした契約では、同地に駐屯する関東共和国陸軍第57師団が、薫子一行と
武器庫から持ち出した各種兵装も手土産とはなる。
――金品に容易く眩む師団長が国境警備とは笑止なのだが、
――故にこそ、我が付け入る隙も大きかろう。
政治家と軍部の汚職が腐臭を放つ関東共和国だったが、薫子にとってはもう一つ都合の良い点があった。
髪色が白銀に変異する奇病を患う者達を、少なくとも制度上はカミシロなどと蔑まないのだ。
――ともあれ、大過なく辿り着かねばな。
浜名湖闘技場から剣闘士脱走の報が各所へ発せられていようとも、
それどころか――、
西へ逃げようと車に乗った人々は渋滞に焦り警笛を鳴らしながらも、反対車線で
なかにはボンネットの上に登り、直立不動の姿勢で敬礼する者もいた。
関東軍侵攻を防ぐため皇国陸軍が敵勢へ向かっていると勘違いしたのだろう。
実際、
「バカどもが! 次に会った時はぶっ殺してやるよ!! ぎゃはは」
軍用SUVの助手席に座る男が窓外に向かい中指を立て、
「ですよね? 薫子様っ!」
自身より遥かに年下であろう少女を振り返った男は、粘着質で媚びるような上目遣いとなっている。
「天竜川を渡るまでは油断できぬ、
「――へ、へい」
諭すような薫子の声音を聞いた
九州討伐で功を上げ
先の見えない荒んだ剣闘士生活は、
今では新人キラーという異名を持つまでの快楽殺人者となっている。
なお、
「ところで――」
そう言って薫子は、隣席に座る少年――マモルへ視線を戻した。
彼女の意図は不明ながら、マモルを自身が乗る車両に同乗させている。
どの人物も
「随分と落ち着きがないな。幾つになる?」
自分の手、窓の外、隣に座る薫子の横顔、再び自分の手――を、しげしげと見詰めるルーティンをマモルは繰り返していたのである。
――こ、これが、BCI-VRギアのぱわぁなのかっ!!
――
――というか、もう現実だよ。
――すごいっ。これならMMORPGだともっと楽しいかも。
「え? う、うん。何だか凄すぎて……」
マモルはバイトを頑張って別のゲームも買おうと決意していた。
「あ、それはそうとボクって一応高校二年生なんだよ。どんどん身長は縮んでるけど――子供じゃ――んん、いや、だから子供か」
子供と言われた点を訂正しようとしたマモルは途中で思い直した。
――バックミラーで確認したけど、リアルのボクと同じ見た目だったな……。
――どうせなら大人びたアバターに変えたいんだけど。
だが、相変わらずメタ機能を利用できない。
「高校生? 海賊崩れと聞いていたが――」
そう言いながら薫子は肩をすくめた。
「浜名湖闘技場の職員は総じて質が悪い。誤った情報だったのかもしれん」
「あ、なるほど。ボクの設定――」
マモルは、剣闘試合中に薫子から聞かされた話を思い起こす。
――
――それで闘技場送りになったみたいな設定だったよね。
――よしっ!
――本気でロールしてる人達と一緒なんだから、ボクも頑張ろう!
素直なマモルは、今から心を入れ替えて役柄に取り組もうと意気込んだ。
「いや、誤情報じゃないんだ」
彼は努めて真剣な表情を作った。
「ん?」
――この世界でボクがロールしたいと言えば、確かに海賊なんだよ。
――何と言っても、主人公は海賊なんだしっ!
「ボクは、
既に名乗りは上げているが、改めて彼女に名前を伝えた。
このままロールを続けるにしても、海賊や子供呼ばわりでは気分が乗らないと考えたのである。
「だから、マモルでいいよ。薫子ちゃん!」
「――」「ああんっ?」「――ん」
無邪気とも取れるマモルの言葉に、本人、
「あら」
七福商会の女は、マモルに好奇心を抱き始めている。
あるいは何らかのビジネスに繋がると鼻を利かせたのかもしれない。
「海賊と言われますと、どちらから? 芸予でしたら弊商会も――」
「いいえ、奄美群島連合ですっ!」
九州近傍の洋上に浮かぶ島々を根城とする海賊達がいた。
佐世保基地の自衛隊並びに在日米軍をルーツとした勢力で、非常に強力な海軍力を有している。
「ボクは奄美大島の兵科高等学校で――」
「か、薫子様っ!」
血相を変えた
「何ですかい、ありゃあ?」
そう言って彼が指差す先には──、あまりに巨大な槍があった。
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