第二話:どこかで見たような

 俺が住んでいるマンションがあるのは、青藍高校の最寄り駅、青藍南駅から電車で一時間以上かかる香我美町かがみちょう


 最寄駅となる香我美駅かがみえきの周囲はそこそこ栄えてるけど、同じ学校の生徒は登下校時間でも見かけない。


 まあ、青藍高校は近くに寮も完備してて、遠方からの子はだいたいそこで暮らしているし、そうじゃなくても普通、一人暮らしなら学校近辺を選ぶ。

 勿論、実家暮らしの子はいなくもないだろうけど、今までに同じ学校の制服の子を見かけないってことは、みんな通いやすい学校を選んでるって事なんだろう。


 実際、朝八時半までに登校しないといけない事を考えると、七時より前に電車に乗らないといけない訳で、何気にそれは大変だしさ。

 特に朝練のある運動部なんかだと、始発ですら通うのは相当きついはずだし。


 駅前まで歩いて十分弱。

 時折街灯に照らされた夜の住宅街を抜け、明るくなった駅前の商店街まで来た俺は、きょろきょろしながら、夕食に良さげな店を探し始めた。


 ぱっと見渡しただけでも、牛丼チェーン店に、庶民向けのファミレス。安い回転寿司に本格派っぽいラーメン店。有名所の喫茶店に、デリバリー向けのピザ屋。

 今までちゃんと探した事はなかったんだけど、この辺って結構店の種類が豊富なんだな。

 そんな事を考えながら見回していたんだけど、中々店を決められなかった。


 理由は単純。

 情けない話。今までもこういう場所はたいてい家族と一緒だったから、一人で何処かの店に入るのにちょっと気後れしちゃって。

 結局迷っても仕方ないと、何か買って帰るかってあっさり方針を転換した。


 で、結果俺が選んだ店は、駅前すぐにあるハンバーガーチェーン店『マックドゥナート』。

 過去にも一人で買って帰った経験もあったのと、出来上がりまで早そうなのが理由だ。


 店の一階のレジ前には、結構な人の列。

 こりゃ、混雑してるし待ちも長いかなと、スマホでツブヤイッターを見ながら列に並んでいると、予想以上にあっさりと人が流れ、俺の順番がやってきた。


「いらっしゃいませー。店内でお過ごしですか?」

「あ、いえ。持ち帰りでお願いします」


 女性店員さんの応対に受け答えしつつも、その人には目もくれずカウンター上のメニューに目をやり、迷わず答えられるよう気構える。


「では、ご注文をどうぞ!」

「はい。えっと、ダブル野菜チーズバーガーをセットで。サイドはポテトをLサイズに。飲み物は烏龍茶でお願いします」

「ダブル野菜チーズバーガーのセットで、ポテトLと烏龍茶ですね」

「はい」


 復唱された内容が正しかった事に安堵して顔を上げると、女子店員さんの顔を見たんだけど。


 ……あれ?

 瞬間、俺は目をぱちくりさせた。


 真っ赤な店の制服、はどうでもいい。

 黒のサンバイザーの下、後ろで束ねられたウェイビーな金髪のギャル。

 眼鏡の下の愛嬌のある顔立ちも含め、凄い既視感が……。


「ご注文は以上で──」


 俺と目があった店員さんもまた、接客トークが途切れ、眼鏡の下で目を丸くする。

 その反応は間違いなく、俺を知っている。

 って事は、やっぱり……。


 ……そう。

 そこのいたのは、間違いなく近間さんだった。


 ほんの数秒。

 互いに沈黙し呆然とした後。


「……ご、ご注文は以上でよろしいでしょうか?」


 少しぎこちない感じの硬い笑顔で、彼女は改めてそう確認してくる。

 っと。そうだ。今はまだ注文中じゃないか。


「は、はい。大丈夫です」

「では、合計六百五十円になります」


 近間さんから会計を告げられ、慌ててズボンの後ろポケットから財布を取り出した。


 えっと、ろ、六百五十円……。

 小銭入れを見ると、予想よりだいぶ多い小銭。

 多分、お札を出さなくても十分出せそうだけど……完全に虚を突かれた展開に、小銭を数える手がおぼつかない。

 レジ待ちの人がいるのに時間をかけるのも……こ、こうなったら……。


「す、すいません。これでお願いします」


 俺は、勢い余ってバンっと千円札をトレイに置いてしまった。

 その音にビクッとなった近間さん。同時に一瞬周囲の客の目が俺に集まる。


 やばっ!

 俺がさっと手を引っ込めると、彼女は何とか営業スマイルを崩さず、お金を手に取った。


「では、千円お預かりですので、三百五十円のお返しとなります。こちらの番号でお呼びしますので、しばらくお待ちください」

「は、はい」


 手際よくレジを操作し、お釣りとレシートをトレイに置いた近間さんに、俺もささっとそれを手に取りペコッと頭を下げると、そそくさと逃げるようにその場を離れた。


「ありがとうございましたー。次のお客様、こちらへどうぞー」


 背後では彼女が接客業らしい挨拶をした後、そのまま元気に次のお客を呼び込む声がする。

 近間さんの邪魔にならなかったことにほっと胸を撫で下ろした俺は、受け取り口前まで行くと、ガン見にならないよう気をつけつつ、他の客越しに近間さんの様子を眺めてみた。


 彼女はさっきまでの戸惑いなんかなかったかのように、普段のような笑みを見せつつ、手際良く接客を進めていく。

 正直、ここに近間さんがいる事実も十分驚きだったんだけど。俺はその時、別の疑問に頭を支配されていた。


 ……何でバイトをしてるんだ?

 あそこで彼女を見た瞬間、思ったのはそれだ。


 実は、青藍高校では学生のバイトは禁止されている。

 生徒手帳に書かれていた内容だと、確か学生だからこそ学業を疎かにしてほしくないというのが理由で、例外は認められないとあったはず。

 だけど現実問題、近間さんはここでバイトをしている……。


 校則を破ってるのが学校にばれたら、停学とか、それこそ退学だってありえなくはない。

 そこまでのリスクがあるのに、入学からたった一ヶ月弱なのにバイト、か……。


 何でそんな危険な事をしてるのか。

 分かるはずのない理由を考えている内に、俺が注文した品の準備が整って、結局その日はそれ以上彼女と絡むこともなく店を離れたんだけど。

 風呂に入って寝る頃になっても、ずっとその事が気になって仕方なかったんだ。

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