第三章:初めてだらけ

第一話:選んだ相手

「さて。準備はいい?」

「もうちょっとだけ待って」


 公園中央にある大きな池のほとり。

 木製の柵の前に並んで立った俺は、前方百八十度くらいをぐるりと眺めながら、を見定めていた。


 ……うん。この中なら流石に、あの人だと思う。

 頷きながら俺が視線を向けたのは、ベンチに座る二十代くらいのカップルの男性だ。

 細いフレームの眼鏡をした、爽やかで知的な印象。ベンチに座ってるからルールにも抵触なし。

 俺はその人を見て、ハズレはないと確信していた。


 あの後、歩きながら近間さんが提案してきたのは、グラ友向けのとあるゲームだった。


  ──「ね? ね? ただ歩いてもつまんないしさ。折角だしー、昼食を賭けて『好み当てゲーム』しよ?」


 なんて提案を受けたんだけど。それは非常にシンプルな『互いの好みの眼鏡男子、女子を当てる』ゲームだった。


 今自分達が見えている範囲で、相手の好みに一番合ってそうな眼鏡男子、眼鏡女子を当てるってゲームなんだけど。

 休みの公園は歩いている人も多いから、基本その場から動いてない人の中から選ぶって追加ルールもある。


 とはいえ、俺は近間さんに好みを話してるけど、彼女の好みの眼鏡男子を聞いていなかった。

 で、流石にそれだと不利だって話をしたら、ちゃんと彼女も好みを教えてくれたんだ。


  ──「あたしの好みはねー。ちょっと陰のありそうな、知的な感じのする眼鏡男子。ま、鉄板っしょ?」


 それが鉄板かどうかはさておき。

 流石に公園に来てる陰のある男性なんてまずいない。となると、知的さもあるし男子の俺から見てもイケメンに見えるあの人が最有力だと睨んだんだ。


 勿論、近間さんは俺の好みの眼鏡女子を当てなきゃいけないから、俺の答えとなる相手も選ばなきゃいけないんだけど、それは既に見繕ってある。


 その相手は、さっきの男性の彼女らしき人。

 清楚感のあるワンピースに、落ち着いたの色の眼鏡。

 髪型は左右に三つ編みをしてて、あまり華やかさはない。けど、自分はその素朴さがかなり好みだ。

 この先あんな彼女なんて一生出来なそうだけど、それが理想と現実の違い。そんなものはとっくに諦めてる。……って話はいいか。


 まあでも、俺から見ても迷うような眼鏡女子は他にほぼいない。

 だから、まず近間さんは当ててくるだろ。

 ってなると、勝ちはないけど、引き分けには持ち込まないと……。


「そろそろいーい?」

「うん。指差しは失礼になるから、小声でどの辺って言えばいいよね?」

「うん。じゃ、いくよ? せーの」

「左から二番目のベンチの人」


 俺と近間さんの小声が綺麗に被る。

 そしてそれは、間違いなく俺がさっき選んだ男女が座っているベンチ。


「うわー。やっぱり分かりやすすぎだよなー」


 俺があちゃーって顔をすると、えっへんと勝ち誇ったように近間さんは胸を張る。


「へっへーん。ま、今見える範囲だと、あの人が一番落ち着いてそうだったしさー。流石に楽勝っしょ!」

「まあ選択肢も少なかったもんなぁ」


 うん。まあこれは既定路線だし仕方ない。

 問題は彼女の好みだ。


「で、近間さんの方は? あの人いい線いってると思ったんだけど。違う?」

「遠見君の選んだ答えはぁー……」


 俺の問いかけに、さあ、どうでしょう? と言わんばかりの期待と不安を煽る顔で、まるでクイズ番組の司会のように答えを焦らす近間さん。

 そして――。


「ぶっぶー! 残念でしたー!」


 してやったりと言わんばかりの満足そうな笑みとともに、不正解を告げてきた。


「嘘!? 他にいる眼鏡の人達って、聞いてた理想とかなり離れてたと思うんだけど」

「ふっふっふっ。まだまだだねー」


 予想外の事に俺が驚きを見せると、にっしっしとほくそ笑むような笑顔。


「じゃあ、正解はどの人なの?」


 その顔に懐疑的になったのもあって、どこか納得がいかない俺は、少し不満げな声を出しちゃったんだけど。

 近間さんはそれに気分を害することなく、フレームを指で押さえて眼鏡を直す仕草をした後。


「遠見君」


 と、そうきっぱり言い切った――って、俺?


