第四話:ごめん!

 授業も終わり、友達と話し込んでいる近間さんを気にかけることなく、俺は一人下校した。


 勿論、頭の中はさっきの事でいっぱい。

 そのせいもあって、高校の登下校時の電車で初めてまったくスマホを触らない快挙を達成したぐらいだ。


 いやでも、この時の俺は本当に余裕がなかったと思う。

 授業中から考えていた、何を話せばよいのかという難問に、頭を支配されてたから。


 必死に彼女との会話を脳内シミュレートして、少しでも話せるようにしようと頑張ったんだけど。結局自分のコミュ障っぷりからいい会話も浮かばず、どうにもならない気持ちにさいなまれていたし。

 あまりに余裕がなさすぎて、実は自分が騙されるだけで、彼女が駅前に現れないんじゃないかなんて、強く不安になったりもした。


 今考えたら、相手を信用してない酷い考え方だなって反省しきり。

 でも友達のいない俺にとって、今回の事はそれくらい衝撃的な出来事だったし、仕方ないと思う。


 それに、俺は眼鏡女子は好きだけど、ギャルっていうのはどうも苦手なんだ。

 社交性極振り代表ともいえる存在。

 俺と対極に位置してるってのもあるけど、中学時代にギャルっぽい女子に、俺の性格や態度について、ノリが悪いとか暗いとか、馬鹿にされたりからかわれた経験もあってさ……。


 勿論、近間さんがそういうタイプとは限らない。

 だけど、ギャルでもある彼女にそういう要素がないとも言えないわけで。

 自分の過去のトラウマから勝手に不安になり、より俺を緊張させていたのは確かだった。


 しかも、香我美駅に着いてから気づいたんだけど、駅前って広場になってて中々に広いんだよね。

 で、あの時に具体的な集合場所まで指定されてなかったから、どこで待ってればいいのかもさっぱりわからなくってさ。


 連絡先も知らないし、この時間は駅を出入りする人の流れも凄いからさ。普通に待ってても本気で出会えない可能性もあるわけで。


 その現実に気づいて頭を抱えたけど、時既に遅し。

 仕方ないので、とりあえず駅を出て左手の方にある案内板の前に移動し、流れる人の波を眺めながら彼女を待つ事にした。


「ごめーん。待った?」

「ううん。今来た所」


 俺より先に待ち合わせていたカップルが、嬉しそうに挨拶を交わすと、人の流れに沿って町に消えていく。

 後から来た人達も、まるで当たり前のように待ち人が来て、楽しげに人の波に加わっていった。


 そんな光景を何度も目にしながら、その場でじっと待ち続けたんだけど……。

 時間に間に合うとしたら、これが最後になる下り電車。それが駅を離れた後も、近間さんが姿を現す事はなく……結局、時間になっても彼女は現れなかった。


 ……やっぱり、からかわれただけかな。

 何となくそんな気持ちになってがっかりしたものの、より強く感じたのは安堵感。

 まあ、元々一人が性に合ってるし。

 変に話をするより、このまま帰ったほうが気が楽だもんな。


 意外なほどがっかりしていない自分に自嘲しつつ、その場で伸びをしながら、この後どうするかを考える。

 スーパーで買い出しでもして帰るか。それとも昨日のようにどこかで夕食を買って帰るか……うん。今日も何か晩御飯を買って帰ろうか。

 そんな答えを出したはずなのに、何となく俺は、すぐにその場を離れられなかった。


 近間さんは人気者。

 だから、友達との話が盛り上がって、中々離れられない可能性もあるし、それこそ何か遅れる事情ができたのかもしれない。


 そんなを気に掛けるような間柄でもないってのに、何故かそんな事が妙に気になって、自然とため息をく。


 ……ま、いっか。

 明日は土曜日。学校も休みなんだし、少しくらい遅くなってもいいだろ。

 来ないなら来ない。だけど、もし遅れて来てくれた時、入れ違いになるのは流石に悪いし。

 どうせここまで戻ってきてるんだ。家にだってすぐに帰れるもんな。


 理由なき理由を盾に、俺はもう少しだけその場に立ち、彼女を待ってみた。

 だいたい十分おきにやってくる下り電車。

 次の電車でも特に現れず。その次の電車も、ゆっくりと駅から走り去って行く。


 ちらりとスマホの時計を見ると、もうすぐ六時。友達と待ち合わせなんて経験ないのもあるけど、人生でここまで待ちぼうけを食った記憶なんてあったかな。

 なんて、意味なく苦笑したその時。


「はぁっ。はぁっ。いたー!」


 人混みを掻き分け、髪を振り乱しながら俺の前に走り込んで来たのは──。


「近間さん!?」


 思わず目を丸くした俺の前で止まった彼女は、前屈みのまま大きく深呼吸を繰り返した後。


「ごめん!」


 上半身を起こし顔をあげると、両手を顔の前でパンッと柏手かしわでを打つかのように、勢いよく手を合わせた。


「あたしが誘ったのに、こんなに遅れちゃって。謝って済む話じゃないけど。ほんっとうにごめん!」


 少しずれた眼鏡をそのままに、少し苦しげな顔で必死に謝ってくる近間さん。

 まだ呼吸も少し荒いし、うっすらと汗も掻いている。

 この感じ、本気で謝ってくれてるよな……。

 そう強く感じさせる彼女の姿に、俺はからかわれたと勘違いしそうになった自分を恥じる。


 近間さん、相当疲れてそうだな。

 まずは何処かで休ませてあげないと……。


「ううん。気にしなくていいよ。それより、まずは何処かお店に入ろう。近間さん動ける?」

「え? う、うん。大丈夫だけど……」


 思ったよりスムーズにそんな事が言えた自分に驚く。

 きっとそれが意外だったのか。彼女も少し驚いてたけど、俺はそんな彼女に笑みを向けると、余計な事は考えずにぱっと周囲を見渡す。

 こういう時落ち着いて話すなら……やっぱりあそこかな。


「じゃ、行こう。付いてきて」

「あ。うん。わかった」


 俺はそのまま、自分が決めたお店に向け、人の流れに沿って歩き出した。

 後ろに続く近間さんがはぐれないよう、できる限り気をつけながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る