第一章:近間さんの秘密

第一話:好みの女子

 振り返ってみると、俺、遠見とおみ久良くろうと近間さんとの出会いは、ただの偶然だった。


 青藍高校に入学して、たまたま同じクラスになって。

 遠見と近間。

 同じタ行の名字で近かった結果、席が隣になっただけ。

 何かと筆記用具なんかを忘れる近間さん。そのせいか。入学以降忘れた物の貸し借りっていう、ちょっとした絡みはあった。


 とはいえ、その大半は彼女の積極性からきただけ。

 いつもっていうか、それこそ最初っから、人見知りなんて言葉を知らないかのような、あっけらかんとした感じで。


遠見とおみ君、消しゴム借りるねー」


 なんて笑顔でさらっと言って、こっちの返事なんて待たずに借りたい物を持っていっちゃうんだ。


 そこまでいくと、こっちも何も言えずに頷く事しかできなかったんだけど。

 それはそれで、変に会話もしなくて済むから助かってはいたし、お互いに深入りもしなかったから、付き合いとしては楽だったりする。


 授業の合間の休憩時間になれば、人気者の彼女の周囲には、多くの男女が集って何時も賑やか。

 それを横目に、俺は机に突っ伏し寝たふりをしたり、次の授業の教科書を盾に、陽キャなグループとは距離を置いていた。


 まあでも、それも仕方ない。

 俺は、近間さんとは真逆の、人見知りが激しく大人しい、ぶっちゃけ陰キャで目立たない男子生徒だから。


 俺の得意な物なんて、勉強とゲームだけ。

 周囲からは、眼鏡をした冴えない外見もあってオタクっぽく見られてるけど、アニメや漫画にはそれほど興味がないし、ゲームだって一部のゲームを除けばオタクってほどハマってるわけでもない。

 とはいえ、それをいちいち否定するのも面倒で、何となくそう思われているのを受け入れている。


 運動神経は、眼鏡を掛けた陰キャにしては人並み。

 一応反射神経はいい方だと思うけど、それ以外に特筆すべき部分なんてないし、他の生徒と比べても目立つ要素なんてない。


 っと。

 俺の事なんてどうでもいいか。


 まあそんな感じで、俺と彼女には接点はあっても、学校生活に必要な最低限のやりとりしかなかったし。他の生徒同様の、ただのクラスメイトって程度の存在でしかなかった。


 じゃあ、何で近間さんとこんな事になってるかっていうと……今思い返しても、やっぱりそれは偶然って言葉しか浮かんでこなかったりする。


      ◆   ◇   ◆


 ──四月も下旬に入り、ゴールデンウィークも近づいてくる時期。

 昨日は俺にとって、めちゃくちゃがっかりする出来事があった。

 といっても、学校生活は普段通り、変わり映えもなく過ぎただけ。

 実際の事件が起きたのは、下校して家に帰ってからだ。


 さっき言った通り、俺はゲーム好き。

 勿論それは家庭用ゲームが主なんだけど、実はスマホで遊べるソシャゲでも、ハマっているゲームがひとつある。


 『グレーアーカイバー』。

 現代ファンタジーっぽい世界で戦う少女達を描く、まあよくある設定のゲームなんだけど。

 ゲーム内でゴールデンウィークイベントの新キャラが、昨日のメンテ明けから実装になった。


 それがただのキャラならそこまで熱くもならなかったんだけど。

 今回の実装キャラが何と、眼鏡を掛けた物静かな美少女、サーラだったんだ。


 ちなみに、陰キャな俺だって、女子に興味はあるし、彼女がいたらなんて淡い夢だって持つ。

 そして、そんな俺の好みの女子は、勿論眼鏡を掛けた女子だ。


 とはいえ、何でもかんでも眼鏡をしてるから良いって訳じゃない。

 眼鏡女子にも、やっぱり格ってものがある。


 清楚なお嬢様や大人しめの文学少女はもう、間違いなくどストレートに魂を打ち抜いてくる、高嶺の花であり神のような存在。


 え? 定番過ぎる?

