第六話:正直者

「はぁ……はぁ……」


 あれから少しして。

 俺は噴水のある中央広場に向かう歩道脇のベンチに座り、肩で大きく息をしていた。

 肌寒かったはずなのに、じんわり汗も掻いちゃってるし。


 正直、近間さんに手を引っ張られ走らされたのはいいんだけど、お目当てのドリンクスタンドが公園のかなり奥で、結構な距離を走らされたんだよね。

 俺も運動神経は人並みにあると思ってるけど、流石にこの距離を休まず走らされたから、息も上がってヘトヘトだ。


 俺は前屈みのまま、自分の手をふと見る。

 ……そういや、あんな形だったけど、近間さんと手を繋いでたのか。

 今でもちょっと思い出す柔らかな感触。だけど、正直疲れのほうが酷くって、家族以外の女子と初めて手を繋いだっていうのに、感慨とか気恥ずかしさなんかはさっぱりだ。


 そういや近間さんって、あまりこういうのに抵抗がないんだろうか?

 初めてまともに話したあの日も、気軽にプリとか誘ってきたし。今日だって、一緒に会って出掛けてるのは二日目。しかも、恋人じゃなく友達なんだけど……。


 手を繋ぐ事自体嫌がられていないって事実にはほっとするけど、あまりに迷いがなかったし、俺相手じゃ緊張もしないって事なんだろうか?

 ……まあ、頑張ったって俺だもんな。それは十分ありうるか。

 それに、ギャル特有のフレンドリーさで、色々な人と繋ぎ慣れてるって可能性も十分ありそうだし。あまり気にしても無駄かな。 


「ごめんねー。あそこのキウイサイダー、すぐ売り切れちゃうからさー」


 と、お目当てのドリンクを手に入れた近間さんが、ほくほく顔でこっちに歩き戻ってくる。

 両手にはキウイの緑を基調とした炭酸が入った、大きめの透明カップがふたつ。


「はい、どうぞ」

「ありがとう。後でお金渡すね」

「いいっていいってー。その代わり、後で別の飲み物ご馳走してもらおっかなー」

「あ、うん。いいよ。それで良ければ」


 荒い呼吸を鎮めた俺は、ウィンクしてくる彼女に何とか笑い返すと、差し出されたカップを受け取り、刺さっているストローを口に咥え、中の飲み物を吸い上げた。


 へー。

 正直もっと甘めかと思ったけど、程よい甘さと微炭酸の口当たりがさっぱり感を感じさせる。これは確かに美味しいかも。


 隣に座った近間さんもまた、ストローを吸いキウイサイダーを口にする。


「ぷっはー。やっぱこれだよねー」


 口からストローを離した後の、彼女のご満悦な顔。

 だけど、口から出た声は完全にお酒を飲む人のそれっぽい。

 以前ファミレスで見た時もそうだったけど、そのリアクションは直したほうがいいような気もするけどな……。


 とはいえ、そんなリアクションは似合わないけど、彼女の笑顔と少し汗ばんだ肌は、健康的なギャルらしさをより際立たせてるよな……って。何も言わずにじっと見てたらキモいだろって。


