第5話 自由への扉。

 リフターに乗り地下へ降り立ったマモルは、弐式ふたしきの全周囲モニタに映る格納庫の状況に驚かされた。


『おせーぞ、カミシロの嬢ちゃん。置いてくとこだったぜ』

『薫子様って呼べや、糞が』

『そもそも俺らだけじゃ、関東に相手されないんだぞ』

『はん』

『薫子様ぁ、武器庫から手土産も回収済みですぅ』


 近距離通信を無指向性モードにしていたために次々と接続が確立され、マモルの耳にも彼等の声が届いている。


 会話の意味と関係性は見当も付かないが、もはやどうでも良かった。


 巨大な地下格納庫に、複数の弐式ふたしきが待ち構えるように立っており、その光景がマモルを大いに興奮させていたのだ。


 ――す、すごいっ!

 ――このゲームって、一対一のPvPだけじゃなかったんだ!!


『ご苦労』


 そう言いながら漆黒の機体が彼等の前に進み出ると、行く手の道を空けるように他の弐式ふたしきは後ろへと下がった。


『関東軍が予定より早く参った』


 堕ちた令嬢、彩杜若あやかきつばた薫子かおるこは、浜名湖闘技場で不敗の連勝記録を誇る剣闘女王であり、さらには関東共和国への亡命計画における首謀者なのである。


『で、セキュリティの状況は?』


 そう尋ねながら薫子の乗るゴウライは、オーバースライダー式のシャッターへと歩を進めていた。


『警備室と通信室の連中は始末しておりやす。ほとんどの野郎が出払ってたんで気楽なもんでさぁ、薫子様。うひひっ』


 警備員は混乱する観客達の誘導に追われ、その他の職員は一足先に逃げているのかもしれない。


『通信機器も破壊したのだな?』


 薫子の問いに、弐式ふたしき剣闘士達は快活に応えた。


『三〇式小銃を、しこたまぶっ放しましたぜ! かいかんっ!!』

『やっぱり人殺しは、生身でやった方が楽しいなっ』

『全くだ。ガハハ』


 弐式ふたしき剣闘士には多くの元職業軍人がいた。


 とはいえ、その大半は問題行動を起こし不名誉除隊となったか、犯罪に手を染めて更生特例法に基づき闘技場に送られたかだが――。


『まあ――良い』


 自身を納得させるかのように薫子は呟いた。


『そろそろ――』


 と、彼女が言い終えたタイミングで、オーバースライダー式のシャッターが上方へと巻き取られ始めている。


 それを見守る弐式ふたしき剣闘士達からたかぶった息遣いが漏れた。


 弐式ふたしき剣闘士に明るい未来など待っていない。真っ当な方法で食い扶持を稼げない彼等は、危険なショウを続けられなくなれば終わりなのだ。


 ゆえに、薫子に賭けた。


『き、来たのか?』

『やったぞ』


 シャッターの先に拡がる搬出口こそが、彼等の賭けた希望へ至る扉なのである。


 他方で、背後から見守るマモルは――、


「え、これって」


 姿を現した搬出口に並ぶ車列に、別の意味で思わず感嘆の声を上げていた。


弐式ふたしき運搬車両までっ!?」


 搬出口で待っていたのは、三台の軍用SUVと五台の弐式ふたしき運搬車両という編成だった。


 キャリアダンプカーの様な形状の弐式ふたしき運搬車両は、当然ながら荷台は弐式ふたしきの加重に耐え得る構造である。


 空の自由を失った人類にとって弐式ふたしきこそが陸戦における最強兵器だったが、移動の早さと航続距離は車輪に適うべくもなかった。


『予定は些か狂ったが、間に合ったのだな』


 薫子が聞いていた当初計画より関東軍の動きが早く、輸送を請け負った協力者が遅れることを彼女は密かに懸念していたのだ。


「いかなる不測の事態であれ対応する」


 肉体の曲線美を際立たせるスーツ姿の女が、軍用SUVの運転席から降り立った。


 怯えた様子も見せることもなく、ピンヒールの音を高鳴らせてゴウライの足下まで近付いていく。


「七福商会の社是ですの」


 そう言って女は、眼鏡のフレームを少しだけ押し上げた。


彩杜若あやかきつばた様方々を、お迎えにあがりました」


 < 今、ゆく >


 ゴウライの胸部スロットが開き、D-BMI機構の解放音が響いた。


 姿を現した薫子がプラチナの巻き髪を揺らし、昇降スライダーを軽やかに滑り降りて行く。


 その所作は所と衣装を変えたなら、優雅な茶会へ出で立つ幼い令嬢にも見えた。


「わわっ? お、降りられるの?」


 予想外の展開に驚愕するマモルをよそに、他の機体に乗っていた連中も次々と地上へ降り立ち軍用SUVへ向かっている。


 御者を失った弐式ふたしきの背後へは運搬車両が回り込んでおり、荷台に座っていた作業員達が誘導ケーブルを繋ぐ作業を始めていた。


 荷台に乗せるのは彼等の仕事となる。


「こちらが――」


 薫子から小さな指輪を受け取った七福商会の女は、息を止めて白いチーフの上へ慎重に乗せた。


 今回の案件における対価なのだろう。


 ネックストラップの先に着けた検品ルーペで確認作業をした後――、


「確かに、お約束の品ですわ」


 そう言って、満足そうな笑みを漏らした。


 ――何だろ?


 薫子が何を渡したのかとマモルは気になっていたが、弐式ふたしきから降りられるなら降りてみたいという欲求が先に走った。


 ――メタ機能は呼び出せないし、いったいどうするんだ?


「む――?」


 焦るマモルの乗った弐式ふたしきを薫子が見上げていた。


「どうした? 子供」


 君だって子供みたいなアバターじゃないか、とマモルは思ったが口には出さずにおいた。


 弐式ふたしきを降りた彩杜若あやかきつばた薫子かおるこは、高慢かつ凛々しい言葉遣いとは裏腹に幼い少女姿なのだ。


 外に立つ薫子に意思を伝えるため、弐式ふたしきの外部スピーカーをオンにした。


 < う、うん。ボクも早く降りたいんだけどさ―― >


 弐脚式装甲機が器用に頭を掻く様を、薫子は再び目にすることとなった。


 < どうやって、降りたらいいのかな? >

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