第6話 ボクは海賊!

 浜名湖闘技場を脱走した剣闘士達は三台の軍用SUVに分乗し、弐式ふたしき運搬車両を引き連れて浜名大橋を渡っていた。


 関東軍が侵攻する三方ヶ原みかたがはらを迂回し、太平洋側から天竜川国境検問所を目指していたのだ。


 薫子が七福商会と交わした契約では、同地に駐屯する関東共和国陸軍第57師団が、薫子一行と弐式ふたしきの受入を担当することになっていた。


 武器庫から持ち出した各種兵装も手土産とはなる。


 ――金品に容易く眩む師団長が国境警備とは笑止なのだが、

 ――故にこそ、我が付け入る隙も大きかろう。


 政治家と軍部の汚職が腐臭を放つ関東共和国だったが、薫子にとってはもう一つ都合の良い点があった。


 髪色が白銀に変異する奇病を患う者達を、少なくとも制度上はカミシロなどと蔑まないのだ。


 後南朝ごなんちょう皇国では、その病を患う者を社会の最底辺に堕とすべき罪と国法で定めている。


 ――ともあれ、大過なく辿り着かねばな。


 浜名湖闘技場から剣闘士脱走の報が各所へ発せられていようとも、三方ヶ原みかたがはら方面への対応と近隣住民の避難誘導に追われ、皇国陸軍と警察機関は身動きが取れない状況にあった。


 それどころか――、


 西へ逃げようと車に乗った人々は渋滞に焦り警笛を鳴らしながらも、反対車線で弐式ふたしきを乗せた運搬車両がすれ違うと懸命に手を振っている。


 なかにはボンネットの上に登り、直立不動の姿勢で敬礼する者もいた。


 関東軍侵攻を防ぐため皇国陸軍が敵勢へ向かっていると勘違いしたのだろう。


 実際、弐式ふたしき運搬車両には皇国陸軍所属を示す徽章が入っていたし、何よりひと目で軍用車両と分かる迷彩柄になっていた。


「バカどもが! 次に会った時はぶっ殺してやるよ!! ぎゃはは」


 軍用SUVの助手席に座る男が窓外に向かい中指を立て、下卑げびた笑い声を上げた。


「ですよね? 薫子様っ!」


 自身より遥かに年下であろう少女を振り返った男は、粘着質で媚びるような上目遣いとなっている。


「天竜川を渡るまでは油断できぬ、赤久住あかくす

「――へ、へい」


 諭すような薫子の声音を聞いた赤久住あかくすは、鼻下を擦りながら前方へ視線を戻した。


 九州討伐で功を上げ金鵄きんし勲章まで授与された下士官だったが、将校の妻と交わる不貞が露見し浜名湖闘技場送りとなった男である。


 先の見えない荒んだ剣闘士生活は、赤久住あかくすの性格を根本的に変容させてしまった。


 今では新人キラーという異名を持つまでの快楽殺人者となっている。


 なお、赤久住あかくすの試合運びは、ご婦人方にはすこぶる評判が悪い。


「ところで――」


 そう言って薫子は、隣席に座る少年――マモルへ視線を戻した。


 彼女の意図は不明ながら、マモルを自身が乗る車両に同乗させている。


 弐式ふたしきから降り立ったマモルが想像以上に幼かったため、他の剣闘士達と乗り合わせない方が良いという薫子の老婆心だったのかもしれない。


 どの人物も赤久住あかくすの如く、幾分か危険な性癖を持ち合わせていた。


「随分と落ち着きがないな。幾つになる?」


 自分の手、窓の外、隣に座る薫子の横顔、再び自分の手――を、しげしげと見詰めるルーティンをマモルは繰り返していたのである。


 ――こ、これが、BCI-VRギアのぱわぁなのかっ!!

 ――弐式ふたしきから降りても全然っ違和感がない。

 ――というか、もう現実だよ。

 ――すごいっ。これならMMORPGだともっと楽しいかも。


「え? う、うん。何だか凄すぎて……」


 マモルはバイトを頑張って別のゲームも買おうと決意していた。


「あ、それはそうとボクって一応高校二年生なんだよ。どんどん身長は縮んでるけど――子供じゃ――んん、いや、だから子供か」


 子供と言われた点を訂正しようとしたマモルは途中で思い直した。


 ――バックミラーで確認したけど、リアルのボクと同じ見た目だったな……。

 ――どうせなら大人びたアバターに変えたいんだけど。


 だが、相変わらずメタ機能を利用できない。


「高校生? 海賊崩れと聞いていたが――」


 そう言いながら薫子は肩をすくめた。


「浜名湖闘技場の職員は総じて質が悪い。誤った情報だったのかもしれん」

「あ、なるほど。ボクの設定――」


 マモルは、剣闘試合中に薫子から聞かされた話を思い起こす。


 ――おかで捕まった海賊、だ……。

 ――それで闘技場送りになったみたいな設定だったよね。

 ――よしっ!

 ――本気でロールしてる人達と一緒なんだから、ボクも頑張ろう!


 素直なマモルは、今から心を入れ替えて役柄に取り組もうと意気込んだ。


「いや、誤情報じゃないんだ」


 彼は努めて真剣な表情を作った。


「ん?」


 ――この世界でボクがロールしたいと言えば、確かに海賊なんだよ。

 ――何と言っても、主人公は海賊なんだしっ!


「ボクは、八剱やつるぎマモル」


 既に名乗りは上げているが、改めて彼女に名前を伝えた。


 このままロールを続けるにしても、海賊や子供呼ばわりでは気分が乗らないと考えたのである。


「だから、マモルでいいよ。薫子ちゃん!」


「――」「ああんっ?」「――ん」


 無邪気とも取れるマモルの言葉に、本人、赤久住あかくす、運転する七福商会の女――は、それぞれ異なる反応を示した。


「あら」


 七福商会の女は、マモルに好奇心を抱き始めている。


 あるいは何らかのビジネスに繋がると鼻を利かせたのかもしれない。


「海賊と言われますと、どちらから? 芸予でしたら弊商会も――」

「いいえ、奄美群島連合ですっ!」


 九州近傍の洋上に浮かぶ島々を根城とする海賊達がいた。


 佐世保基地の自衛隊並びに在日米軍をルーツとした勢力で、非常に強力な海軍力を有している。


 後南朝ごなんちょう皇国は、南方海域における彼等の実効支配を崩せずにいたのだ。

 

「ボクは奄美大島の兵科高等学校で――」

「か、薫子様っ!」


 血相を変えた赤久住あかくすが、窓を開けて身を乗り出すようにして後方を指差している。


「何ですかい、ありゃあ?」


 そう言って彼が指差す先には──、あまりに巨大な槍があった。

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