第七話:ありえない
「ありがと。で……あたし、何をすればいい?」
バイトの事は話さない。
その約束を取り付けたことにはホッとしたんだと思う。だけど、未だに俺がどんな願い事をしてくるかわからない彼女は、緊張した面持ちのまま。
俺はそんな彼女に軽く笑いかけると、上着のポケットから自分のスマホを取り出し、画面を操作し始めた。
「えっと、これからあるゲームをしてもらって、その上で俺の話を聞いてほしいんだ」
「え? ゲーム?」
「うん。と言っても、失敗したら罰ゲームとかそういう話じゃないから安心して。まあ、きっと近間さんにとっては退屈だろうし、ただ面倒なだけだと思うけど」
彼女を見ずにスマホで起動したのは『グレーアーカイバー』。
ログイン画面を過ぎ、ロード画面からメニューに入った所で、俺は迷わずアーカイブ画面に移動し、過去に見たイベントシーンが見られるメニューを開くと、スマホの画面が見えるように近間さんに差し出す。
「えっと、そこの一番左上に『サーラ』ってキャラがいると思うんだけど。その子の物語を順に見ていってほしいんだ」
「え? それはいいけど。で?」
「ひと通り見終わったら、俺の話を聞いてもらえるかな。それで言う事を聞いてもらった事にするから」
「へ? それだけ?」
「うん」
「ほんとに? ほんとーに、それだけでいいの?」
「うん」
何か裏があるんじゃないか。
近間さんは何処か怪訝な顔をするけど、俺は敢えて真剣な顔のままそう頷く。
「……わかった。じゃ、見てみるね」
俺の心内を考えても仕方ないと思ったんだろうか。
腑に落ちない顔のまま、彼女は俺のスマホを手に取ると、サーラの物語を順に見始めた。
俺から画面は見えないけど、今日見たばかりだから大体の語は覚えてる。
そこで展開するのは、大人しいサーラが、妙に積極的な主人公により少しずつ前向きになり、同時に彼に心を惹かれていく物語だ。
途中で主人公が、サーラがずっと眼鏡をしているのは何故かと聞いて、彼女が「自分に自信がないから」って答えるんだけど。
それを聞いた彼は、サーラにもっと自信を持っていいよっていう話をして。
それで勇気をもらった彼女が眼鏡を外した素顔を晒す、という展開なんだけど……って、思い返してるだけで、少しイライラしてきた。
何でわざわざ近間さんにこんな事をさせたかというと、残念ながら俺の眼鏡女子へのこだわりと、それに対する苛立ちを話せる友達がいないから。
だからこの機会を利用して、思う存分その不満を彼女に話して、すっきりしようって考えたんだ。
な。俺って面倒な奴だろ?
まあ、でもこれで彼女もきっと、こういうお願いの仕方はいけないってわかるだろうし、面倒くさい俺とも自然と距離を取るようになるだろ。
陽キャの彼女と陰キャの俺の距離感なんて、それくらいが丁度いい。
今日みたいな展開も偶然。これをきっかけに、俺と彼女が親しくなる必要なんてないしさ。
そんな事をぼんやりと考えながら、彼女がプレイし終わるのをジャスミン茶を飲みつつ待っていたんだけど。
神妙な顔で無言のまま画面を見続けていた彼女は、突然目を丸くすると。
「うっそー!? ありえなくなーい!?」
そう大声を張り上げた。
「……へ?」
あり得ない?
