第3話 関東軍侵攻。

「え?」


 ――こ、殺すってこと?

 ――うーん、薫子ちゃんみたいな声だったけど、かなり本気――いや廃人プレイヤーなのかなぁ。


 薫子が操作する漆黒の弐式ふたしきゴウライが、脚部ハッチバックからタングステンブレードを取り出し構えると徐々に観衆達の声が鎮まっていく。


 ――よし! だったら、ボクも頑張ろう!


 注目されている試合で、尚且つ相手が廃人レベルのプレイヤーなら、勝てないまでも無様なところを見せたくないと考えたのだ。


 マモルとて、このゲームと原作アニメを愛する男である。


「量産機だけど――、ボクも意地を見せるぞっ!」


 普段ならば、とうに表示されている試合準備メッセージや、カウントダウン音声が無いことなど、もはや気にならなくなっている。


 鼓膜を圧する大音量で場内にホルンが鳴り響くと同時、ゴウライがタングステンブレードを槍の様に構え突進してきたことで試合開始を認識させられた。


「わわわ、いきなり始まったの?」


 先程の意気込みとは裏腹に、少しばかり情けない声を上げたマモルだったが、寸でのところで身を躱し相手の剣先を避けた。


 ――やっぱり反応がいい。さすがは、HIBIKI電算!


 バックステップで相手と距離を取りつつ、ゲーム起動直前に取り付けたアクセラレータの効果に手応えを感じている。


 だが、マモルがホッと息をつく間もなく、振り向きざまの回転運動に伴う遠心力を乗せたゴウライのブレードが迫っていた。


「ほいっ、と」


 呑気な掛け声通り、マモルは曲芸のような仕草で避ける。


「よ、ほ、えい、とりゃっ」

 

 その後もゴウライから間断なく繰り出される全ての突きを避け切ると、いよいよ周囲に歓声が拡がり幾らかの拍手音も混じるようになった。


 ――少しはヘイトが減ってくれたのかな?

 ――じゃ、そろそろ、ボクも攻撃を……。


 そう考えたマモルが、脚部ハッチバックへ手を伸ばした瞬間――、


『チ』


 鋭く舌打ちをする音が脳内に響いた。


 ――あ、オンラインのままだったな。


 近距離通信をオフラインにしようかとも思ったが、会話しながら対戦するのも有りかと考え放っておくことにする。


 ――対戦後のリプレイ時は、平和に話せるかもだしね!


 ゴウライを手に入れたプレイヤーの話を聞きたかったのだ。


『蚊トンボか、己は』

「いやぁ、薫子ちゃんの突きが早すぎて、ボクが武器を抜く間が無いんです」


 この時、マモル本人は気付いていなかったのだが、彼の乗る弐式ふたしきは頭部装甲を掻く仕草をしていた。


 相手とシチュエーション次第によっては、とてつもなく不愉快な仕草にも映る。


『くっ』


 まさに現在の彼女にとっては、そうだっただろう。


 彩杜若あやかつばた 薫子かおるこ――。


 関西の名門彩杜若あやかつばた家に生まれた令嬢でありながら、西方では忌み嫌われる病にかかってしまったのである。


 不運に不幸が重なって、生家はお取り潰しとなり一家は離散、本人も流転を経て浜名湖闘技場の弐式ふたしき剣闘士という卑賎ひせんの立場に身をやつしていた。


 つまりは没落令嬢である。


 だが、誇り高き令嬢の魂は燃え続けていた。


 病ごときで己を蔑み爪弾つまはじいた世間という名の烏合の衆、そして生家を没落させた裏切り者達をひざまずかせると決したのだ。


おかで捕まった海賊と聞いていたが――』


 間抜けな海賊をなぶるための懲罰試合など、薫子は手短に終わらせるつもりだったのである。


 何より今日の彼女は、大切な予定が控えていた。


弐式ふたしきの素人ではないらしい』


 当たり前だよ、とマモルは小さく呟いた。


 ――ボクの総プレイ時間、インフォで見えてないのかな?


 学業、部活、バイト――と、独り暮らしのマモルは目の回るような日々を送っていたが、ゲームをプレイする時間だけは死守していたのである。


『ともあれ――』


 ゴウライの左腕が動き、もう一振りのタングステンブレードを取り出すと両の剣先をクロスさせた。


 彼女は二刀流を得手としている。


『死ねいっ!』


 再び下された死刑宣告にも、マモルの心は落ち着いていた。


 ――ふふっ、驚くなよ。


 マモルはワクワクするような思いを抱きつつ、自身の得物を求め脚部ハッチバックへ手を伸ばした。


 ――機体は量産機だけど、武器にはポイントを費やしたんだ。

 ――出でよっ!!


「妖刀、骨喰ほねまみ藤四郎・改」


 禍々しい名乗りと共に、マモルが脚部ハッチバックから取り出したのは――、


「この妖刀に斬れないものはないんですよッ!!」


 それは、誰の目にも木刀に見えた。


「――って、あ、あれ!?」


 マモルにもそう見えた。


 つまり、木刀だったのである。


 無論、実際に木製というわけではなく、セラミックコーティングを施されているのだが、主として弐式ふたしきの演習に使用される得物なのだ。


 斬れるものなど何も無い。


 関節部を叩き壊せる可能性はあるが――。


『愚かなり』


 と、薫子はゴウライの両腕に握った二振りのブレードを水平に構え駆けた。


 マモルの逃げ場を塞ぎ、ハサミの要領で斬りつけるつもりなのだろう。


 ――あぁ――駄目だ。これは……。


 まさかの木刀出現に気の抜けたマモルが棒立ちとなった時、闘技場内の照明が唐突に赤く明滅し始めた。


 次いで、聞く者を無条件に不安にさせる不協和音がけたたましく鳴り響く。


 ――え? これって?


 マモルはゲーム内で、この音を聞いたことが無い。


 < 中部国境方面総監部より発令 >

 < 緊急避難指示が発令されました。繰り返します―― >


 但し、原作アニメでは聞いた記憶がある。


 < 関東軍の天竜川渡河を確認 >

 < 二個師団規模が―― >

 < み、三方ヶ原みかたがはら方面へ侵攻中 >

 < 警備班の誘導に従い―― >


 ――関東軍が攻めて来るイベントってこと?


 緊迫した場内アナウンスと観客の悲鳴が拡がる中――、


「へえ、面白そうなイベントだな~」

『予定より早い。――逸ったか』


 二人の呟きが重なった。

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