第五話:話しやすさ
俺が選んだのは、駅前にあるファミリーレストラン『ジョナスサン』。
学生が通うにはちょっとお高いメニューも多いけど、それだけに学生も少なめで落ち着けるんだって、以前両親が話していたのが決め手だ。
時間的に混み始める頃だったけど、運良く空いていた四人席に案内された俺達は、ドリンクバーとポテトフライを注文した後、互いにドリンクバーから飲み物を注いで戻ってきた。
「ぷっはー! 生き返るー!」
ソファーでぐびぐびっとレモンソーダを口にした近間さんが、凄く幸せそうな笑みでそんな感想を口にしたけど。まるで父さんがビールを飲んだ直後のような態度に、思わず笑いそうになるのを必死に堪える。
「でも。ほんとごめんねー。美香が明日彼氏と初デートらしくってさー。帰りがけに急に『
物真似も交えて軽快に話す近間さん。
ちなみに今の美香って子は、同じクラスの女子なんだけど、今のは案外似てたと思う。
「ただの買い物だったら断ったんだけど、初デートの勝負服って聞いたら、断るに断れなくってさー」
「いいよ。きっとそんな理由かなって思ってたし」
「ありがと。やっぱ遠見君優しいよねー」
「え? やっぱりって、俺何かしたっけ?」
「うん。だってー、消しゴム勝手に借りてっても、全然怒らないしー」
「あー。それは近間さんが有無も言わさず持ってっちゃうから、言いそびれてるだけ」
「え? そうだったの!? だったら言ってくれたらいいじゃーん!」
俺の冗談を間に受けた彼女が、えーって驚いた顔をする。
まあ、流石に本音っぽく聞こえちゃう言い方しちゃったかな。
「嘘嘘。別に気にしてないから。困ったら好きに借りていっていいよ」
「ほんと?」
「うん」
「良かったー。隣の席なのに、いきなり嫌われてたらどうしようかと思った」
冗談混じりにそう話すと、ほっとした顔をする近間さん。
っていうか、そんな心配するならもう少し考えて行動すればいいのに、なんて思うものの。こういう気さくな所もまた、彼女らしさって事なんだろう。
でも、さっきまではどう話せばいいかって、すごく不安だったんだけど。
何だろう。彼女の勢いっていうか、自然な感じに釣られて、今日は案外上手く喋れてるな。
もしかするとこの話しやすさが、みんなの人気を集める秘訣なのかもしれない。
ただ……。
ころころと表情を変えながら普段通りに話しかけてくる彼女に、内心ほっとしてはいるものの……多分、本題は昨日の事だよな?
全然その話をしてこないけど、話しにくいんだろうか?
まあ、こっちは別に触れないならそれで良いし、慌てなくってもいいけど……。
いつか来るかもしれない本題に対する心構えをしながら、俺は近間さんがそれを切り出してくるのを待つ事にしたんだけど……。
「でも、美香も葛城君も凄いよねー」
彼女はそのまま自然に、美香って子について話し始めた。
「え? 何が凄いの?」
「だってさー。葛城君と美香って中学別だったんだよ? それが出逢って一ヶ月もしないで恋人になっちゃうんだもん。ぶっちゃけさー。ちょっと付き合うまで早過ぎだと思わない?」
「うーん。きっと、互いに惹かれる何かがあったんじゃないかな」
「そうかなー? にしたって早過ぎだと思うけど。友達ってなら良いけどさー。大して相手を知らずに付き合い出すって、なんかすぐ別れちゃいそうなイメージしかないんだけどなー」
眼鏡を指で直しながら、近間さんは両手を後ろに回し納得いかない顔をする。
っていうか、勝手にギャルって気軽に彼氏を作る、みたいな固定観念を持ってたのもあるんだけど。
予想外にちゃんと考えてる彼女の言葉に、妙に感心してしまう。
「確かに、相手をちゃんと知らずに付き合うと、ギャップで不満が出たりしやすそうだよね」
「でしょー?」
「でも、逆に予想以上に良い人だったとか。より好きになれる一面を知れたりするかもしれないし。それはそれで新鮮でいいんじゃないかな?」
