俺の腐れ縁

「おい、買い取り屋。準備は出来てるか?」



 野太いダミ声が店内いっぱいに響き渡り、ドスドスと無造作に音を立てて入り込んで来る、客じゃない輩。


 生安課巡査部長『大字 瓜生(おおあざ うりゅう)』、四十……歳くらいだったか?

 この店を立ち上げる前からの腐れ縁。

 正義感溢れる熱血刑事、なのかどうかはわからないが、与えられた任務を黙々とこなすバカ真面目な奴だ。

 本人が昇進を拒んでいるのか、試験に落ち続けているのか、組織の枠組みから外されているのかは知らないが、管理職にもならず、ずっと現場任務についている。

 今は、『危険想像なんちゃら法』に基づいて過激な妄想に囚われ続ける者への強制吸収をする執行手続き業務に当たっている。


「おい、聞いてるのか……って、ん? お前、前に来た時より顔色良くなってるな」

「はぁ? 別に変わってねーだろ」

「いや、間違いなく変わったぞ。健康体になったというか、不養生していた頃に比べると明らかに褐色が良い。ほらみろ。俺が言っていた通りだったろ? 『旨いもんを食えば元気になる』ってな」


 痛いくらいにバシバシと俺の肩を叩き、自分のアドバイスの正しさを力説してくるバカ真面目刑事。

 この馬鹿力も、出会った頃とまったく変わっていない。



 最初、俺が生命維持のため『食想くうそう』するようになった時は、“セラピー屋”みたいなことをやっていた。

『ご利用無料! 当店ご利用後は頭のモヤモヤがスッキリします』みたいな触れ込みで。

 嘘は言っていない。何故なら、空想を買い取ることで頭の中に重く占めていた記憶物が一つ減るんだからな。

 で、客が寄って来やすそうにするため、姿見もちまたで人気のイケメン俳優っぽい感じにした。

 そのせいか、来店客は大半が若い女性。

 ただ、多くの客が利用後に『スッキリして気持ちいい〜♡』だの、『すっごく快感!』だのよくわからない口コミを広めてしまい、案の定、警察に『いかがわしい店』認定されてしまったわけだ。

 で、店を摘発しようとして乗り込んで来たのがこのバカ真面目刑事、『大字瓜生』との最初の出会いだった。

 その取り調べの際に俺の特殊な性質、つまり、『食想くうそうする者』だということを知り、俺にこの『空想買い取り屋』の商いを勧めてきたってわけ。


 「質の悪い物を食うより、旨いもんを食った方が生命維持のためのエネルギーが増えるし、何より、味を楽しむことは心を豊かにするんだぞ」


 そんなもんかねぇ……。


 と、当時は話半分に聞いていたのだが、結果、この刑事の言う通りになった。

 悔しいが、今や“蜜の味”を覚えてしまった俺は、より旨い空想を求めることになってしまったんだよな。



 ――――チラッ。



 おっ、今日もチラットさんのお出ましか。エサの準備をしなきゃな。

 そう言えば、最近はあまり腹が減ってないのか、フードボウルに入れたエサが半分以上残ってる日が増えた気がする。

 もしかしたら、どこか別の場所でエサをもらっているんだろうか。

 体調不良とかじゃなければいいんだが。






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