俺の食べ残し

『ぼくのことを、ぼくがいたという証をこの世に残しておきたいんです。だから、ぼくの空想を買ってください!』




 小学生くらいの少年が、俺に初めて会った時に切望したこの言葉。

 重い病を患い、臓器移植しか生きる手段がない状況で、日に日に悪化していく自分の体。

 そんな中でたまたま“営業”に来ていた空想買い取り屋の存在を知り、願い出た最後の思い。

 これは、俺が珍しく出張買取をしたケースだった。



 カランッ。コロンッ。


 いつもの非常食用の容器よりひと回り小さい、別のガラス瓶に入っている二色のアメ玉サイズの空想。

 虹色のアメ玉は、『病気が治って大好きなサッカーの試合に出ている自分』とか『世界中の街で食べ歩きしながら“美味しいもの図鑑”を作成している自分』といった、ポジティブな感情の空想が凝縮されたもの。

 黒色のアメ玉は、『魔王が現れて世界が滅び、自分と一緒に他の皆も消えてしまう』とか『自分のドナーを見つけるために●●する』といった、ネガティブな感情、いわゆる深い闇の空想が凝縮されたものだ。


 長い入院生活の中で、何度も何度も思い描いたその虹色のアメ玉は、糖度と密度、そして純度ともに申し分のないものだった。

 逆に、黒色のアメ玉はどす黒い感情が渦巻き、毒性が強いことが見て取れた。

 自分のドナーを望むということは……そういうことだろう。


 本当であれば、この黒色のアメ玉の存在は隠したかったはず。

 それでも、あの少年は俺にこの相反する二つの空想を託した。


『写真や動画で自分の姿を残しておくことはできます。でも、それは表面的なもので、自分の心の奥底にある本当の思いまで残しておくことはできません。自分の思いをうまく言葉で話すことも、文に書くこともできません。……正直、家族に知られたくない思いもあります。でも、良い空想も悪い空想も、どちらもぼくの物なんです。ぼくは、自分の存在を正直に残したい。だから、あなたに残してもいいですか?』



 儚く、それでも強く『自分が生きていた』爪痕を残したいという少年の願い。




「そんなの聞いちゃ、食えねーだろうが」



 カランッ。コロンッ――――


 二種類の非常食用のアメ玉は、あれからずっと俺の手元に残ったままになっている。



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