「ちょ、ちょっと待った! それって流石にルール違反じゃ!?」

「何で? あたしの視界の中にいてー、動いてない眼鏡男子じゃん」

「い、いや。そうだとしたって、流石にありえないでしょ!?」


 抗議が癪に障ったのか。

 彼女が頬を膨らませ不貞腐れたものになる。


「あのさー。あたしちゃんと言ったじゃん? ちょっと陰のありそうな、知的な感じのする眼鏡男子が好みだーって」

「い、いや。それは確かに言ってたけど……」

「でしょ? でさ。この辺見渡した範囲で、好みに一番近いのが遠見君だったわけ。あたしから見たら陰もあって、頭もいい知的な眼鏡男子なんだよ?」


 まったく、という感じで腕を組み、ぷいっとそっぽを向く近間さん。


 いや、でも、でもだよ?

 確かに俺も眼鏡男子だけど、陰があるも何もただの陰キャだし……そ、それに……。


  ──「全然! あたしは遠見君みたいに正直な方が好きだなー」


 近間さん、さらっとあんな事言ってたけど、もしかして……って、そんなのあるか!

 何考えてるんだよ、俺!


 勝手な妄想が頭を過り、一瞬心がざわつく。

 けど、直後に俺はある事を思い出した。


 少し前に彼女は言ってたじゃないか。下手に好意を匂わせてくるなら、はっきり言えばいいのにって……。

 そう言い切った彼女が、わざわざ今回そんな匂わせをするかと言えば、それはちょっと考えにくいような気もする……。


「あの。それって今回はたまたま俺しかいなくって、もし他に理想的な人がいたら、そっちを選んでたって事だよね?」

「そりゃーねー。お眼鏡に叶う男子がいたら、勿論そっち選ぶよ?」

「そ、そっか。そうだよね。ごめん……」


 迷いない返事に内心ほっとしながらも、俺の言葉で近間さんの気分を害したのが申し訳なくなって、思わず頭を下げる。


 片目を閉じ、じーっと横目で俺を見ていた彼女は、次の瞬間にこっと笑うと、こっちの肩をぽんっと叩いた。


「ま、そういう時もあるってー。って事でー、次回やる時は油断しちゃ駄目だよ?」

「う、うん。気をつけるよ」

「よし! さって。じゃ、今日のお昼は何ご馳走してもらおうっかなー」


 勝者の余裕なのか。にっしっしっと笑う近間さん。

 ……これ、絶対この勝負に勝つ気でいた顔だ。


 眼鏡女子とはいえ、俺の好みから近間さんが自分が選ばれることはないのは知ってるだろ。そう思ってたからこそ、俺も無意識に自分が選ばれるなんて考えていなかったんだよね。


 ……まったく。

 近間さんってギャルっぽい外見とは裏腹に、頭が良いとは思ってたけど。こういう時にも頭が回るんだな。

 こればっかりは、こういう遊びに慣れてない俺の甘さもある……っていうか、そもそも眼鏡好き同士集まっても、こんなゲームやってる人の方がレアか……。


 とりあえず、負けは負けだもんな。

 素直に受け入れよう。


「あまり高いところは避けて欲しいけど、近間さんがお店は決めてくれる?」

「え? マジでいいの!?」

「そりゃ、勝負して負けたんだしね」

「おー。遠見君、おっとこらしいー! じゃあ、そろそろ駅前に移動しよっか?」

「そうだね」


 俺達が互いの顔を見ながらそんな話をしていると。


「あれ? 海笑瑠みえるじゃない」


 と、俺達の横から、何処かハスキーな女性の声が届いた。


「あー! 敦美あつみせんぱーい! ちーっす!」


 声の方に顔を向けた近間さんが、元気に相手に手を振る。

 俺も釣られて顔を向けると、そこには水色と紺色がうまく組み合わされた、シックなランニングウェアに身を包んだ人が立っていたんだ。

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