突然のことに俺がきょとんとすると、近間さんがムカッとした顔のまま、スマホの画面をこっちに見せてくる。それは俺が夕方に家で見たのと同じ、最後の物語のあり得ない選択肢の画面。
「これこれ! こんなんありえないっしょ! サーラって、ここまでずっと眼鏡だったじゃん? 勇気を出して眼鏡を外して来たのはまだいいけどさー。この主人公の選択肢、マジありえないんですけど!」
おかんむり。
そう表現しても差し支えないくらい憤慨した近間さんは、そのまままくしたてるように、俺に話を続ける。
「主人公ってずっと、眼鏡のサーラを見てきたわけじゃん。それなのにこの選択肢は流石にふざけすぎっしょ! これってつまり、今までの彼女じゃ魅力がないって言ってるようなもんでさー。眼鏡をしてる相手に好感を持ったなら、絶対こんな事言わないって! そうならないって事は、結局この主人公って、女は顔だよね。眼鏡なんてダサイよねって言ってるだけじゃん!」
……うん。めちゃくちゃわかる。
俺もそう思ったからこそ、その理由はすごく共感できた。
でも同時にそれは、そんな彼女の態度を不思議に思わせる言葉でもある。
いや、多分普通の人がこれを見ても「ふーん。それで?」とか、「確かに眼鏡がないほうが可愛いよね」って言うだろうと思ったし、近間さんもそういうリアクションをすると思っててさ。
だけど、現実は違っていた。
彼女が俺と同じ感情を持っている。
ここまで強くこんな感情を持てるのって……まさか……。
予想外の展開の呆然としていると、はっとした彼女が手を口に当て驚きを見せた。
「あ、ごっめーん! きっと遠見君、この展開が好きであたしに見せたかったんだよね? ほんとごめん!」
またも申し訳なさそうに、俺に両手を合わせる近間さん。
だけど、こっちは勿論そんな事で気が立ってなんていない。
ただひとつ。どうしても気になることができただけ。
「……あの、近間さん」
彼女の熱とは真逆の、拍子抜けした顔で声を掛けたからだろう。
近間さんが、さっきの俺みたいにきょとんとする。
「え? 何? どうしたの?」
「えっと、その。ひとつ聞きたい事があるんだけど。いいかな?」
「うん。いいけど。どうかしたの?」
「いや、その……。もしかして近間さん。眼鏡男子とか、好きだったりする?」
おずおずとそう尋ねてみると。
「うん。めっちゃ好き。っていうか、眼鏡なしなんてあり得ないっしょってくらい」
迷わず全肯定した彼女がしっかりと頷く。
……やっぱりそうだったか。
って事はつまり、俺と同類……。
俺と真逆の近間さんが、意外な共通点を持っている。その現実をまだ飲み込めずにいると、彼女は「あれ?」っと首を傾げる。
「ねえ、遠見君」
「は、はい」
「そんな事聞いてくるって事はさ。もしかして遠見君も、
「う、うん」
ちょっと変わった言い回しの問いかけに、こくりと頷いた瞬間。彼女は目を丸くしながら、テーブルに両手を突き前のめりになる。
その圧に、俺は思わず背筋を伸ばしつつ身を後ろに逸らしてしまう。
「マジマジ? マジ寄りのマジ?」
「あ、うん。マジ、かな」
「さっきのも、やっぱ同じ気持ちになっちゃったりした?」
「う、うん。正直、凄いムカっときちゃって。だから近間さんのお願いを利用して、愚痴ろうかなって──」
「うっそー! それめっちゃアガるじゃん!」
愚痴ろうと思った事が、テンションアガるんだ……。
嬉しそうな近間さんの反応は、やっぱり自分が思うギャルっぽさがある。
だけど、そこにあるのは同じ眼鏡好き。
その違和感が、自分の頭をバグらせる。
「ごめん! ちょっと聞いてもらっていい?」
そんな俺に追い打ちをかけるように、彼女が笑顔でそんなお願いをしてきたけど、その勢いを止められなくって、俺は思わずコクコクと縦に頷いてしまう。
「ありがとー!」
感謝の声と共に一旦ソファーに腰を下ろした彼女は、レモンソーダを一口飲むと、今度は片腕で頬杖を突くと、一転不満気な顔になる。
「実はあたしもさー。昨日の夜におんなじ経験したんだよねー」
はぁっと大きくため息を
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