第七話:友達のいない理由
「え? そう?」
「うん。その……俺だって、話しちゃダメかもって事は話さないし、本音を言っちゃいけないかなって時は、ごまかしたりもするし」
首を傾げる彼女に、俺はそんな事を口にしたんだけど。
「でも、今もちゃんとそうやって話してくれるじゃん? それってやっぱり正直だと思うけど」
やっぱり近間さんは納得いってないようだった。
このままだと平行線だし、彼女の言葉を受け入れて、ごまかして終わり。それでも良かった気がしたんだけど……。
ふと、さっき辛い過去を話してくれた彼女の姿が脳裏に過った瞬間。
「まあね。でも俺だって、誰かに嫌われたくないって思って、話さない事もあるから」
俺もまた自身の過去を振り返ってしまい、そんな不安な心を露呈した。
「……何があったの?」
俺の心内を察したのか。近間さんが真面目な顔になる。
何となく、自分でもわかる。無意識に顔に出てたんだって。
こんな話をしたら、絶対迷惑。そう思っていたはず。
だけど、凄い身勝手なんだけどさ。
近間さんの眼鏡の下から見える真剣な瞳を見た瞬間、ちゃんと俺に向き合おうとしてくれてるように思えちゃって。
……彼女にだけは話しておくべきだな。
そんな弱気を加速させたんだ。
人が聞いたら重い話。
そんなのは分かってた。
たった二日で友達に話す話じゃない。
それも分かってた。
けど、俺は話す事にした。
ずっと心の奥底に、近間さんの友達として側にいてもいいのかって、不安もあったから。
「……俺、この間MINEのID交換する時に、友達いないって言ったでしょ?」
「うん」
「その理由ってさ。誰かと友達になる距離感っていうのが、わからないからなんだ」
「距離感がわからないっ……て、何で?」
「……ちょっと長い話、してもいい?」
「うん。ちゃんと聞くよ」
「ありがとう」
真剣な目を向けてくれる彼女に少しだけ微笑むと、俺は自身の過去を語り始めた。
「俺の父さんって、昔から仕事の都合で転勤が多くって、結構色々な学校を転々としてた。でも元々人見知りだった俺は、当時もほんと人と話すのに慣れてなくって。だから最初はみんな転校生ってことで興味を持つけど、親しくなる事もないまま、距離を置かれてばかりいたんだ。で、ある時。確か小学二年の時かな。転校先でたまたまゲーム好きな男子達がいて、その時はその子達とすぐに打ち解けられたんだけど。そこで対戦格闘ゲームをしようって話になったんだ」
「それで?」
「俺、その頃にはもうゲーム好きで、話にあがったゲームにも自信があった。それで、一度友達の家でみんなで対戦したら、俺が全員にあっさり勝っちゃったんだけど。そうしたら、ある子が『そんな上手いなら手加減しろよ!』なんて言ってきたんだ。それで、次はわざと負けたんだけど、今度は『何手加減してんだよ!』って別の子に言いがかりを付けられて。仕方ないから、うまく手を抜いて何とか接戦を演じ、ギリギリで負けてあげたんだけど。そうしたらみんなに『やっぱお前弱いんじゃん!』なんて言われて、馬鹿にされてさ」
「うわー。小さかったとはいえ、流石にそれはちょっと酷すぎじゃない!?」
あり得ないという顔をした彼女に、俺は苦笑だけを返事とし、そのまま語り続ける。
「子供ながらに色々考えて、結局その子達は俺に勝って優越感に浸りたかっただけ。そう思った時、理不尽だって思ったのと同時に、その子達と遊ぶのが面倒になっちゃったんだ。で、結局その後、遊びに誘われても断り続けて、その内誘われなくなって。そんな人付き合いの悪さに、他の子達も俺を避けるようになって。結局、クラスでも孤立したんだ。まあ、一年もしない内にまた引っ越したけど、あの時は辛かったな」
……うん。辛かった。
いじめられこそしなかったけど、それでも一人ってのは、決して楽しいものじゃなかったから。
少しだけ唇を噛んだ俺は、それでも言葉を吐き出すのを止められなかった。
「その後も色々な学校を転々としたんだけど、その時以来、俺は何処に行っても友達を作ろうとはしなかったんだ」
「やっぱり、面倒だったから?」
「それもあったけど。あの時から俺、どう接すれば相手が傷つかないのかとか。どう接すれば嫌われないのかとか。そういうのがよくわからなくなっちゃって。それなら、親しくならなければ考えずに済むよなって思って、逃げるようになったのは確かかな」
ふぅっと息を吐くと、心が重くなりすぎないよう、少し乾いた喉に飲み物を流し込む。
「だから、クラスでみんなの輪に入ろうとしなかったんだ?」
「うん。まあ、入り方がわからないのもあったけど」
腑に落ちた顔をする近間さんに、俺は自然と自嘲する。
「……だから、近間さんが友達って言ってくれて、思ったより話せてる自分には驚いてる。だけど、だからって正直なんかじゃないんだ。さっきだって不安に感じて、聞けなかった話もあったしさ」
「それって……あたしの初恋の事、とか?」
