第六話 その1 撤退

 レナードたちが拠点に戻ると、

ドロシーの叫び声が聞こえてくる。


 慌てて二人が声のする方へ駆け寄ると、

そこには黒いローブを着た人間が数人ほどいた。


 最も大柄な人間がマイナとユカを両腕で抱え、

その他の人間がミカとチカを捕まえている。


 そして残るドロシーは抵抗していたものの、

二人がかりで捕まえられそうになっていた。



「くそっ! ええい、よるんじゃないっ!

彼女たちを放せっ!」


「大人しくしろ。 この者どもは魔王様への生贄に選ばれた。

それは大変名誉なことなのだぞ。」


「有難迷惑な話ねっ! 謹んで遠慮するわっ!」


「お前たち二人の存在は想定外だったが

連れて帰ればあのお方もお喜びになられるだろう。

さあ、無駄な抵抗をするでない。」



 敵が近くにいる状態では悠長に魔法も使えず、

抗い続けていたドロシーも捕まりかける。


 しかし、状況を判断したルビーが

大声を張り上げながら飛び出していた。



「その子たちを、放せぇぇっ!」


「姉さんっ!?」


「お姉ちゃんだ~!」


「お姉ちゃん、来てくれた・・・!」



 ルビーは一番近くにいるローブの人間へ狙いを定めると、

懐から短刀を取り出しつつ飛び掛かろうとする。


 しかし、ドロシーを捕まえようとしていた人間が横から飛び出し、

長剣でルビーの刃を遮った。



「くっ! この、どきなさい・・・!」


「やはりこいつがいたか・・・。

以前も生贄の運搬を邪魔してくれたな?

また妨げられてはかなわん、早く撤収しよう。」


「了解した、では早くこちらへ。」


「うむ。 はぁっ!」


「きゃあっ!」



 ルビーの短刀を受け止めていたローブの人間は、

鋭い蹴りを入れてルビーを吹き飛ばす。


 そして一番大柄な人間の元へ全員が駆け寄ると、

そのうちの一人が懐から奇妙な道具を取り出して地面へ叩きつけた。


 すると一気に煙が広がり、

ローブの人間たちを覆いつくしてしまう。



「え、煙幕か・・・! くそっ、何も見えない・・・!」


「ごほっ! えほっ! ゆ、ユカっ! ミカ、チカっ!」



 もっとも近くにいたルビーは煙を吸ってしまったらしく、

目を開けることもできずに地面へ伏せてせき込むばかりとなってしまう。


 そのまま逃走するつもりか、

煙の中に見える影は足音を立てずに動き出す。


 しかし影が移動を開始した瞬間、

少し離れた位置でレナードが叫んだ。



「《イヴェイユ・アウート》!」



 レナード武器を抜きながら地を蹴ると、

鋭い光の矢となって、煙の中の影へ突っ込む。


 そして鋭い金属音が聞こえたかと思うと、

広がり続けていた煙をいくらか吹き飛ばした。


 レナードはローブの人間たちのうち一人に狙いを定めていたが、

狙いが逸れて手に持っていた武器を弾くだけに終わってしまう。


 それでも厄介な煙はわずかに晴れ、

敵の一人は腕を抑えながらうずくまっていた。



「ぐおっ・・・! な、なんだ今のは・・・!」


「はぁ、はぁ・・・、しまった・・・、

体を掠めるつもりだったのに武器に当たっちゃった。」


「くっ・・・! とんだ邪魔が入った、

みんな早く撤退するぞ・・・!

生贄を届けるのが最優先だ!」



 足止めされてしまったローブの男は

煙の方へ叫びながら再び逃走を図る。


 だがその直後、今度はドロシーの声が響く。



「お前だけでも逃がさないぞ、【ルート・バインド】!」


「なっなんだ!? 蔓が・・・!? しまった!」



 敵の足元から魔法の蔓が伸び、

逃げ遅れた一人を捕えることに成功する。


 しかしそれ以外の人間は逃げおおせてしまったらしく、

煙が晴れたころには捕まえた一人しか残っていなかった。



「けほっ、けほっ・・・、み、みんなは・・・?

あいつらは・・・!?」


「はぁ、はぁ・・・、すみません、

に、逃げられてしまいました・・・。」


「は、早く追いかけないと・・・、こほっ、こほっ!」



 煙を吸い込んでしまったルビーはなかなか目も開けられないらしく

せき込みながら立ち上がろうとする。


 そこへドロシーがルビーの側により、

背中を擦りながら声をかけた。



「ほら、呼吸もままならない状態で無理をするんじゃない。

それに追いかけようにも奴らの姿は消えてしまった、

でも手立てはある・・・!」



 ドロシーは地面に縛り付けられたローブの人間を睨みつけながら

怒りをにじませた声でこう告げる。



「彼女たちがどこへ連れてかれたのか、

こいつから聞き出そうじゃないか・・・!」



 レナードたちは唯一の手掛かりを頼りに、

誘拐されたみんなを取り戻しにいかなければならない。

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