幕間:何か不思議
「ふぅ……」
泡をシャワーで流し終えたあたしは、そのまま湯船に浸かるとほっとした声を出す。
やっぱお風呂の温かさって、癒されるよねー。
「んーっ!」
一旦両手を上げ、大きく伸びをした後、湯気に覆われた天井に目を向ける。って言っても、湯気以前に眼鏡がないから、ぼんやりとしか見えないんだけど。
……昨日のお風呂、ここまでリラックスできてなかったなー。
湯船の温かさでリラックスし始めたあたしの脳裏に浮かんだのは、遠見君の優しい笑顔。
まさかバイト先で、遠見君と鉢合わせするなんて思ってなかったっしょ。
そのせいで、昨日はずっと悩みっぱなしだったもんね。
ほんと。
あのままエッチな事とか要求されたら、マジヤバいかもって思ってたし……。
遠見君の言う通り、もうちょっと考えて行動しなきゃねー。
パシャっと浸かってるお湯で顔を洗ったあたしは、お風呂を出ると洗面所で眼鏡を掛け、そのままバスタオルで身体を拭き始めた。
あたしさ。
入学してからずっと、遠見君が気になってた。
高校生活が始まって、隣の席になったのがまさかの眼鏡男子。
しかもめっちゃあたし好みで、テンションちょーアガったんだよねー。
だから、絶対仲良くなってやるんだーって、めっちゃ意気込んでたんだけど。
実際の遠見君って、誰かと話そうなんて素振り全然見せないし。どこかそっけなくって、仲良くなるきっかけが作れなかったんだよね。
消しゴムでも借りたら、少しはこっちを気にかけるっしょ、なんて思って試してみたけど。結局彼は無表情のまま、頷いてOKするだけ。
それ以外の反応も見せてくれないし、声もかけてくれないしさー。
これでもあたし、人と仲良くなるの得意だって思ってたし、実際クラスですぐ仲良い友達もできた。
だから遠見君ともさらっと仲良くなれるって高を括ってたんだけどさー。ここまで反応薄い彼を見て、もしかしてあたしの事嫌いなのかなーって弱気にもなっちゃって。
そのせいで、あんまりイケイケになってもいけないかなーって思って、ちゃんと声を掛けたりできなかったんだよね……。
やっぱギャルを嫌いって男子も結構いるし、遠見君もそっち系かもって思い始めた頃。
美香も「遠見君って何か近寄り難いし、無視しちゃえばいいじゃん」なんて言ってきたけど、そんなん無理っしょ。
だって、理想の眼鏡男子がそこにいるんだよ!?
例えば好きなアイドルが目の前にいたら、みんな握手とかしたいし、笑顔向けてもらいたいじゃん?
あたしにとって遠見君って、そういう奇跡の存在だったわけ。
だから、嫌われてるってわかるまではーって、ちょいちょいアピってたんだけど。本気で反応薄いから、最近はちょっと凹み始めててさー。
そろそろ諦めよっかなーって思ってたら、彼にバイトばれしちゃったわけ。
あれはマジヤバって、本気で焦ったなー。
仲が良ければ、秘密にしててってお願いもしやすいけど、相手はまともに話をできてない遠見君じゃん?
ここまでの塩対応もあったし、先生にバイトの事告げ口しちゃうんじゃないかなーって、めっちゃ不安になったし……。
でも、バイトだけは何とか続けたかった。
だから、嫌われ覚悟で無理矢理遠見君と会う約束をして、実際に駅前で待ち合わせたわけだけどさ。
あの時の遠見君の反応見て、あたし、マジびっくりしちゃった。
それでなくたって、遅刻して待たせちゃったってのにさー。
あの無表情だった遠見君が、あたしに笑顔で優しい言葉を掛けてきたんだよ?
