第3話 武藤部長の訪問
山内が初めて麻衣とデートをしたのは、ジャーナリストと話をしてから、今回の変死体が発見されるまでの間だった。最初に連絡を入れたのは、麻衣の方からで、さすがに山内の方から連絡を入れるのは恥ずかしかった。山内にとって度胸と恥じらいとは別のところにあるようで、恥ずかしさが先に走ると、度胸などまったく影に隠れてしまうのだった。
麻衣がデートに誘ったのは、離宮公園というところで、その中には、綺麗な庭園や噴水、小さな動物園や植物園、さらには森のようになったところに囲まれた池があり、その奥に西洋の宮殿が聳えていたのだ。
山内は、以前にもこの場所に来たことがあった。
遊びに来たわけではなく、捜査に来たのだが、そこで発見されたのが、前回重なった変死体の一体だった。
その時のことを、山内は思い出していた。
その時に発見された変死体は全部で八体だった。毎月のように発見されたが、それらの遺体の特徴としては、まず争った跡がない。そして、彼らには自殺をする動機もない。そして、薬物が使用された形跡がない。それは睡眠薬も服用したというわけでもないということだ。十年前の事件では、全員が毒殺されていたというのがハッキリしていたのに、今回は、その形跡はない。
もう一つ気になるのは、彼らの遺体がどうしてこんなに腐乱しているかということだった。そして、腐乱はしていたが、死亡時期というのは、発見された時がバラバラだというのに、調べてみると、皆同じ頃に発見されたことになるということだった。
このことは、その後に腐乱死体が数体発見されなければ分からなかったことなので、この時には、共通点として分かっていなかったことだった。
確かに後になって発見された数体の死体すべてを解剖してみると、それぞれの死亡時期は異なっていた。さすが監察医、これだけ腐乱しているのに、所見しただけで分かってしまうのは、神業に近かった。
「神業? そんなことはないさ。死体にだってモノを言わないだけで、表現があるのさ。そうじゃなければ、自分たちのような商売は成り立たない。当然警察の捜査にも限界があり、すべてが憶測だけになり、科学的にも医学的にも根拠がなければ、物的証拠しかないことになる。そうなると、刑事さんの方でも、検挙率というのは、かなり下がるんじゃないのかい?」
「ええ、その通りです。僕たちも感謝しているんですよ。それだけ時代が変わったとでもいうんでしょうか。昔の刑事ドラマのような時代は、本当にカビの生えた時代遅れでしかないのかも知れませんね」
というと、自分で言いながらも照れ臭かった。今でこそほとんど昔気質の捜査をする刑事はいなくなったが、十年前であれば、まだ残っていた。捜査から取り残されている人たちを見て、一部の口の悪い連中は、
「ガラケー」
と呼んでいた。
スマホについてこれない時代遅れの携帯電話を、悪意はないのだろうが、
「ガラケー」
と呼ぶ。
本当は、
「ガラパゴス携帯」の意味、実際には素晴らしい自然を有しながら、孤立してしまってとり残されたガラパゴス島をイメージした風刺言葉なのだが、昔気質の刑事も、同じ感覚で読んでいた。これはバカにしているというよりも、敬意を表しての意味の方が本当は強かったのだが、敬意を表してそう表現している人がどれだけいるというのだろう。不思議なものだった。
「ガラパゴス刑事」
まさしくガラケーである。
山内はそんなことを想像していると、宗教団体に対して、自分たちが抱いていたイメージが昔のままであることに気が付いた。
――本当は、宗教団体ほど、科学的なことには敏感なのではないだろうか?
