その11 最後の手段

「《イヴェイユ・アウート》!」


 レナードが叫んだ瞬間、青白い光が体から放たれる。


 明らかに普通ではないその様子に、

敵もいくらか動揺していた。



「なんだこれは・・・!? 魔法、いやそれともまさか・・・!」



 レナードは武器をしっかり握ると、

狼狽えるカイルに狙いを定めながら足に力を込める。



(あの時は失敗しちゃったけど、今度はもう失敗できない・・・!

怪我をしてる今ならむしろ動きが鈍って制御しやすいかも・・・。)



 瞬き一つの間に思考をまとめると、

レナードは相手の腹部に狙いを定めた。


 次の瞬間、床を蹴って飛び掛かり

今までとは比べ物にならない速さで敵を切りつけるが・・・。



「ぐおっ!?」


「なっ!?」



 敵に向かってまっすぐ伸びた光の筋は

火花と共に横へ逸れ、一瞬遅れて鋭い金属の音が鳴り響いた。


 後ろでずっと戦況を見守っていたドロシーは、

巻きあがった砂煙にせき込みながら勝敗を確かめようとする。



「こほっ、ど、どうなったんだ?

・・・レナード君?」



 煙が晴れてきたところでドロシーが見たのは、

光が消えて床に倒れるレナードと、

尻もちをついてはいるものの未だ健在のカイル。


 レナードの放った渾身の一撃は、

見事に防がれてしまった。


 カイルは体勢を立て直そうとしながら苦々しく言い放つ。



「くっ・・・! なるほど、ここまで乗り込んでくるだけはある。

相当な一撃だった。しかし惜しかったな。」


「はぁ、はぁ・・・、そんな・・・。

これを防がれてしまうなんて・・・、

いったいどうやって・・・。」


「やはり人間相手の戦いはほとんど経験がなかったようだな。

その命を奪う気のない太刀筋を見れば分かる。」



 なんとか立ち上がったカイルは、

剣を握っていた手を軽く開閉しながら言葉を続ける。



「視線や力の入り方、それに呼吸の間隔を見れば

どこをどう狙っているのか分かるというものだ。

しかしそれでも予想以上の一撃だったと褒めてやろう。」


「くそっ・・・、はぁ、はぁ・・・。」


「その疲労の具合、どうやらとっておきの切り札、

というよりも最後の手段だったようだな。

今の力をもう少し使いこなせていたらこちらの負けだったろう。」



 カイルは剣の握り具合を確かめると

その切っ先をレナードに向けた。



「この一撃はさすがに防げまい。

しかし案ずるな、魔法様が復活なさればこの地上から人間はいなくなる。

お前は少し早くそうなるだけのことだ。」



 先ほど風の刃を放った時と同じように、

カイルが剣を大きく振りかぶる。


 そして、未だ立ち上がることのできないレナードに向かって

振り下ろされそうになったその瞬間。



「やめろぉっ!! 【フレイム・ショット】!」


「むっ!?」



 ドロシーが大声で叫びながら炎の魔法を発動する。


 力を振り絞って放たれた魔法は、

狙いが逸れて相手に当たらない角度で飛んでいった。


 しかしカイルは咄嗟に魔法の前に躍り出ると

剣で無理やりそれを受け止めようとする。


 魔法が命中した瞬間、人の体を包み込める程度に

大きな爆発が発生したものの、

それでも敵の姿は健在だった。



「ぐうっ・・・! ご無事ですかズィアーク様・・・!

 申し訳ありません、あなたの身を危険に晒してしまいました。」



 多少の傷は負ったものの、

膝すらついていないカイルが振り返りながら言う。


 ドロシーは、目の前の敵ではなく

その後ろにいるズィアークに狙いを定めていた。



「なに、気にすることはないぞカイル。

私はこの通り無事じゃからな。

それより、そろそろこの余興も終わらせるが良い。」


「承知しました・・・。

しかしあちらの供物、まだ抵抗する力が残っているかもしれません、

五体満足では捕らえられない可能性もあります。」


「ふむ・・・、確かに魔法を使えるのは厄介じゃのう。

捕まえたとして脱走の力が残っているといかん、

腕の一本や二本を落とすぐらいのことは魔王様も許してくださるじゃろう。」


「ありがとうございます・・・。 では・・・!」



 礼を言うと、カイルは

ドロシーの方へ向き直って剣を構える。


 ドロシーはというと、本当に最後の力を振り絞っての魔法だったらしく

立っているのがやっとの状態になっていた。



「はぁ、くそ・・・。 向こうのジジイを狙えば

自分からあたりに行ってくれるとは思ったが、しっかり防がれてしまった・・・。

これは私の悪運もここまでかもしれないな・・・。」



 剣を振りかぶる敵の姿に、

逃げる力も残っていないドロシーは

目を瞑りながらその場にへたり込んでしまう。


 それを見ていたマイナは、檻から必死に手を伸ばしながら

ドロシーに呼びかけていた。



「ドロシー! 逃げてっ!

ルビーお願いっ! ドロシーを助けてっ!」


「ドロシー!? くそっ! 待ってて、今いくわっ!」



 それまで集団の相手をしていたルビーも事態に気付き、

急いでドロシーの救出に向かおうとする。


 しかしその隙をつかれて足を掴まれ、

飛び出すことができなかった。



「やっと捕まえたぞ・・・!

供物として捕らえる必要があるからと手加減していれば

いい気で暴れまわりやがって・・・!」


「くそっ! 放しなさいよっ!

ドロシー、逃げてっ!」



 ルビーも必死に呼びかけるが、

ドロシーは既にその場から動けなくなっている。


 しかしただ一人、一番ドロシーの近くにいたレナードが

祝福を使った疲労から立ち直っていた。



(ドロシーさんが危ない・・・!

でもこの足じゃ、もう一度祝福を使っても狙いを定められない・・・。



 カイルはわずかに残された時間を使って

今の自分に何ができるかを考える。



(どうすれば・・・。 もう僕に残った力は・・・。

残った力・・・、そうだ!

一回しか使ったことがないけど、あの力が役に立つかも・・・!)


 そう思った瞬間、レナードは最後の力を振り絞って一気に飛び出す。


 そして今にも剣を振り下ろそうとするカイルから

ドロシーを守ろうと間に入った。



「お願い、どうかこれがみんなを守れる力であって!

《ソリッド・アウート》!」



 レナードの体がぼんやりとした緑色の光に包まれた直後、

再び放たれた風の刃が彼の背中を切りつける・・・!

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