第八話:グラ友
「遠見君は興味ないと思うんだけど。実は昨日『プレ恋』って女子向けのスペシャルドラマをやってたんだけどさー。で、それのラストがほんとに酷かったんだよねー」
「酷かったって、どんな話なの?」
「よくぞ聞いてくれました!」
講談師ばりにばんばんっとテーブルを叩いた後、十分過ぎる程の不満を顔に出しながら、長々と語り続けた近間さんの話を要約するとこうだ。
『プレ恋』。
確か『プレジデントとの恋』っていう有名コミックが原作だった気がするけど、俺も以前ネットのニュース記事で軽く見ただけだから、正直うろ覚えだ。
彼女が話してくれたプレ恋の物語をざっくりまとめると、こんな話らしい事はわかった。
大人しめのヒロイン千早と、彼女に一目惚れした会社の社長である亮次とのラブロマンス。
とはいえ立場上直接アピールもできず、眼鏡で変装して裕二としてヒロインに近づき、彼女の悩みだったり会社で彼女を妬む他の女子社員とのトラブルを収めていく。
でも、そのせいで千早は裕二に恋心を抱いてしまうんだって。
そこで亮次は彼女を秘書にして、そこで少しずつアピールを開始した。
それが功を奏し、少しずつ千早は亮次にも心惹かれ始めるんだけど、突然の社長秘書抜擢に、亮次を狙うライバルの女子なんかにまたヒロインが妬まれて。
色々嫌がらせを受けるのを亮次が助けて、結果として二人とも気になる千早が恋に悩む。なんて展開が続くらしい。
正直、話を聞いただけでもうお腹いっぱいで、あまり観たいって気にならないのは、俺が男だからなんだろうか?
まあ、近間さんの反応を見る限り、その辺は女子的にありなんだろう。
で、最後は原作が完結していないせいか。
裕二が亮次だと正体を明かし、亮次と千早は結ばれてハッピーエンド、っていうオリジナル展開になったらしいんだけど……。
「眼鏡を外した事で亮次だって知って、二人が互いに抱きしめ合うとかはいいよ? でもなんで後日談で、『眼鏡をしてないあなたのほうが素敵』とか言っちゃうわけ!? それまで散々ふたつの恋の狭間で悩んでたくせに、急に裕二の事なんてなかったかのように振る舞ってるとか。絶対あり得ないっしょ!」
「まったく!」なんて声が聞こえそうな勢いで、不貞腐れながらもポテトフライを頬張り、怒りを抑えようとする近間さん。
「遠見君的にどう思う? これ」
「そうだなぁ……。聞いた限りだと俺も同じ感想かな。流石に裕二だった事をないがしろにし過ぎだし、俺が女子として観てたとしても、多分がっかりすると思う」
「でしょでしょ!? こんな終わり方にするって分かってたら、あんなドラマ絶対観なかったのになー」
またもため息。
思い出してよっぽどイラッときたんだな。
……あれ? でも待てよ?
「そういや近間さんって、今朝友達とそのドラマの話楽しそうにしてたよね? あの時愚痴らなかったのは何で?」
「そりゃ、開口一番『最後良かったよねー』って言われたんだよ? そこで愚痴ったら、雰囲気悪くするだけじゃん」
「あ、確かに……」
「あそこで愚痴れたら、ここまでイライラしなかったんだけどさー。みんながみんな眼鏡男子が好きってわけでもないし、そこは仕方ないかなー」
両手を頭の後ろに回し、足を組み天井を見上げる近間さん。
ほんと、色々な所で凄く気を遣ってるんだな……。
「近間さんってすごいね」
俺がそんな本音を漏らすと、顔をこっちに向けた彼女は首を傾げる。
「え? なんで?」
「いや。ちゃんと空気読んで、友達との雰囲気を悪くしないようにしてるでしょ。それが凄いなって」
「またまたー。冗談言っちゃって」
「冗談じゃないよ。バイトの話だって、ちゃんと家の事を考えてたし、本当に凄いと思うよ。きっとそういう気遣いとか優しさが、近間さんを人気者にしてるんだね」
「そ、そんな事ないしー。褒めたって何もでないよ?」
素直に彼女を褒めると、表情を一転させた彼女は目尻を下げ恥ずかしそうに笑う。
何となく怒ってる顔より、こっちのほうが安心するな。
俺も釣られて笑みを浮かべると、近間さんがまた片手で頬杖を突きながら、今度はこっちににこりと笑いかけてきた。
「でも、バイトバレしたのが遠見君でほんっと良かったー」
「え? そう?」
「うんうん。実は昨日からずーっとドラマのせいで鬱憤溜まっててさー。まさかこんな所にグラ友がいて、愚痴を聞いてもらえるなんて思ってなかったし」
ん?