と感じた。
そして、さらには、
――宗教を隠れ蓑にすれば、昔からのイメージで見てくれるだろうから、目をくらますことができる――
と思っているのではないか。
そう思うと、二十年前のスポークスマンが、自分が出ていくことで時間稼ぎをしていたのを思い出した。今回の事件にも、何か時間稼ぎが含まれているのではないかという嫌疑すら思わせた。
宗教団体の中にはパソコン業界に参入し、生き残ることに成功しているという話を前述したが、現在では、まったく元の宗教団体とは無縁で、元いた信者はすでに離れてしまっていた。宗教団体としての生き残りではなく、まったく違う会社として生まれ変わったと言った方がいいだろう。
二十年前の事件は、社会問題を引き起こしたことで、事件にまったく関係のない宗教団体までも巻き込んだ。一番大きなことは、それまである程度寛大だった宗教団体への規制が強まったことである。
それ以降、新しい宗教法人の設立は、ほぼ不可能になった。よほどバックに大きな企業などのスポンサーが控えてなければ、設立にはおぼつかない。大手企業の方も敢えて社会問題になりかねない宗教団体を抱え込むようなことをするはずもない。
また、既存の宗教団体に対しての規制も極めて厳しくなった。
完全な開放型でなければいけなくなり、国家機関として、
「宗教規制委員会」
なるものが設立され、定期的な監査が必要となったことで、経理面はもちろんのこと、法人としての企業理念をハッキリさせ、その目的達成に対しての努力が見られなければ、粛清される運命にあった。
ただ、表向きは憲法で思想、宗教の自由が認められていることもあって、宗教団体がなくなるということはなかった。それでも徐々に宗教団体は減っていく傾向にあり、少なくとも水面下で何かを暗躍することは不可能になった。何しろ、公安g絶えず目を光らせていたからだ。
宗教団体の中にはパソコン業界に進出しただけではなく、芸能界にも進出していた。
この企業は、パソコン業界に進出した企業とは少し事情が違っていて、大切なのは、
「人脈」
だったのだ。
芸能界というと、どうしても華やかな世界であり、政界や財界とのパイプが不可欠だ。しかし、一旦パイプを結んでしまうと、そのパイプは強いものだった。どちらも手放したくないという思いから、結束は厚いもので、それだけに秘密主義が発生し、どちらも外部へ秘密が漏洩することに危機感を覚えていた。
この結束は、公安と言えども、なかなか突破することはできない。下手に手を出してしまうと、公安の捜査員が秘密裏に消されたり、身元不明の死体が発見され、実際に調査すると、公安の人間であることが判明することがあった。
しかし、この判明は警察内部のみで処理されて、一般的には、
「身元不明の死体」
という形で処理されるしかなかった。
なぜなら、公安の人間が死体で上がったということが公になると、世間が騒ぎ出す。そもそも、公安には秘密にしなければいけない捜査がいっぱいあり、公安の人間の死体が発見されたということは、明らかに、
「組織に消された」
と考えていいだろう。
そうなると、どのような捜査が行われていたのかを公表しなければいかず、それは秘密裏にせっかく捜査してきたことが水の泡になってしまうということであり、さらにそのやり方が、常軌を逸していることも公表しなければいけない。
公安が扱っている捜査は、相手は一般の人間ではない。国家にとってその存在を危ぶませるほどの組織を相手にしているのだ。
そんな組織を相手にするのに、通り一遍の捜査では賄えるわけはない。当然、警察で決められた捜査方法をかなりのレベルで逸脱している。
こんな捜査ができるのは、警察だけの力では無理だろう。当然、政界や財界の力が働いている。
ということは、宗教団体が転身している芸能界に捜査のメスを入れるということは、裏で暗躍している政界や財界の、
「代理戦争」
の様相を呈していることになる。
二十年前の事件が起こってから、警察組織の強化が必要ということで、国家予算の警察組織への大幅な増援は不可欠となった。
国会でも国家予算委員会で、警察組織への予算増加は、満場一致で可決された。もちろんその時に、宗教団体への弾圧とも思えるような法案が次々と可決されたのも当然のことであり、
「宗教団体の行動は、国家転覆をも目論むものだ」
と位置付けられ、宗教団体独自の法律が設立もされた。
パソコン業界へ進出した元宗教団体が、完全に宗教団体と手を切っているのに対して、芸能界へ進出した団体は、
「元の状態への復帰」
を目論んでいた。
とは言っても、規制の中での行動となるので、今までのようにはいかないだろうが、それでも、市民権の復活は彼らの絶対的使命とされた。
そのためには、どんなことでもやるという過激な連中も中にはいて、彼らが裏で暗躍するダークな部分を受け持った。
特に政界、財界とのパイプを強固にする役目が多かった。
だが、それ以外の構成員も、考え方は似たり寄ったりだった。
構成員の中には、元暴力団の構成員だった人もいて、警察や世間に対して、
「反社会的な行為を行うことに対して、何とも思わない」
と考えている人も多かった。
特に自分のところのタレントを、人間と思って扱っていない。
