第4話 大事な選択。

『そこの間抜けな罪人。良く聞け』

「え?」


 誰のことかと思ったが、状況的には自分なのだと考えるほかにない。


 ――間抜けとか、罪人とか……。

 ――こういうのってハラスメントになるんだよね?

 ――ん~、まぁでも、一所懸命に令嬢ロールしてる子なのかも。


「どうしたんですか? 折角のイベントだし楽しく――」

『うむ。確かに事件イベントなのだが』


 同一のフレーズに対し、両者のニュアンスは微妙に異なっていた。


『ともあれ、時がない』


 薫子の声を流すウインドウが、唐突に映像付きに切り替わった。


「わ――凄い!」


 思わずマモルは嬉しそうな声を上げる。


 彼が原作アニメでた見た彩杜若あやかきつばた薫子かおるこの顔がそこにあったからだ。


 プラチナに輝く白銀の豪奢な縦髪ロールが、勝ち気な瞳を抱く彼女の輪郭をかたどっていた。


 とはいえ、この美しい髪こそが、彼女を零落させた病の証しである。


『――』


 他方の薫子も、マモルの顔を見て少しばかり驚き、毒気の抜けた表情となる。


 刑罰代わりに浜名湖闘技場へ送致された海賊にしては、余りにも風貌が幼過ぎると感じたのだ。


「そっくりだよ! 綺麗な巻き髪だし、偉そうだしっ!!」


 見知った顔に親近感を抱いたマモルは、いつの間にか敬語でなくなっている。


「ホントに薫子ちゃんのアバターだ!」


 なお、現在の映像は相手の姿が実際に映っているわけではない。

 

 D-BMI機構からイジェクトされるまで自身の肉体を動かせず、それは顔の表情筋とて同様である。


 マモルが目にしているのは、エモーションキャプチャーの作り出す映像だ。


 ゆえに、アバターと表現しても間違いではなかった。


『調子の狂うであるな』


 憮然とした表情を浮かべながらも、薫子の声音は幾分か柔らかくなっている。


 マモルの容姿が子供に見える点が功を奏したのだろう。


『――色々と言いたいことはあるが、今はく』

「うんうん」


 訳知り顔で頷くマモルの表情は、彼女を再び苛とさせたが、瞳を閉じてゆるり息を吐き抑えた。


「あ! そういえば、関東軍が攻めて来たとか言ってたもんね」


 ――なるほど。序盤の展開に沿ったイベントなんだな。

 ――関東軍が休戦条約を反故ほごにして攻めて来ちゃうんだ。

 ――おまけに、を使うから泥沼に……。


 マモルは原作アニメのストーリーを思い起こしていた。


 ――でも、対戦格闘ゲームで、どうやってイベント化するのかな?


『選べ。慈悲である』


 薫子は二本の指を立て、マモルを真っ直ぐな瞳で見据えた。


 ――ぴーす?


 友好の証しだろうかと考えたマモルが、彼女と同じ仕草をしようとしたところで、薫子は再び口を開いた。


『皇国の弐式ふたしき剣闘士として野垂れ死ぬか』


 犯罪者更生法に基づき闘技場の生贄とされた間抜けを救うと決めたのは、数舜だけ交わした戦いでそれなりに使えそうな男と判断したためでもある。


『あるいは我に付き従い、関東で新たな人生を掴むか――』


 二十一世紀初頭まで仮初めの平和を謳歌した極東の島国は、外的要因が生み出した天災と混乱により東西の政治勢力に分断されていた。


 後南朝ごなんちょう皇国、そして関東共和国――。


 薫子は、今回の混乱に乗じて生まれ故郷の皇国を捨て、敵対する関東共和国へ亡命するつもりなのだ。


 彼女は新天地で彩杜若あやかきつばた家の再興と、二度とは潰されない権力を握ると決めていたのである。


 ――寝返るならば、引き連れる戦力は多い方が良かろう。

 ――我、信ずるは力のみ。


 などと物騒な想念を抱く薫子をよそに、マモルはゲームプレイヤーとして悩んでいた。


「関東か、それとも皇国か――う~ん」


 マモルとしては、即答しかねる選択だった。

 

 ――関東共和国は嫌だな。

 ――亡命した薫子ちゃんを、魔改造した連中だもんね。

 ――でも、西だって薫子ちゃん達――カミシロに酷いことしてるし……。


 東西何れの勢力もマモルの好みではなかった。


 彼としては原作アニメ主人公の属する勢力を提案したかったが、現在地――浜名湖闘技場からは遠すぎる。


 ――静岡から奄美大島……。

 ――さすがに、そこまでのフィールドは用意してないだろうし……。


「薫子ちゃんは、ここから出るルートを知ってるんだよね?」


 マモルはあれこれと考えた後、当面は薫子に従った方が面白そうだと判断する。


 ――上手にロールを──、薫子役に成り切ってるもんね。

 ――きっと、イベントのことも詳しく知ってるんじゃないかな!


『うむ』


 と、短く応えた薫子は、ステージリフターへ進み、タングステンブレードの剣先でフック傍のパネルを叩き付けた。


 機械音と共にリフターが降下し始める。


 普段ならば弐式ふたしき剣闘士が試合中に格納庫へ戻ることはできないが、迫り来る関東軍の脅威に闘技場は混乱の極みにあった。


「あ、ま、待って! 行くよ、ボクも行く」


 そういえばメタ機能を使わずにロビーへ戻る方法も知らなかったな――と思いながら、マモルは慌ててリフターに飛び移ると漆黒のゴウライにしがみついた。


『下郎っ!』

「わわ、押さないでよ」


 こうして二人は、大混乱のアリーナから地下へと降りて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る