「そ、そういえば、近間さんここまで走ったのに、全然元気だよね」


 そう会話を切り出すと、こっちを向いた近間さんがにこにことした笑いかけてくる。


「まーねー。あたしこれでも、結構運動得意だし」

「へー。何か得意なスポーツとかあるの?」

「うーん。そういうのは特にないし、中学でも部活とかやってたわけじゃないんだけど、放課後に友達とよく、ダンスを踊ったりしてたかなー」

「へー。近間さんなら凄く似合いそうだね」

「お? 気になるー? 見てみたい?」


 俺の言葉に食いついた彼女が、ベンチで足をぷらぷらさせながら、満面の笑みでこっちの様子を伺ってくる。

 そうだなぁ……。確かにちょっと気にはなるけど、ここは案外人通りが多いし、かなり人目を引きそうだよな……。


「見てみたいけど、ここだと人の目も気になるでしょ」

「あたしは全然! ああいうのって見られてなんぼだし! あ。でも、それで遠見君まで注目されちゃうのはキツいよねー」

「確かにそれはちょっと。今度別の機会に見せてもらってもいい?」

「もちおっけーだよ! 楽しみにしててよね!」

「うん」


 隣でにっこりと笑う近間さん。

 ほんと、彼女の笑顔って見てると元気がでるよな。

 勿論眼鏡が似合ってるってのはあるんだけど、営業スマイルとか、周囲に合わせてって感じじゃなく、自然に笑ってる感じがするんだよね。


 ……ギャルだけど眼鏡。

 大胆な所もあるけど繊細。

 そして、とても気さくで優しい。


 こう考えると、近間さんって不思議な感じがする……っていうか、これは俺がギャルに対して偏見持ちすぎなだけか。

 正直ギャルってだけで、苦手で距離を置きたいって思ってたしな……。


「……遠見くーん。ちょっとあたしの事、ガン見し過ぎじゃなーい?」


 ……あっ!

 確かに俺、じーっと彼女を見続けてるじゃないか!


「ご、ごめん!」


 慌てて顔を背けた俺は、思わずその場で小さくなり俯いてしまう。

 いや、流石に何も言わずにガン見なんて、かなり失礼じゃないか。そんな気持ちで反省しきりだったんだけど。


 次に聞こえたのは、「にっしっしっ」という近間さんの楽しげな笑い声。


「もしかしてー。あたしに惚れちゃった?」

「そ、そんな事ないよ! ただ、ぼんやりしちゃっただけだから!」


 思わず俺が本音を話すと。


「えーっ!? そこはせめて見惚みとれたとか言っておこうよー。あたしだって傷つくよ?」


 隣から次に聞こえてきたのは、露骨に不機嫌になった彼女の声。

 うわ!? 俺、またやらかしてる!?


「ご、ごめん!」


 咄嗟に近間さんに顔を向けると──え?

 さっきの声とは裏腹に、彼女はこっちを見ながら笑っていた。

 へ? どういう事!?


「ほんっと。遠見君って真面目だよねー」

「え? あ、その……」


 あまりにころころと変わる状況に頭が追いつかず、しどろもどろになる俺を見ながらクスクスっと笑った近間さんは、キウイサイダーを口にした後、何時もと変わらない笑顔を向けてくる。


「ごめんねー。あまりにさらっと否定するもんだからさー。からかいたくなっただけ」

「そ、そっか。でもごめん。確かに配慮が足りてなかったよね」

「全然! あたしは遠見君みたいに正直な方が好きだなー」


 好き。

 その言葉に一瞬ドキっとしたけど、自然にそれを口にした彼女は、俺から視線を逸すと人の流れに目を向ける。


「いるんだよねー。今の質問に簡単に見惚みとれてたとか言って、好意を匂わせてくる男子がさー。正直あたしからしたら、そこまで言うなら告白してくればいいっしょ? って思っちゃってさー」


 まあ、確かにそうかもしれないけど。恋ってそんな簡単じゃないような気もするんだよな。

 なんて思っていると。


「……なーんて。ま、恋はそんなに甘いもんじゃないって知ってるけどねー」


 俺と同じ感想を彼女は口にした。

 改めて俺を見ながら微笑む彼女。

 そこにあるのは、普段の近間さんらしさだけ。


「その点、遠見君って正直者じゃん」

「そうかな?」

「うん、マジマジ。あたしと話すようになったのだって、ついこないだっしょ? それなのに素直に本音を言ってくれるし、あたしの心配をしてくれるし、話しにくいような事もちゃんと話してくれるじゃん。だからあたしも安心して、つい口が滑っちゃうんだよねー」


 話を聞き、顔を見て、俺は自身が勘違いしようのない要素──友達としての親愛だけがある事にある意味ほっとした。

 でも、俺が正直者だなんて、流石に買い被りだと思う。だからこそ。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、流石に過大評価だと思うよ」


 俺はそう否定したんだ。

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