俺の買い取り

「そうですねぇ……。お客様のお品物ですが、6万8000ティティピアでいかがでしょうか?」

「ええ〜? これ、結構長く考えた物なのよ? もう少し上げてくれてもいいんじゃない?」

「では、7万5000ティティピアでいかがでしょうか。流石に、これ以上の価格になるとウチではお引取りすることができませんねぇ」

「もう、仕方ないわね。じゃあそれで手を打つわ」



 ふぅ。なかなか粘る客だったな。

 まあ、今回のブツは寝かした期間が長めだったし、こんなもんで妥協しとくか。




 今日も朝から買い取り交渉。

『空想買い取り価格表』を元に、どれくらいの価値があるのか算段している。

 俺の店での買い取り基準で大事なのは、『糖度』と『密度』、そして『純度』だ。

 空想した期間の長さはもちろんのこと、細かい設定ディテール、斬新なアイディア等々があると付加価値が付く。


 買い取りの通貨単位は、『ティティピア』。

 10ティティピアで、飴玉一つ買えるくらいの値段だな。

 基本ベースは、『空想に費やした時間✕(かける)1ティティピア』で設定。

 もちろん、毎時間その空想だけを考えて生活しているわけではないから、空想に費やした時間は累計で算出される。

 そこに、付加価値が付くものを上乗せして顧客に買い取り金額を提示する仕組みだ。


 どんな空想なら買い取ってくれるかって?

 基本的には何でも買い取り。

 ただし、よくある『ヒーローに変身して悪と戦う』だの、『高額な宝くじや万馬券が当たってお金持ちになる』だの、『芸能界にスカウトされて一躍トップスターになる』といった、ありきたりなものはどうしても買い取り価格は下がってしまう。

 数年前から流行りの『異世界へ転生して世界を救う』みたいなものも、売り込み数が激増しているため、希少性は薄れつつある。


 俺の店で高値で取引される傾向のものは、『他に類をみない斬新なアイディア』や、『頭の中で細かいシーンまでこだわり抜いた色濃いもの』、そして、『その空想一つに、何年もかけてじっくりと推敲されたもの』だ。

 たった数時間だけ考えた薄っぺらいものよりも、長い年月をかけて熟成されたものの方が買い取り金額は跳ね上がる。

 

 ただ、ここ数年の間に人間はクリエイティブなものを瞬間的に生み出す便利な機械を作ったようで、ほんの僅かなことさえも、自分で考えることを放棄してしまう傾向が見られるようになった。

『効率が悪い』だの、『時間がかかりすぎる』だの、熟考に費やす時間をどんどん削っているようだ。

 短い人生をさらに生き急いでいるって感じだな。

 必然的に、俺の店へ売り込みに来る客は減少の一途を辿っている。

 しかも、品質劣化が著しい。


 ったく。

 時間をかけて何度もやり直し、悩み抜いて生み出した空想ほど旨味を増すというものはないのに。

 これも、『時代の流れ』というやつかねぇ。

 困ったもんだ。


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