「でもそういうのって、友達の段階で見極めておいた方がいいと思うんだけどなー」
正直、近間さんの意見も最もだし、俺も彼女の意見には納得できる。
でも。美香さんって人のような恋も、何となく理解はできるんだよな。
「きっと、好きって気持ちが昂ると、勢いで行動しちゃうって事もあると思うんだ。近間さんもない? 目についた小物が可愛い過ぎて、衝動買いするって事」
「あー、あるある! こないだも『でかかわ』の超可愛いノート見つけてアガっちゃってさー。これっしょ! って思わず衝動買いしちゃったんだよねー」
わかるわかると言わんばかりに、納得した顔で頷く近間さん。
その大袈裟なリアクションに、俺は自然と笑頬が緩む。
「きっと美香さん達の恋も、それと一緒なんだと思うよ。恋は盲目、なんてよく言われるくらいだし。勿論、近間さんみたいな恋の向き合い方も、間違ってるわけじゃないけどね。まあ、結局恋愛も人それぞれだし、正解なんてないんじゃないかな?」
俺の言葉を聞き、近間さんは「ふーん……」って言いながら、眼鏡の下の瞳をこっちに向けてくる。
急に真顔になった彼女にちょっと戸惑ったけど……一体どうしたんだろう?
……あ。もしかして俺、調子に乗って喋り過ぎてる!?
「ご、ごめん。何か、生意気な事言ったよね」
思わず身体を小さくし目を伏せたんだけど。
「あ、全然! むしろ凄いなーって、感心してただけ」
彼女の言葉に顔を上げると、近間さんは何時ものような眩しい笑顔を向けてきた。
その可愛らしさに思わずドキッとしちゃって、俺は自然と視線を逸らす。
「そ、そうかな? 大した話はしてないと思うけど」
「ううん。ほんと凄いってー。あたしの意見も美香の行動も、どっちもあっさり受け入れちゃうんだもん。そういう柔軟さがあるって、超凄いじゃん」
「そ、そっか……」
な、何か気恥ずかしいな……。
正直、同級生なんかに褒められた記憶はほとんどなくって、俺は火照る顔をごまかすように頬を掻く。
「お待たせしました。ポテトフライにございます」
と。そこにタイミングよく、店員さんが頼んだ料理を持ってきた。
「あ、真ん中に置いてくださーい」
「はい。……ではごゆっくりお過ごしください」
「ありがとうございましたー!」
俺達に頭を下げた店員さんが去っていくと、元気よくお礼を言った近間さんが、さっそく口にポテトフライを放り込み、満足そうな顔をする。
「遠見君も食べたら?」
「あ、うん」
彼女に勧められ、俺もケチャップを付け一口頬張る。
できたての温かさを感じるポテトフライの味を堪能しながら、改めて近間さんを見た。
しかし……俺が女子と二人でファミレスか。
しかも、眼鏡をした可愛いギャルって……。
その現状を再確認する内に、俺はまた少し緊張しだす。
と、とりあえず話題を変えた方がいいな。えっと……えっと……あ。
「そ、そういえば。今日俺を誘った理由って、今の話?」
話に夢中で俺もすっかり忘れてた。
思わず自分からその話題に触れると、「あっ」って驚いた近間さんが口に手を当てる。
……この反応、普通に忘れてたのか。
「ごっめーん! 遠見君が話しやすいもんだから、ついつい普通に話しちゃってたよー」
「え? 話しやすい?」
「うん。すっごく。ちゃんと話を聞いて、意見もくれるしねー」
「そ、そっか」
話しやすい、か。
友達もいないから、妹以外にそんな事を言われたことなんてなかったな。
とはいえ、ちゃんと話をしたのだってついさっき。今の言葉は社交辞令って思っておいた方が無難だろうけど。
そんな事を考えていると、普段見せない真剣な顔つきをした近間さんが、
「あのね。ここからめっちゃ真面目な話をするから。悪いんだけど、聞いてもらっていい?」
そんなギャルらしからぬしっかりとした口調で、俺に問いかけてきたんだ。
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