第3話 

「なるほど。迷子になっててここに誘われたんだね。あ、どうぞ座って」


 女性に誘われるがまま、僕は、倒れた木の幹に座る。断って逃げようかとも思ったが、また魔法で動きを止められるのは目に見えている。


 僕が素直に座ったのを見て、女性は満足そうに頷き、僕の横に腰を下ろした。


「いやー。私、ずっとこの森に住んでるけど、暇すぎるんだよねー。暇すぎて、思わず世界の滅亡を願っちゃうくらいには」


「は、はあ……」


「誰かとお話するなんて久々だなー。君、ありがと。あと、あなたも」


 そう言って、女性は、僕をここに連れてきた蝶の羽を軽く触る。


 蝶は、嬉しそうに女性の周りを飛び回っていた。どうやら、蝶はこの女性の使い魔のようなものらしい。


「さてさて。君、何か面白い話してよ」


「お、面白い話、ですか? き、急にそう言われましても……」


「あ。じゃあ、泣ける話でもいいよ」


「どうしてハードル上げるんですか」


 僕がそう答えると、女性は「難しいか―」と言いながら、魔法の杖をクルクルと弄ぶ。


 僕の視線は、意図せずその杖に釘付けになっていた。


「ん? 君、これが気になるの?」


「あ、いや……」


 急いで視線をそらす僕。恥ずかしくて、顔の温度が上昇するのを感じた。


「えー? なになに? 面白そうな予感がするよ」


「気のせいです」


「いやいや。絶対気のせいじゃないって。ほら。どうして私の杖を見てたのか、言ってごらん。お姉さんに、教えてごらん」


「拒否権を」「却下で」


 ニンマリと悪い笑顔を浮かべる女性。話さなければ問い詰める。そう目が語っていた。


「…………」


 しばらく逡巡した後、僕は口を開く。どうせ、話すのはこれっきり。女性は森で生活しているのだから、僕の話が町の誰かに伝わることもないだろう。


「僕、魔法が使えないんですよ」

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