1-5

 ふと、背後を振り返る。

 視線の先には、変わらず無人の廊下が続くのみ。締め切られた窓ガラスたち、差し込む黄昏時の光。淡く反射した木目の床は、ワックスの匂いを放たない。


「……」


 なにかが変わった、と俺は思った。

 時計の針がすすんだ? いいや。

 電線から一羽が飛び立った? いいや。

 目に見える何もかも、波風たてない空気も、変化はない。世界は停止したまま、顔をたもっている。出口も入り口もない。階段をのぼり、はたまた降り。角を曲がり、ときには振り返る。その度に光景がかわる、なんてことはもちろんなく、依然、変わり映えしない。なんとなく、四階くらいまで来たかな、と窓を覗けど、高さは二階。そういえば我が母校は三階建てなのだった、と思い出すこともある。

 あまりに変化がない。

 時間のとまった、静謐せいひつなだけの世界。

 だけど、間違いない。

 俺は根拠なく、数秒まえとは『違う』と確信をもっていた。


「──魔法使い」


 いるはずのない彼女を呼ぶ。

 そうか、動いたのか。できればそうしてほしくなかった。俺は彼女が生きていけるのなら、一生ここで過ごしてもよかった。なのに、やはり魔法使いは否定した。ようやく手に入れた永い命でさえも、満足できないと手放した。

 けれど、その選択は疑いようもなく彼女のものだ。昔から変わらず、彼女は彼女らしく、魔法使いとして生きている。

 淡い夜を散りばめた、透明感の褪せない生き様。自分という存在をこれでもかと魅了し、引き寄せる。

 視線をよこへむけた。

 無機質な窓の向こう側、

 見下ろすオレンジ色の太陽が、すこしだけ傾いている。五分おきに写真におさめ、目を凝らさないとわからないような、些細な変化。

 直感でとらえた違いは、それだけだった。


 俺は静かに、きびすを返した。


 目指すべき教室はまだ先だ。変化はあったが、それでもなお、歩みはとめない。俺には俺のできることを。魔法も使えなければ生きてすらいないこの命、やれることがあるとするならば、ただ探して受け止めることだけ。

 思い返してみれば、俺はいつだって魔法使いが第一で、誰もが抱くであろう自尊心が欠けていた。こうして、誰かが俺のために身を燃やす──手を伸ばされる側になって、はじめて痛感する。

 なるほど確かに、俺は厄介者だ。ひどく狂っていて、ヒトとして異端だ。

 魔法使いがことあるごとに記憶を封じた理由が、よくわかる。

 だが、俺は意志を貫こう。それでもなお、と。

 たとえ魔法使いが『死』を望んだとしても、俺だけは否定しよう。まわりまわった思考の結果、行きつく先は、同じ着地点。あの選択は間違っていなかった。それだけは、胸を張って言えることだから。



 呼吸のたび、締め付ける苦味を覚えながら──無人の校舎を渡り歩いた。

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