 いやいや。定番だからこそ究極であり至高。これを超える物は早々生まれないって。


 次点は、真面目な女性教師や女子生徒。

 個人的に、眼鏡女子は神々しいほどに清楚で知的であって欲しいって願いがあるからこそ、クール系女子の眼鏡ってのもまた、間違いなくあり寄りのありだ。


 勿論、明るく元気な子にも眼鏡は似合うけど、個人的な好みとしては若干落ちる。

 これは勝手なイメージだけど、例えばスポーツをする女子って、あまり眼鏡って印象がないんだよね。


 とはいえ、じゃあ活発な眼鏡女子に魅力がないわけじゃない。

 眼鏡というマストアイテムによる魅力度向上は、間違いなくこの世界で存在を確認されているんだから。あくまで俺の経験則だけど。


 っと。ちょっと熱くなりすぎたか。

 とにかく、俺は眼鏡女子が好きだ。

 二次元でも三次元でも、眼鏡があるだけでドキッとするくらいには。


 だから、ゲーム内のお知らせで告知されたサーラを見た時、眼鏡女子としてあまりにどストライク過ぎて、正直かなりテンションがあがった。


 まあでも、それは仕方ない。


 銀色の長く綺麗な髪。

 清楚なお嬢様を思わせる線の細い容姿と性格。

 そして、それを十分引き立てる眼鏡。


 そこにはもう、俺の好みしか詰まってなかったんだから。


 ちなみに、格闘ゲームのような対戦物を除き、俺は基本ゲームをプレイする時は情報をシャットアウトし、自力で攻略を楽しんでる。

 だから、サーラについてもゲーム内のお知らせでしか知らなかったけど、好み過ぎる眼鏡キャラだったし、性能度外視で育成する気満々でいた。


 メンテ明けは夕方五時。

 それまでにダッシュで家に帰り、時間になったら即アプリをアップデートして。

 それが終わって流れでゲームを立ち上げた俺は、迷わず溜め込んだ石を割り、サーラのガチャを全力で回した。


「貴方が、私を導いてくださるのですか?」


 無課金石がなくなる直前。

 そんなお淑やかなボイスと共に登場した、麦わら帽子に白いワンピース姿の彼女を見て、「よっし!」って声と共に、自然と出たガッツポーズ。

 この時はほんと、めっちゃテンションあがってたな。


 で、その勢いのまま、次にしたのは好感度上げだ。

 このゲームにはキャラの好感度でイベントが解禁され、彼女達と主人公のちょっとした物語が語られるんだけど、好感度を最高まで上げると、専用のスチル付きイベントもある。


 俺は彼女のイベント見たさに、同じく溜め込んだアイテムを投入しまくり、好感度を上げた。上げまくった。


 そして、何とか好感度を最高まであげて、イベントを全て解放したんだけど……あろう事か。最後に解放されたイベントが、俺を心底がっかりさせたんだ。


 いやだって、そりゃそうだろ。

 大事なスチルイベントで、サーラが急に眼鏡を外して現れたんだから。


 しかも。


「あの……どう、でしょうか……」


 なんて恥ずかしげに問いかけてくるサーラに対する、主人公が選べる二択の選択肢。

 その内容が、より俺を憤慨させた。


『眼鏡を外したほうが可愛いね』

『そのほうが似合ってるよ』


 ……はぁ!? どんな二択だよこれ!?

 眼鏡女子は、眼鏡をしてるからいいんだろって!

 いや、『眼鏡があるのと同じくらい魅力的』ってならまだわかる。

 それならまだ、その子の眼鏡女子としての魅力を損ないはしないし。


 だけどこの選択肢、どっちも眼鏡を外すのを肯定してるだけじゃないか!

 いくらなんでも眼鏡女子好きを舐めすぎだろって!


 俺はこの時、人生で初めてスマホを投げた。

 流石に壊すのが怖くて、柔らかな掛け布団の上にだけど。


 正直がっかりだった。

 俺が全力を掛け愛でようとしたキャラが眼鏡を外し、しかもあろう事か。そっちがいいと褒める主人公。

 そんなイベントなんて、受け入れられるわけがなかったから。


 しかも、今まで実装されてきた眼鏡キャラは、好感度を上げ切ると眼鏡をしたままの別衣装をもらえたんだけど、今回貰えたサーラの別衣装は、まさかの眼鏡を外した彼女。


 これらの酷い仕打ちに、ほんと怒りが収まらなくってさ。

 普段ならこの後自炊して夕食を済ませるんだけど、もうイライラのせいで、そんな気持ちにすらなれなかった。


 で、昨日は仕方なく自炊を諦めて、茶系のシャツとジーンズという地味な私服に着替えると、外で夕食を取ることに決めて外に出掛けたんだけど。


 ──今思い返すと、これが俺と近間さんとの今に至る、物語の始まりだったんだ。

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