第二話:突然のお誘い
「あ、うん。聞こえてる」
スマホを持ったままベッドに腰を下ろした俺は、緊張して声が上ずりそうになるのを必死に堪えつつ、何とか返事をする。
ふ、普段通りに話せてるんだろうか?
そんな不安を他所に、近間さんは羨ましいくらい普段通りな感じで話し始めた。
『良かったー。やっぱり初めての人に掛けるのって緊張するよねー』
「え? 全然そんな風には感じないけど」
『遠見くーん。それってー、あたしが神経図太い、無神経な女だって言ってる?』
「ち、違うよ。普段と変わらない感じで喋れてて、ほんと凄いなって思っただけ」
『ほんと?』
「うん」
『ほんとにほんと?』
「ほ、本当だよ」
『そっかー。じゃ、許してあげる』
そう言った後に届いた、小さくにっしっしという近間さんの笑い声。
顔は見えないけど、その表情が容易に想像できて、からかわれた気分になる。
「あの、それで。話したい事って?」
別にムッとしたわけじゃないんだけど。
未だに緊張していた俺は、どこかぶっきらぼうな感じで話してしまった。
それがいけなかったんだろう。
『あ、ごめんごめん! 気分悪くしちゃった?』
勘違いした近間さんが、慌てて謝ってきた。
っと。流石にこんな反応してちゃいけないよな。
「あ、こっちこそごめん。俺もちょっと緊張してて。全然そんな事ないから気にしないで」
『良かったー。じゃ、気にしないでおくね』
「うん。それで、話って?」
『うん。あのね。急な話であれんだけどさー。遠見くんって、明日は暇?』
「明日?」
『うん』
明日か……。
五月三日は祝日で、学生待望のゴールデンウィーク五連休の初日。
とはいえ、友達がいるわけでもなく、一人暮らししている俺にとっては、家に引きこもってゲームでもしてようかな、くらいにしか考えていなかった連休初日でもある。
「いや、特に予定はないけど」
『ほんと?』
「うん」
素直にそう答えると、彼女の声のトーンが一段階上がる。
『やっりー! じゃあさ。明日、あたしと一緒に出掛けよ?』
「え? 近間さんと?」
『そ。駅前でカラオケとか買い物をしたいんだけど。遠見君付き合ってくれないかなーって』
突然の申し出の内容に、俺は素で驚いてしまった。
いや、正直近間さんからそんなお誘いを受けるなんて、まったく予想してなかったから。
俺を誘った所でいい事なんてない気もするんだけど……もしかして誰か他にも誘ってるのか?
「それって、他にも人いるの?」
『ううん。あたし達二人だけ』
「へ?」
俺と二人っきり?
「で、でも、遊ぶのも買い物するのも、近間さんなら友達に困らないんじゃ?」
そんな言い訳じみた事を口にしたけど、実際そう思ったんだから仕方ない。
遊ぶなら仲の良い友達同士でいいだろうし、買い物ならなおの事、女子同士の方がいいと思ったしさ。
だけど、そんな俺の疑念は、続く彼女の言葉によってあっさり否定された。
『遊ぶだけなら確かに困らないけどさー。それじゃ折角できたグラ友の事、色々知れないじゃん?』
「え? それって、俺の事を知りたいって事?」
『あったりまえじゃーん。眼鏡好きとして熱く語れる心の友と知り合えたんだよ? だからー、この機会に色々知っておこっかなーって』
冗談混じりにも聞こえる口調。
心の友という部分は話半分として。何となく俺の事を知りたい、というのは本音なのかもしれない。
とはいえ、カラオケなんて家族以外と行ってなかったし、買い物だって女子の物なんて何もわからないんだけど……。
「あの、さ」
『どうしたの?』
「いや、その。この間も言ったけど、俺って友達らしい友達もいなくってさ」
『うん。それで?』
「だから、俺を知りたいってのは良いんだけど、その……カラオケなんかも何歌っていいかわからないし、女子の買い物なんて付き合っても、何もアドバイスできないと思うよ」
こんな話をしたら気まずくなるよな……。
そう考えながらも、何となく隠しても仕方ないと、俺は敢えて事実を弱々しく語ったんだけど。それでも近間さんは変わらなかった。
『別にいいじゃん?』
「え?」
『こないだのプリもそうだけどさー。誰にだって初めての事ってあるんだし、気にし過ぎだよー。あたし相手でも構わないなら、そういうのもどんどん一緒に経験してこ? ね?』
……ほんと、近間さんのポジティブっぷりと気遣いは凄いな。
俺は自然と肩をすくめ苦笑する。
でも……確かに。
恥ずかしさはあるけど、こういう機会に少しでも慣れておくってのは、悪くないのかもしれない。
「……本当に、いいの?」
『もっちろん! その代わり遠見君の事、色々聞かせてもらっちゃうけどねー』
「それってつまり、俺が近間さんの事を色々聞いてもいいって事?」
『勿論! 全然おっけーだよ。じゃ、明日付き合ってくれるよね?』
近間さんが気後れするんじゃないかって言葉を返しても、楽しげに受け入れてくれる彼女。
あまりに簡単に言うから困らせてみたかったのに。こりゃ、やっぱり逆立ちしたって敵いそうにないな。
「うん。わかったよ」
『やった! ちなみに何時頃集合がいい? お昼とか一緒に食べちゃう?』
俺がOKすると、嬉しそうな声を上げた近間さんは今度は怒涛の質問攻めをしてくる。
そんなに楽しみにされると、何かちょっと気恥ずかしいな。
そんな羞恥心を何とかごまかしながら、俺はそのまま彼女と明日のスケジュールを詰めていったんだ。
◆ ◇ ◆
そして、翌日。
雲もほとんどないよく晴れた空。
集合場所はこの間の学校帰りと同じ、香我美駅前の案内板の前になったんだけど。
「しまったなぁ……」
待ち合わせの十時より三十分ほど早く着いた俺は、思わず渋い顔でひとりごちた。
何でそんな声をあげたのか。それは俺にまったくないファッションセンスだ。
近間さんとの通話を終えた後、はたと気づいたんだけど。俺って昔っから服装に無頓着で、適当な私服しか持ってないんだ。
まあそもそも、女子どころか友達と出かける機会すらなかったし、家族は俺が適当な服を着てても何も言ってこなかった。
唯一妹は「もう少し服装考えたら?」なんて苦言を呈してきた事もあるけど。別にモテたいとか考えたりした事もなかったから、それを理由に取り合わなかったんだよね。
それが、まさかこんな所で効いてくるとは……。
情けない気持ちをごまかすように、俺は思わず頭を掻く。
結局今日の服装も、ジーパンに茶系の長袖シャツ。一応ジーンズジャケットも羽織ってはみたものの、これで彼女に釣り合うのかはさっぱりだ。
だって近間さん、学校でもネイルとかちゃんとしてきてるし、ファッションセンスも十分ありそうだしさ。
まあ、どのくらい一緒かわからないけど、あまりにこっちが浮いてたら早めに切り上げるか……。
そんな事を考えていると。
「やっほー! お待たせー!」
俺の視界の外から、最近聞き慣れた、元気な声が聞こえたんだ。
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