そりゃあたしだって、えっ!? ってなるっしょ。
っと。手が止まってるじゃん。
湯冷めする前にさっさと髪の毛乾かさないと。
身体をささっと拭いたあたしは、そのままバスタオルを頭と身体に巻いて廊下に出た。
途中台所で冷蔵庫を開けると、中にあったペットボトルを開けぐびぐびっと飲む。
「ぷっはー」
やっぱ風呂上がりは、レモンソーダに限るっしょ。
「こーらー。
「大丈夫大丈夫! 今日は金曜だし、どうせ
「だからって駄目よ。少しは気を張りなさい」
「はいはーい」
「もう……」
あたしの格好を見て、お母さんが小言を言ってくる。
まあ弟が家にいたら流石に気をつけるけど、大体金曜夜は帰り遅いし。今頃
あたしはそのまま自分の部屋に戻ると、ちゃちゃっとパジャマに着替えた後、ドレッサーに座って、濡れた髪の毛をタオルでポンポンっとしながら乾かし始めた。
……でも、遠見君って何か不思議だったなー。
話してみたら、めっちゃ話しやすいしー。お陰で美香の事までペラペラ喋っちゃったけど、それすら嫌な顔ひとつしないで聞いてくれてたよねー。
それに、あたしと同じ眼鏡をしてるのに、さらに眼鏡好き!
これはほんと、めっちゃアゲポイント!
プレ恋の不満なんて、美香達に話したらドン引きされる所だったしー。遠見君のおかげでスッキリできたのはやった! って感じだったよねー。
あたしはトリートメントを髪に通すと、今度はドライヤーとヘアブラシを手に髪の毛を乾かし出す。
それに遠見君って、びっくりするくらい優しかった。
何でもいう事を聞くなんていう、あたしの不用意な一言。
きっと他の男子だったら、それこそ何言ってくるかわからなかったっしょ。
それなのに、あたしにゲームの愚痴を話そうとしただけで許してくれたし。
こういうお願いは気をつけろって、心配までしてくれてさー。
そういう所も含めて、やっぱ不思議なんだよねー。
普通大体あれだけ話せたら、友達作るのだって困らないっしょ?
それなのに。友達いないって言ってたし、作ろうともしなかったよねー。
うーん……。過去に何かあったのかな……。
……ま、いっか。
流石に友達なってすぐ、そんな話聞くのも悪いもんね。
それに、過去は過去。
今はあたしっていうグラ友がいるんだし。これから少しずつお互いを知ってって、色々話を聞いてあげたっていいっしょ。
勿論、めっちゃ好みの眼鏡男子を、近くで堪能できるご褒美もあるし……にひひっ。
髪を乾かしながらニヤける自分を見て思わずキモって思っちゃったけど、もうこればかりは仕方ないもんね。
今までだって、消しゴム借りた振りしながら目の保養にしてたし。
そんな遠見君が、あたしに笑ってくれるんだよ?
あたしにとって最高の眼鏡男子がだよ!?
そりゃ普通ニヤけるでしょって。
でもさー。
MINEも交換したけど、いきなり距離を詰めすぎたらキモがられない?
折角仲良くなれる機会ができたけどさ。
元々遠見君ってみんなと距離を置いてたわけじゃん?
あんまり押せ押せでいって、ウザがられたり迷惑になっちゃうのはちょっとなー。
うーん。どうしよっかなー……。
あれこれ悩んでいると、ドレッサーの上に置いていたスマホがブルブルっと震える。
ん……あー、美香かー。
一瞬遠見君? って思ったけど、お風呂前に挨拶済ませちゃってたし、流石に期待薄かー。
内心残念に思いつつ、ドライヤーを止めたあたしはスマホを手に取って、MINEの内容を確認する。
『ね? 時間ある? あったらちょっと相談にのってほしいんだけど』
そんなメッセージと、お願い! って言葉の付いたうさぎのスタンプ。
これ絶対、週末の葛城君とのデートの話だよねー……。
付き合いだしてから何かとあたしに相談してくるけどさー。
そもそもあたし、まだ彼氏いないんだけど。そんな友達相手にそこまで相談されてもさー。
それに美香の恋じゃん。もう少し自分で考えればいいのに……。
ま、そう思うのは簡単だけど、美香も大事な友達だし、無下にはできないんだけどねー。
自然と肩を竦めたあたしは、メッセージに『いいよ』と短く返したんだけど、直後に既読が付くと、すぐさま通話が掛かってきた。
ほんと、美香って行動力ありすぎ。
そんな事を思いながら通話に出たんだけど、まさかそのまま夜中まで恋バナに付き合わされるなんて、思ってなかったっしょ……。
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