「グラ友?」
突然出てきた単語に疑問を返すと、彼女は迷いなく頷く。
「そ。眼鏡友達。グラシーズフレンド。通称グラ友ね」
「そんな呼び方するんだ。女子の間で流行ってるの?」
「ううん。今あたしが考えただけ」
「……え?」
俺が思わず目を丸くすると、舌を出してテヘッと笑う近間さん。
ギャルとはいえ絶対可愛い眼鏡の彼女が見せたその表情に、一瞬胸がドキっとする。
「へへっ。でもでも、遠見君も眼鏡女子を好きなんでしょ?」
「え、まあ。それはそうだけど」
「でしょ? あたしにさっき、ゲームの話をしようとしたってことは、お互いこういう話ができる友達がいなかったって事じゃん? だからさー。これからグラ友として色んな話しよ! ね?」
そういうのを言い慣れてない、ってことはないと思うんだけど。
意外にも、はにかみながらそう言った彼女を見て、俺は首を横に振ることなんてできなくって。
結局それを承諾した後、店を出ると彼女に振り回されるようにプリ機に連れ込まれ、今に至ったってわけ。
◆ ◇ ◆
まあ、落ち着いて考えたら、きっとそれも建前なんじゃないかって思う。
だって、隣の席だし同じ眼鏡好きでもあるとはいえ、陰キャで友達もいない俺だぞ?
それじゃなくても今まで俺から距離を置いてて、それほど親しい関係だったわけでもないんだしさ。
そんなネガティブな思いが、俺の心を縛っている。
でも、今だけは近間さんをつまらない気持ちにさせないようにしよう。それだけは心に決めていた。
だって、彼女が楽しそうに接してくれているから。
……とはいえ。
「おー。出てきた出てきた」
プリ機の画面側にある印刷部から出てきたシールを手にした近間さんが、出てきた画像を見て満足気な笑みを浮かべると、
「遠見君、やっぱり恥ずかしい?」
なんて、隣に立って俺にも出来上がった物を見せてきた。
……うん。
「慣れてないから、結構」
「そっかー。ま、でもこういうのも経験だよ?」
「そ、そうだね」
そう言って嫌味を感じさせない笑みを見せてくれる彼女に、俺も何とか笑い返した。
結局、二人でピースを決めた写真と、近間さんリクエストの手でハートを作った二枚の写真が選ばれ、ステッカー型のシールとなっている。
なんかシールとしては凄くかっこいい、シックな感じでまとまってるんだけど、彼女の隣に写ってるのが俺ってのだけが超絶違和感だ。
「データは一旦あたしの方で持っとくから、欲しくなったら言ってね」
「う、うん」
「あと、こっちは遠見君持っといて。ハートのはあたしが大事に取っとくから」
「あ、うん。ありがとう」
勢いに飲まれ、あっさり受け取ったシール。
笑顔が眩しい近間さんは、眼鏡も似合ってるし可愛い。俺がいなきゃもう少し見られると思うんだけどな……。
まあ、一応記念って割り切っておくか。
俺は自分の鞄の中の本に挟み、折れないように仕舞う。
近間さんもまた、鞄から色々なプリが貼られた手帳を出すと、ページの合間にすっとステッカーを差し鞄に戻した。
「それじゃ、そろそろ帰ろっか」
「あ、うん」
そのまま彼女に促されるように、俺達は店の外に出た。
ぱっと見えた店内の時計は八時過ぎを指している。
大体二時間か。結構一緒にいたんたんだな。
「遠見君はどこ住み?」
「えっと、南香我美だけど」
「うっそー! 結構近いじゃん! 駅まで自転車で来てるの?」
「ううん。歩きだけど」
「そっか。じゃあ自転車取ってくるから、ここで待っててくれる?」
「え? あ、うん。わかった」
「じゃ、すぐ戻ってくるからさ。ちゃんと待っててね!」
ギャルらしく勢いある会話が止まらない彼女相手に、落ち着いて断るって考えもできなくって、流されるまま返事をしちゃったけど、良かったんだろうか?
そんなこっちの迷いなんてお構いなしに、笑顔で手を振った彼女がそのまま勢いよく去って行く。
……まあ、いっか。近間さんが嫌じゃなければ。
なんとなくその慌ただしさに苦笑しながら、俺はそんな気持ちで彼女を待つ事にしたんだ。
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