第四話:質問タイム

「そういえば中央公園って、駅からどれくらい掛かるんだろう?」

「うーん。家と逆方向だし、駅から歩くってした事ないからちゃんとは分かんないけど。大体十五分くらいじゃないかなー」

「結構掛かるんだね。なんかごめん」

「いいのいいのー。その分色々話せるっしょ」


 公園までの道は、商店街を抜けた先にある通りの更に一本先。大通りに沿って行くらしい。

 俺は近間さんに案内されるまま、新緑が綺麗な街路樹を眺めつつ、彼女の脇を一緒に歩いて行く。


 五月に入ったとはいえ、外はまだ少し肌寒い……はずだ。実際、家を出て駅前で近間さんを待ってた時もそう感じてたから。


 だけど、彼女と合流してから、自分の感じてる熱がわからなくなってる気がする。

 やっぱり、何処か気恥ずかしさが抜けないからなんだろうな……。


「そういえばさー。入学式の後、ホームルームでみんな自己紹介したと思うんだけど。遠見君って、あたしの自己紹介覚えてる?」

「え? あ、うん。大体は」


 隣を歩く近間さんからの質問に、俺はそう短く返した。


 確かに登校初日のホームルームで自己紹介をした記憶がある。

 話せる限りで良いって先生が言てったから、名前とよろしくお願いします、くらいの人が多かったし、俺もそのタイプだったんだけど。近間さんは結構色々話しててさ。

 それが間違いなくみんなを惹きつけて、初日から多くの友達を作っていたのは間違いない。


 その内容は……えっと、確か……。


「近間海笑瑠みえる。八月四日生まれの獅子座で、血液型はO型。趣味はウィンドウショッピングとカラオケ、それに映画鑑賞、だったっけ?」

「うわ。そこまでちゃんと覚えてるの!?」

「あ、うん。妙に記憶に残っちゃってて」


 口に手を当て驚く彼女に、俺はぽりぽりと頭を掻く。


 元々記憶力はあるほうなんだけど、あの日の近間さんの自己紹介は間違いなくインパクトがあったし。ギャルで眼鏡っていう予想しない組み合わせだったから、妙に注目しちゃってたのもあってさ。


 ……って、ここまでちゃんと覚えてたら、流石に引かれないか!?

 俺は横目で様子を伺ったんだけど、彼女は特に気にしない様子で、マイペースにそのまま話を続ける。


「じゃあそれ以外で、あたしに聞きたい事って何かある?」

「え? 聞きたい事かぁ……。何を聞いても大丈夫?」

「それってもしかしてー、あたしのスリーサイズとか聞いちゃう前振り?」


 近間さんが眼鏡を直すと、急に表情を変え、にやにやとこっちを見てくる。


「ち、違うよ! 聞かれたくない事があったら避けなきゃって思っただけ!」


 慌てて両手を振りながら否定すると、俺の反応を見た彼女が、突然笑い出した。


「あはははっ! 冗談冗談。そんな必死になって否定しなくってもいいってー」


 ……からかわれたのか。

 内心少しだけムッとしたけど、まあ彼女の方が会話じゃ一枚上手だし、仕方ないか。


「あ、ちなみに八十八の五十五の八十七ね」

「……へ?」

「二度は言わないよ? あと、他の子には絶対内緒だかんね」


 そうさらっと口にした後、クスクスっと笑う近間さん。

 流石にほんのり顔が赤いようにも見えるけど、帽子で顔に影が掛かっててちょっと分かりくい。


「ちなみに、言いたくない事は流石にノーコメントって言うから。その時はごめんねー」

「あ、ううん。それでいいよ。何かごめん。気を遣わせちゃって」

「いいっていいってー。じゃ、質問タイム、スタート!」


 仕切り直すかのようにそう宣言した近間さんは、どんな質問されるのか楽しみにした顔をこっちに向けてきた。

 じゃ、じゃあ……。


「近間さんって、何時頃から眼鏡をしてるの?」


 俺がそう尋ねると、彼女が感心した顔をする。


「流石グラ友。そこから攻めてきますか」


 なんて、眼鏡をキラリとさせそうな感心した顔で言ってるけど、別に攻めたつもりはないんだけどな……。


「えっと、眼鏡デビューは小学二年だったかなぁ」

「え? そんな前から?」

「うん。あたし、昔っから本が好きでさー。四六時中本を読んでたんだけど、結構暗い所なんかで読んじゃったり、かなり顔を近づけて読んでてさー。そのせいで、今じゃ両目とも裸眼で〇・一切っちゃってるんだよねー」

「あ、近間さんもそうなんだ?」

「え? 遠見君もそこまで酷いの?」

「うん。俺も同じ。とは言っても、近間さんみたいな真面目な理由じゃなくって、ゲームのし過ぎだけど」

「あたしもそんな変わんないよー。小説とかも読んだけど、漫画も沢山読んでたしさー。同じ同じ」


 ……うん。この辺の話題は話してても問題なさそうかな。

 近間さんの普段通りの反応に安心しつつ、俺はそのまま流れで気になる事を聞いてみる事にしたんだけど。


「ちなみに、コンタクトにしないのは何で?」

「え?」


 その質問に近間さんは少し驚き……いや、戸惑いを見せた。


「何でそんなのが気になったの?」


 何となく、さっきまでと口調が少し違うような気がするけど……まさか、地雷を踏んだ?


「あ、いや、その。自分が見かけるギャルっぽい子って、メイクやファッションにこだわってるからか、眼鏡をしてる印象がなくって。だから、目が悪い子も大概コンタクトにしてるのかなって思ったんだけど、近間さんは眼鏡だったから。それで……」


 少ししどろもどろになりながらも、結局俺は本音を語ってしまった。


 理由を聞けば、近間さんなら納得してくれるから……って、思ったんだけど。

 話を聞いた彼女の反応は、そんな感じじゃない。笑みを隠し俺から顔を逸らすと、前を向いて沈黙する。

 遠くを見つめる表情に浮かんだのは、何処か切なげな顔。


 嫌……というか、寂しげ。

 その横顔を見た瞬間、俺の心を不安が襲った。

 不用意な質問で、近間さんを傷つけたんじゃないかって。


「ご、ごめん! 今の質問はなしでいいから!」


 慌てて取り繕い口にした言い訳。

 それを聞いて、はっとした彼女が歩みを止める。

 釣られて俺も足を止め、近間さんの顔を見た。


 俺より少し背の低い彼女は、少しの間じっと俺を見た後。


「……ううん。構わないよ。きっとこんな事、グラ友じゃないと話せないしー。遠見君ならきっと、わかってくれるっしょ」


 何処か強がりを感じる言葉と共に、少し寂しげな顔で微笑むと、街路樹のある道を歩き出した。

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