その12 女神の祝福

 巨大な魔物、モントプラキオが

地面を揺らしながら二人に近付いている。


 背中にあるたてがみを揺らし、

長い尻尾を振りながら太い四つの足で闊歩していた。


 その大きさは二階建ての建物と並べても見劣りしないほどだろう、

仮に後ろ足で立ち上がったとすればどうなるかは想像もできない。



「あ・・・、あれも魔物なの・・・?

あんなに大きいのがいるなんて信じられない・・・」


「あれはモントプラキオっていう大型の魔物です、

町からかなり離れるとあれくらいのも出るんですが

こんなに近くで遭遇するとは・・・」


「そ、それより早く逃げないと・・・、

う・・・、ごめんなさい、ま、また足がすくんじゃって・・・」


「大丈夫ですよ、心配いりません、

あれもちゃんと倒します・・・!」



 レナードはまっすぐに敵を見据えながらそう告げると

剣へ手をかけて相手を待ち構えた。


 しかしどう見ても無茶なことは明らかであり、

マイナは必死で這いながらレナードを止めようとする。



「い、いくらなんでも無茶よ・・・!

あんなに大きな魔物をどうやって倒すというの?」


「確かに、真っ向から戦うなら複数のパーティが必要でしょう、

普通だったら逃げるしかありません、

それも見つかっていなかったらの話ですが」


「でも、ここには私たちしかいないわ・・・、

・・・ね、ねえ、こんなことは言いたくないのだけど、

まさか私を逃がすために囮になろうなんて考えてるんじゃ・・・」


「さ、さすがにそこまでは考えませんよ・・・、

あの、マイナさんは『女神の祝福』ってご存じですか?」



 いきなり出てきた単語にマイナは困惑しつつも、

時折り耳にする言葉だと気が付いた。



「それって確か・・・、ある日突然、ごく稀に目覚める

すごい力のことだったかしら・・・?

その名の通り女神様からの祝福だって聞いたことが・・・」


「大まかに言うとそうです、

そして、僕はその『女神の祝福』に目覚めています・・・!」


「えっ・・・、うそ・・・?」


「僕が目覚めたのは、自分の力を一時的に高める能力・・・、

《イヴェイユ・アウート》!」



 レナードが大きな声を出した瞬間、

体の中心からまばゆい光が弾けるように飛び出す。


 マイナが手で光を遮りながら見ていると、

腰に携えた剣に手をかけて魔物を待ち構えていた。


 気が付けばモントプラキオはかなり近くまで近づいており、

木々よりも大きな体躯が地面を揺らしている。



「レ、レナードくん・・・!」


「大丈夫です、・・・はっ!」



 いっそう腰を深く落としたレナードが掛け声を上げたかと思うと、

その姿は一瞬で見えなくなってしまう。


 そして魔物の周囲に

光の筋が数えきれないほどまとわりついた直後・・・。


 モントプラキオが悲痛な声を上げながら

全身から血しぶきを撒き散らし、ゆっくりと倒れ込んでいた。



「な・・・、な・・・、何が、起こったの・・・?

ま、魔物、は・・・? た・・・、倒れた・・・?

いえ、倒した、の・・・?」



 状況を飲み込めず、地面に横たわる巨体を

呆然と眺めるマイナ。


 しかし、周囲に広がる血だまりや

微動だにしない巨体を見る限りは間違いなく絶命している。


 少しの間それを見ていたところでレナードのことを思い出し、

足がすくんでいたことも忘れたように歩み寄った。



「レナード君、大丈夫!?」


「はぁ、はぁ・・・、大丈夫です・・・、

僕のことより、あの魔物は倒せてますか・・・?」


「見る限りは生きてるように見えないわ・・・、

今のが、あなたの『女神の祝福』なの?」


「はい・・・、そのうちの一部ですね・・・、

僕の『女神の祝福』は、自分の力を急激に高めることができるんです。

それで速度を高めました」


「そうなんだ・・・、私の目には何が起こっていたか見えなかったわ・・・、

とんでもない力ね・・・」


「ただ、使うといろいろ消耗するから

できればあまり使うべきじゃないんですよね・・・。

発動したのは一瞬だけだったから、ちょっと休めば動けますが・・・」



 そう言うと、レナードは腰を下ろして大きく息を吐く。


 マイナも同じく腰を下ろすものの、

なんとなく会話に困り、巨大な魔物の様子を伺ってみる。



「・・・ぴくりともしないわね、

あの一瞬で何をしたの?」


「全身を滅多切りにしました、

覚醒した状態だと大雑把なことしかできないんです。

・・・できれば大型の魔物は倒さずにいたかったんですけど」


「倒したくなかったの? 戦いたくなかった、じゃなくて?

どうしてかしら」


「色々と理由はあるんですが・・・、

とにかく残しておいた方が都合のいいことが多いんです。

旅路の危険性とか利便性とか・・・」


「あんな危ない魔物がいた方が安全なの?

にわかには信じられないわね・・・」


「実のところ、逃げるのは無理でもやり過ごすのは難しくないんです、

次に大きいのを見つけたら教えてあげますね」



 話をしているうちに休めたのか、

不意に立ち上がるレナード。


 それを見たマイナも慌てて立ち上がり、

服についた土埃を払う。



「歩けるようになりましたか? じゃあ出発しましょう。

できれば日が落ちるまでに水場まで進んでおきたいですから」


「大丈夫、もう平気よ。 問題なく歩けるわ」


「じゃあ行きましょう。 でも無理はしないでくださいね?

疲れたら遠慮なく言ってください。 一番近い町まであと5日はかかるんですから」


「5日・・・、覚悟はしておくわね・・・」



 町を出てから遭遇した危険な出来事も無事に突破し、

二人の旅路は続く・・・

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