第三話:そこにある本音
声に釣られて顔をそっちに向けると、商店街の方から、笑顔で手を振りながら小走りに近間さんがやって来た。
「遠見君、おっはよー!」
「おはよう」
「待ち合わせ時間より二十分も前じゃん。随分早くない?」
「それを言ったら近間さんだって」
「そりゃー、あたしは昨日から楽しみにしてたしねー」
俺の質問に笑顔を崩さない彼女。
学校で見せる普段通りの快活さ。楽しみにしていたかまではわからないけど、俺相手でも楽しそうに話してくれているってだけで、内心ほっとしてる。
ただ……。
同時に目に入る彼女の格好を見て、やっぱりどこか世界が違うなって感じていた。
前につばのある野球帽のような帽子。その下から後ろで縛った髪が流されている。
胸にセンスを感じるロゴがあしらわれたスウェットに、小さく可愛らしいポシェットを、ショルダーストラップで肩から斜めに掛けている。
素足を大胆に晒したデニムのショートパンツ。
そんな快活そうな服装に似合うスニーカー。
素直な感想を言うなら、もうそれはすごく似合ってる。
勿論、普通の女子高生でも似合うとは思うんだけど、ギャルっぽい彼女が着ると、それがより際立つっていうのかな。
ただ、同時にあまりじっと近間さんを見ちゃいけない気持ちにもなった。
いや、その……ショルダーストラップが、丁度胸の間を通ってて、少し強調されちゃっててさ……。
学校で制服を着ている時も、それなりに胸があるのはわかってた。
けど、こうやって強く意識させられちゃうと流石に俺も気恥ずかしいし、彼女に変な目で見られるのも嫌でさ。
近間さんだって、そういう目で見られたいわけじゃないだろうし……。
「ん? どうかした?」
少し目線を逸らしただけなんだけど、目ざとくそれに気づいた彼女が、俺の視線に入るかのようにこっちを覗き込んでくる……って、近い近い!
「あ、いや、その。服装、似合ってるなって」
顔が熱くなるのを感じつつ、ちらちらと彼女を見ながらぼそぼそと答えると、一瞬「えっ?」って驚いた後、すぐ嬉しそうな顔をした。
「ありがと。バッチリキメてきた甲斐あったっしょ。でも、遠見君ってやっぱいいよねー」
「え? そ、そう?」
「うん。あたしの事、こうやってちゃんと褒めてくれるしさー」
「え? それくらい、他の男子もしてくれない?」
「まあね。でもー、大体みんな言い方が軽いんだよねー。とりあえず褒めておけば、あたしが喜んでこっちを気にかけるんじゃ? って魂胆が見え見えでさー」
思い当たる節があったのか。
視線を逸し少しむくれた彼女だったけど、すぐにまた俺に顔を向け笑顔になる。
「でも遠見君って、照れながらもちゃんと言葉にしてくれるじゃん? それってちゃんと本気で言ってくれたんだって分かるし、言われたこっちも気分上アガるって訳」
そういってウィンクしてくる彼女に、俺はまたもドギマギしながら頬を掻く。
正直、こういうギャルっぽい押しは得意じゃない。
だけど近間さんのそれは、ギャルらしさもあるけど気遣いもあって、凄く嫌って感じはしないんだよね。
まあ、その距離感にはドキドキさせられまくってて、それはちょっと困ってるけど……。
「そ、そっか。でも、本当に似合ってると思うよ」
「にひひっ。ありがと!」
恥ずかしさに負けないよう、中指で眼鏡を直し何とか笑顔を作ると、近間さんはにこにこしたまま俺の隣に立った。
「さて。今日は何しよっか?」
こっちを見ながらそう尋ねられた瞬間、俺はまたも戸惑ってしまう。
「あれ? 近間さんしたい事が色々あるんじゃなかったっけ?」
「うん。色々あるよ。でも、遠見君が乗り気じゃない事もあるかもしれないしさー。だからー、まずは何したいか聞こうと思って」
「そっか……」
実の所、何かを考えてたかって言ったら、そんな事はまったくない。
今日会おうと言ってきたのは彼女だったし、正直任せる気満々だったのはここだけの話。
だけど、近間さんも気を遣ってくれたんだし、何か考えなきゃいけないかな。
でも、したい事、か……あ。
「あ、あの。確か、香我美中央公園って近くにあったよね?」
「え? うん。あるけど」
「そこに行きたいかな」
「え? 公園?」
「うん」
「何で?」
俺の申し出にきょとんとする近間さん。
まあ、二人で遊びに行こうって話だったのに、急に公園に行こうなんて言われたら、そりゃこうもなるか。
けど、俺も考えなしでこの提案をしたわけじゃない。
「あの、昨日近間さんが言ってたよね。俺のことを色々知りたいって」
「うん」
「でも、カラオケとかって、何か話すのにも落ち着かないかなって思って」
「確かにそうかもだけどー。それなら何処かお店に入ればよくない?」
「そ、そうなんだけど。その、俺、こっちに引っ越してきてからまだ、香我美中央公園って行ったことなくって。だから、そこまで散歩がてら歩いて、色々話すってのはどうかなって思ったんだけど……。その、近間さんがつまらないなら、勿論カラオケとかで構わないよ」
こっちの話を真剣な顔で聞いてくれた彼女は、一通り話を終えた俺ににこっと笑う。
「そんな気を遣わなくてもいいってー。こっちは全然おっけーだよ。じゃあ、まずは中央公園に行こ? で、それからお昼食べてー、午後はカラオケとか買い物に付き合ってもらおっかなー。それでもいい?」
「う、うん。わかった」
「じゃ、決まりね! それじゃ、早速行こっか」
「うん。案内は任せてもいい?」
「もっちろん! 任せておいて!」
俺のお願いにも嫌な顔ひとつしない、笑顔の近間さん。
その反応に安堵しながら、俺は彼女と一緒に
香我美中央公園に向け歩き出したんだ。
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