第二話:知っている先輩

 近間さんがと呼んだ相手を見た時の第一印象は、彼女もまた眼鏡が似合う人だな、という事だった。


 下半分しか縁のない、細めでデザイン性の高い眼鏡をした、紺色のスポーティーな短髪が似合う女子。

 ぱっと見はさほど俺達と歳が離れている感じはしない。

 ただ、少し細めな目と線の細い顔立ちが、ちょっとだけ大人びた感じに見える。


 そんな魅力を感じる眼鏡女子──って、あれ?


 この人、何処かで……。

 眼鏡に心奪われる前に、何かが心に引っかかる。

 そんな中、二人の親しげな会話が始まった。


「今日バイトは?」

「お休みでーっす! そういや先輩。連休ですけど、大会とかないんですか?」

「今日はね。五月五日にオンラインの大会があるけど」

「えーっ!? 最悪ー。その日はバイトだし見れないじゃーん」


 近間さんが心底残念そうな顔をすると、澄まし顔で話していた敦美先輩って人が笑って見せる。


 ただ、俺はそんな二人の表情や会話なんかより、敦美先輩って人の会話が気になって仕方なかった。


 オンラインの大会……五月五日……。

 たった二つのワード。

 だけど、俺はそれに心当たりがある。


「あははっ。流石に海笑瑠みえるのスケジュールで大会を組まれてる訳じゃないし。そういう時もあるよ」

「ちぇーっ。じゃあ、あたしもバイト頑張りますから、先輩も絶対負けないでくださいね!」

「絶対とはいえないけど、勿論優勝は狙ってるから」


 表情をころころ変える近間さんに対し、敦美先輩って人は慣れた感じで返事していたんだけど、そんな彼女がすっとこっちを向いた。


「それで。そこの彼が、海笑瑠みえるの彼氏?」

「……か、彼氏?」


 は?

 お、俺なんて華やかな近間さんとは対照的な地味っぷりだぞ!?

 流石にそうは見えないだろって!?


