俺の残業

「っと、もうこんな時間か。今日はここまでだな」



 今日は珍しく午前中から来店客が途切れることなく訪れ、かなりのブツを買い取った。

 ただし、ほとんどのものが劣化品。あまり旨そうなものじゃない。

 なので、今日の買い取り品の多くは凝縮して非常食用のガラス瓶行き。

 世の中、不況なのかねぇ。何とか買い取り金額を上げようと、ゴネる客が倍増した感じだ。

 以前は生命維持のために食えるだけで十分だったが、“甘い蜜”を知ってしまったからには、できるだけ旨いもんを食いたくなる。


 ということで、今日は『残業』といきますか。


 俺は体質的に眠りを必要としていないので、本来であれば24時間、店を営業できる。

 ただ、たまに『残業』が入るため、深夜23時から24時までは店を閉じて空き時間を作ることにしている。

 で、だいたい行う『残業』の種類は大きく分けて三つだ。


 一つ目は、これから行おうとしている『営業』。

 人々が頭の中で思い浮かべている空想の世界にそっと忍び込み、品定めを行う。

 深夜に近い時間帯は、浅い眠りについている人間も多いため、夢の中にまで入り込んで営業を行うことができる。なので、品定めもやりやすい。

 俺の店は別にテレビや動画サイト等で広告を出しているわけじゃないから、買い取りたいブツを見つけた時は、その対象者へ後日俺の店への招待状を送付する。

 ただ、最近は口コミというか、どこからか情報が漏れているらしく、招待状を送ってない来店客もチラホラ見られるようになった。

 その経緯は気になるところだが、まあ、品数が増えているので今のところは放置。


 で、二つ目。

 これは、体内に蓄積された“毒”の除去を行うための時間に使っている。

 前に、買い取る空想の種類にはポジティブな感情で作られる物とネガティブな感情で作られる物があるって言ったよな。

 ネガティブな感情で作られた空想は、とんでもなく苦いってことも。

 実は、その中にはどす黒いもの、はっきり言えば“毒”のような物も紛れている。

 まあ、俺は基本的には何でも食うのだけれど、毒性が強いものを食った場合はそれを体内から除去する作業、いわゆる『除想(じょそう)』を行う必要がある。

 所要時間は約一時間かかるため、この空き時間を確保しているというわけだ。

 

 そして、最後の三つ目が『警察案件』の取り扱い。

 数年前に、『危険想像なんちゃら法』ってのが施行され、その法を基に令状が発付された者の過激な空想を『強制吸収』するって仕事だ。

 更生の余地が無く、過激な想像に囚われ続けてしまうと判断された者が対象らしい。

 で、そいつらをこの空き時間の時に連れてきて、俺が『強制吸収』するってわけ。


 ちなみに、空想売買に関しては『本人の売りたい意思』がハッキリしていないと大変なことになる。

 なぜなら、自分の想像を者から無理やり奪い取ってしまうと、脳へのダメージが計り知れないからだ。

 下手すると、記憶をつかさどる部位の損傷が起こり、脳機能障害を引き起こしかねない。最悪、廃人化する。

 だから、俺の店でも売りたい意思が明確でない場合は取り引きはできない。

 でも、『警察案件』の対象者にはそんなことはお構い無し。

『危険な想像を事前に排除することで、大勢を罪の無い人々を守ることが出来る』だとさ。


 空想の世界は多種多様。

『危険な想像』とやらの線引きはかなりグレーゾーンだと思うんだが、今の社会では判断基準が厳格になっているらしい。

 世知辛い世の中になったもんだ。



 ピピピピピピッ――――



 チッ。嫌な音が聞こえてきたぜ。

 今日の残業は『警察案件』に切り替えだ。

 ったく。面倒くせーな。

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