「……うん。さっき近間さんも言ってた通り、まともに会って話すのはたった二日目。それなのに、何でそんな大事な話をしてくれたんだろうって思った。けど、近間さんが想い出話をしてる時の辛そうな顔を見たりとか、話を続けるのを嫌ったのを感じて、それは聞いちゃいけないなって思って」
「あー。だから、あんな顔してたんだねー」
「……え?」
俺が少し驚いてみせると、彼女が微笑んでくれた。
「あたし、あんな重い話をしたっしょ? あの時に遠見君が落ち込んだのって、重い話に同情したんだろうなーって思ってた。でも、今の話を聞いたらわかっちゃった。それもあるけど、きっとあたしの話に自分を重ねなてたんだなーって。違う?」
「……うん。重ねてた」
「でしょ? でもそんな話をしたら、あたしがその話を引きずって、また気落ちするんじゃーとか、思ったっしょ?」
「……近間さん」
「なーに?」
「読心術は止めてくれない?」
俺が冗談混じりにそう口にすると、近間さんはふふーんと自慢げな顔をで、ちっちっちと指を振る。
「違う違う。グラ友であり
「こっちは陰キャで、近間さんは陽キャだよ? それなのに?」
「そんなの関係ないってー。あたしだって、友達だからって何でも話したりなんてしないよ。ちゃんと心を許せるって相手じゃなきゃ、あんな事まで話さないってー。よっと」
ぽんっと軽く飛ぶようにベンチから立ち上がった彼女は、その場で大きく伸びをすると、笑顔でこっちに振り返った。
「やっぱり、遠見君は正直者だよ」
「え?」
「だってさ。今の話だって話にくい話っしょ? だけど、あたしに気を遣って話さなかった事、ちゃんと話してくれたじゃん」
「それは、その、話の流れってだけだし……」
何となく彼女の言葉に気恥ずかしくなって、俯いていたんだけど。
「それでも話さない子とか、上辺だけ取り繕う子なんて沢山いるよ? だから遠見君は正直者。そして、あたしも正直だからはっきり言っとくけど、これからもちゃんと友達でいてよね」
「え?」
予想外の言葉に、俺は思わず顔を上げる。
「だってー。あたし、今まで誰にも話せなかった事、遠見君に話せちゃったんだよ? お互いが知り合ってからの時間なんて関係なく。それは、正直で優しい遠見君だからできたんだもん。こんな最高の友達いないっしょ?」
そう話してくれる近間さんの微笑みは、どこかふっきれたように見える。
まあ、いつも太陽のような笑顔ばっかり見せてるし、不安があるなんて感じは微塵もなかったけど。きっとそれも近間さんの凄さなんだろうな。
そんな事を考えていると、にこにことした彼女が、俺にすっと片手を伸ばしてきた。
「いーい? あたしと簡単に友達じゃなくなろうなんて思わないでよね? まだまだ遠見君の事いっぱい知りたいし。グラ友らしい話も沢山したいし」
……本当は、ちょっと思った。
俺はこんな言葉をかけてもらえるだけの相手なのかって。
でも同時に思ってた。
俺、こんな言葉をかけてもらえて嬉しいって。
だから……俺は正直になった。
「……そうだね。こないだみたいに酷い話も愚痴りたいし」
「そうそう。ああいう時にこそ、グラ友がいて良かったーってなるよ? なんてね」
笑顔の近間さんに笑い返すと握手を交わすと、彼女は腕を引いて俺を立ち上がらせようとする。
「じゃ、そろそろ行こ! グラ友として、もっともーっと楽しまないとだもんね!」
「うん」
俺は彼女に促されるように立ち上がると手を離し、改めて近間さんに向き直る。
「まだまだ友達との距離感がちゃんとわかってないから、迷惑をかけたらごめんね」
「何言ってんのー。そんな事いったらあたしなんて、遠見君の気持ち関係なしに押せ押せだよ?」
「確かに押しは凄かったけど。そのお陰で、俺は近間さんと友達になれたんだから」
「ふーん。つまりー。あたしにちょー感謝してくれちゃってる?」
「うん。すごく感謝してるよ。本当にありがとう」
素直にそう返して微笑むと、彼女が少しの間固まった。
……ん?
「……近間さん?」
俺が顔を覗き込むと、彼女はくるっと俺に背を向ける。
あれ? 俺、そんな酷い事言ってないよな?
変に笑いかけたからキモがられた?
「あの、えっと。何かあった?」
「え? あ、ううん。何でもない。何でもないよ! じゃ、次は池の方に行ってみよ! レッツゴー!」
彼女は背を向けたままそう言うと、俺を置いてスタスタと歩き出す。
本当に何があったんだろ?
その場で首を傾げたけど、それで別に答えがわかるわけじゃない。
とはいえ、流石に今のを深追いするのもな……。
「ほーら。早く行こうよー!」
少し離れた所で大きく深呼吸し、くるりと振り返った近間さんが、口の横に両手を当て、俺にそんな声を掛けてくる。
……そうだな。友達を待たせたら悪いよな。
「ごめんごめん」
俺は慌てて彼女の元まで走ると、脇に並んで一緒に池の方を目指したんだ。
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