 突然の一言に、変な声を出ちゃったんだけど。


「せ、せんぱーい! そういう茶化しはなしですよ! 彼は高校のクラスメイトで、仲の良い男友達なだけでーっす! ね? 遠見君?」

「あ、うん」


 そこは近間さんが、全力でそれは否定してくれた。彼女らしからぬ焦りを感じるけど。

 その反応を見て何かを感じたのか。

 敦美先輩って人の表情が、少し悪戯っぽい笑みに変わる。


「そうなんだ? でも珍しいわよね。中学時代でも、男友達と二人で遊んでる所なんて──」

「と、遠見君! この人は中学の時の先輩で二つ上の、黒縁くろぶち敦美あつみ先輩!」


 黒縁先輩の話に思いっきり割って入った近間さんが、突然俺に彼女を紹介してきた。

 先輩の方はやれやれと肩を竦めてるけど、近間さんがこう振り回されている姿は、学校の友達とのやり取りでもほとんど見たことがないし新鮮だな。

 っと。まずはちゃんと挨拶しないと。


「あの、初めまして。遠見とおみ久良くろうって言います」

「初めまして。私は黒縁敦美よ。よろしくね」

「はい。こちらこそ」


 すっと差し出された手にちょっと驚いたけど、何とか挙動不審にならずに握手を交わす。

 そんな俺達を笑顔で見ていた近間さんが、何か閃いたのか。ぽんっと手を叩く。


「そういや遠見君って、ゲームが好きなんだっけ?」

「あ、うん。そうだけど」

「実は先輩ねー、プロゲーマーなんだよー」

海笑瑠みえるー。そういうのを広めなくってもいいの。ゲーム好きなら誰もが知ってるってわけじゃないんだから」


 自慢げにそう口にした近間さんに、呆れ顔の黒縁さん。この反応はきっと「またいつものか」って感じがする。


 俺達より二つ上……って事は、高校生でプロゲーマー。

 その事実には驚かなかったけど、やっとここにいる人が誰なのかわかった俺は、内心そっちで驚いていた。


「あの、間違ってたらすいません。もしかして……みつあ選手ですか?」


 俺がおずおずと尋ねると、黒縁先輩は少し驚いた顔をした後、また笑顔になる。


「そうだけど。私の事知ってるの?」


 ……勿論知っている。

 っていうか、その世界にある程度足を踏み入れている人なら、知らない人なんていないんじゃないだろうか。


 みつあ選手。

 長い歴史がある格闘ゲーム、『スティールファインダーズ』シリーズ。

 その五作目となる前作、ファイブの世界最高峰を決める海外大会で女子プレイヤーとして初めて優勝した、日本を代表するトッププレイヤーだ。

 高校二年生が達成したということで一躍有名になったけど、それまでに国内大会でも目覚ましい活躍をしてたのを俺は知っているし、今はニンニンイズム・ゲーミングってプロチームにも所属してたはずだ。


 ただ、俺が知っている彼女は、公の場で眼鏡なんてしてなかった。

 だから最初、彼女がみつあ選手だって気づかなかったんだ。


「はい。スティファイプレイヤーなら憧れの一人ですよ」

「え? 遠見君もスティファイやってるの?」


 驚きを見せたのは、意外にも近間さん。


「あ、うん。近間さんも?」

「あたしはかじった程度。でも、羽流はねるが熱入ってて、敦美先輩にトレーニングしてもらってるんだよねー」

羽流はねる?」

「あ、ごめんごめん。あたしの弟」

「へー。弟君がプロに教わってるなんて凄いね」

「別に、そんなに凄い事ではないわよ」


 素直に感心した俺に、黒縁先輩は謙遜しつつ笑う。


「元々家族ぐるみで付き合いがあって、羽流はねる君がどうしてもって言うから教えてるだけ。まあでもセンスはあるし、将来強くなる素質は十分だけどね」

「でも、羽流はねるは感情のムラッ気激しいからなぁ」

「ほんと。そこなのよねー」


 近間さんの言葉に、黒縁先輩も顎に手をやり少し困った顔をする。

 まあ、格闘ゲームだけじゃないだろうけど、対戦って感情に左右されてたら崩れやすいってのはあるしな。


「弟さんが教わってるって事は、やっぱり家族のためにプロになりたいの?」

「そうそう。家の事なんてあたしとお母さんに任せて、好きな道を選べばいいのに」

「俺は男なんだから、って気持ちもあるんでしょ。家族想いは良いことよ?」

「それはわかりますけどー。先輩くらい強くて礼儀正しくないと、プロじゃ早々やっていけないじゃないですかー」

「まあ、それは否定しないけどね」


 学生ながら、それはわかる気がする。

 当たり前だけど、スポンサーとかが付く為には、常に大会で上位に入る必要もあるし、発言なんかもきちっと見られるからさ。

 そういう意味じゃ、みつあ選手は俺や近間さんと同じ高校生とは思えないくらい、しっかりしてるんだよね。

 

「それより遠見君、だったよね?」

「あ、はい」

「あなたもシックスをプレイしてるの?」

「あ、はい。一応……」


 シックスとは、つい二ヶ月前に発売されたスティールファインダーシリーズ最新作だ。


 ゲーム性がファイブから大きく変わったのもあるけど、eスポーツ界隈が盛り上がりを見せているのもあって、今や格闘ゲームで最も注目を浴びているゲームと言ってもいい。


 俺は小学校高学年の頃から前作のファイブにハマって、そこからずっと遊んでいる。

 友達がいない自分でも、オンライン対戦なら自分の全力を出しても咎められないからさ。


 ちなみに、と答えたけど。

 実は俺、発売からずっとこのゲームをやりこんでいて、ランクマッチと呼ばれる、互いの勝敗からランクが上下する対戦でも、最高ランクのGOD帯にいるくらいには遊んでる。


 ここだけの話。

 同じGOD帯にいるみつあ選手とも、オンラインではそこそこ対戦してるんだよね。


「ってことはさー、遠見君絶対セブンス使ってるよね?」

「うん、勿論。眼鏡女子は譲れないし」


 近間さんがドヤ顔で口にしたセブンス。

 正しくはセブンス・ラッキーって女子高生キャラだ。


 非力っぽい外見に似合わず、投げを主体にした中々に渋い立ち回りを要求されるそのキャラを使う理由は、勿論眼鏡女子だから。


「でもー、先輩も羽流はねるも、あのキャラじゃまず勝てないよって言ってたけど」

「他キャラとの相性がねー。良くてギリギリ五分。酷い時には二対八ニーハチで不利なんてキャラもいるし。遠見君は、セブンスで遊んでて辛くならない?」


 二人がそう口にするのも最も。

 なんたって、セブンスの界隈での評価は、ファイブ時代からキャラ性能最下位の座をほしいがままにしていて、今作もまったくの同評価。プロでも使う人が極端に少ないキャラなんだ。


 とはいえ、それは世間的な評価であって、俺の中の評価はまったく違うんだけど。わざわざそこまでの話をする必要はないかな。


「確かに大変ですけど、キャラが好きなだけですし、動かせれば楽しいんで」


 初心者じみた返事をすると、黒縁先輩は微笑んでくる。


「そういう気持ちを忘れてないなら大丈夫ね。オンラインならプロでも驚くセブンス使いもいるし。めげずに頑張ってね」


 そこで語られている相手が誰なのか。

 何となく想像が付き、俺は内心嬉しくなった。

 だって、セブンスの世界ランキング一位は自分だったりするんだから。


 まあ、さっきみたいに弱いって思われてるから、実際二位以下の勝率は五分かちょい上くらい。そんな中六割以上は勝っている俺は異端だし、プロ選手ですらこの域に立てないからこそ、プロも驚くって言葉に偽りはないと思う。


 ……でも、そっか。

 プロのトッププレイヤーでもそう思ってくれてるのは、ちょっと嬉しいかな。


「はい。みつあ選手も明後日の大会頑張ってください。応援してますから」

「うん。ありがとう」


 俺の言葉に、彼女はにっこりと笑ってくれる。

 と、そこで何かに気付いたのか。近間さんが俺を見た。


「あれ? もしかして、遠見君はリアルタイム観戦?」

「え? うん。そのつもり」

「えーっ!? いいなー! こうなったら、あたしもバイト休んじゃおっかなー」

「ダメだよ。お店に迷惑を掛けないの」

「ちぇーっ」


 黒縁先輩に咎められ、両手を頭の後ろに回し、口を尖らせる近間さん。

 そんな彼女の態度に思わず俺と黒縁先輩は顔を見合わせ、呆れ笑いを見せたんだ。


※※※


【ゲーム系専門用語集】

◆オンライン

 インターネットを通じて繋がっている事。

 これにより、互いに家にいたりはなれていても、ゲームなどで遊べるようになった。

 なお、オンラインでゲームの対戦をすることを熱帯(ネット対戦)と表現する事もある。


◆格闘ゲーム

 主に一対一で戦い相手の体力をゼロにした方が勝ちとなるゲーム。

 格闘と名が付く通り、(例外もあるが)主に格闘技のように素手で戦ったり、剣などの近接武器を使って戦うゲームを主としている。


◆プロ

 他のスポーツなどでもスポンサーが付いているプロは存在するが、ゲーム界隈の場合、厳密にはプロライセンス保有者の事を指す。

 ただ、大会参加の垣根が低い事もあり、基本プロでない人をアマチュアと呼ぶ事はほとんどない。


◆プロチーム

 野球やサッカー同様、ゲームでもプロの所属するチームが存在する。

 ただし、プロのライセンスがない選手でも所属し活動できる点が、他のスポーツチームと大きく異なる点でもある。


◆eスポーツ

 電子機器を使った競技の総称。

 現在は主にゲームでの対戦をスポーツ競技として扱う事を指している。


◆他キャラとの相性

 格闘ゲームでは様々な個性のキャラが対戦する事から、どうしてもキャラ性能による有利不利が発生する。

 それを示す言葉として相性がいい、悪いと表現される事がある。


 ちなみに比率は基本前者が自キャラ、後者が相手キャラ。

 本編にあった二対八ニーハチの場合、セブンスは相手キャラに勝てる可能性が二割ほどしかないという事になる。(相手キャラが八割勝てるほど不利であるという事)


 なお、これらの相性を全キャラ分見せる表をダイアグラムと呼ぶ。

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