表向きは、タレントを大切にして、自分は裏方の目立たないマネージャーを装っていたが、その実は、自分の担当タレントを自分のものとして蹂躙し、
「言うことを聞かなければ、どうなっても知らない」
と、脅迫のネタをいくつも用意して、逃げられないようにしていた。
公安も、こちらの方の、非人道的な犯罪にも目を光らせているが、あまり細かいところに目を向けてしまうと、大義がおろそかになり、せっかくの捜査が水泡に帰することを恐れていたのだ。
発見された腐乱死体の中には、そのタレントもいた。
そのタレントは、当時二十歳の女の子で、そこそこ売れていたはずなのに、いきなり失踪し、行方をくらませていた。
ファンの間では、
「だんだん顔色が悪くなっていて、最初の頃のような輝きがなくなっていたもんな」
と分析している人が多く、その意見が主流を占めていた。
「でも、失踪してしまうほど、思い詰めていたなんて思わなかったな」
という意見も多く、失踪に対して、いくつかの憶測が飛んだ。
当時としては、ワイドショーでも毎日のように取り上げられたが、急に何も言わなくなった。
捜査が進展しなかったことがその理由で、要するに、報道するネタがなくなってしまったのだ。
ウワサなんてそんなもので、ワイドショーで騒がれた分、騒がれなくなれば、元々彼女を推していたファンも離れていった。
彼女は忘れられた存在になってしまったのだ。
そんな彼女の消息は依然として知られることはなく、生きているのか死んでいるのか分からなかった。
しかし、今回死体が腐乱していたと言っても発見されたことで、事情が少し変わってしまった。
どうして彼女の身元が分かったのかというと、警察に彼女の指紋が残っていたからだ。
死体が発見される五年前、万引き事件があり、その時の犯人として彼女の指紋が残っていたのだ。
彼女は本名と芸名が違っていたことや、その時の彼女の変わりようは、アイドル時代とはまったく違っていて、もし彼女のファンであったとしても、まず分かることはなかったに違いない。
彼女の生存が確認されたのは、芸能界から失踪してからその時が最初で最後になった。
万引きの時に身元引受人になった男がいたが、今回の死体発見で再調査が行われたが、その男はすでにこの世にはいなかった。彼女の身元引受人になってから数年後、病気で死んだということだった。
もちろんウラを取ったが、間違いのない事実だった。
「身元引受人から、彼女の当時の背後を探るのは無理だったですね」
新米刑事は山内にそう言ったが、その時は、彼女の死体が腐乱したことで発見されたことと、芸能界との結びつきが分かっていない時だった。
そんな状況を打破してくれたのが、麻衣だったのだ。
離宮公園でデートした時、麻衣はニュースで変死体が発見されたことを知っていた。
ニュースと言っても、それほど大きく扱われたわけではなかったが、新聞には身元の一人が彼女であることを公表していた。
ただ、その記事だけではまだ彼女と芸能界を結びつけるものはなかったし、山内もそれ以外にも事件を抱えていたことで、彼女の過去を捜査するまでには至っていなかった。
もっとも、その頃は彼女の過去がどんなものであるかということが、今回の事件に大きな関りがあるなど、考えてもいなかった。
そんな状態でのデートは、山内にとって絶好の気分転換だと思っていた。
いろいろな事件が多発していたが、それほど大きなものはなく、地道な捜査で一つ一つ解決に導くという毎日だった。
退屈な毎日よりもメリハリはあったが、どこか消化不良に思っていることがあった。それが腐乱状態で発見された死体に対しての意識であり、頭の中での引っかかりでもあったのだ。
「山内さんは、ここで発見された変死体の捜査にも関わっているんですか?」
と言われて、ビックリした。
彼女の口から自分の仕事の話が出てくるとは思わなかったからで、麻衣がこの事件に対して、何か気になることがあるのだろうと察した。
「ええ、関わっていますけど、まだ身元もハッキリしていない状態の人が多いので、まだまだこれからですよ」
というと、
「今回発見された変死体のうち、一人の女性の身元が分かったって書いてましたよね。あれって、元アイドルじゃないんですか?」
と聞かれてハッとした。
「アイドル? いつ頃のアイドルなんだい?」
「あれは十五年くらい前のアイドルだと思うんですよ。私はまだ中学生の頃で、アイドルに憧れていた時期でもあったので、名前を見てピンと来たんですよ」
「そうだったんだね」
「どうして、彼女だけ身元が分かったんですか?」
「以前に万引き事件があって、警察に指紋が残っていたんですよ。それと照合して身元が分かりました」
「ということは、変死体を捨てた人は、腐乱した死体を纏めて捨てた理由を、身元が分からない状態まで待って捨てたというわけではないようですね。身元が分かると困るのなら、指紋は消しているでしょうし、そもそも、放置状態で発見されたということは、発見させるのが目的だったんでしょうね」
「……」
麻衣は続けた。
「でも、どうしてこの時期だったんでしょうね? この時期に発見させることに何か理由があるんでしょうかね」
「そこは分かりません。でも、腐乱した死体というのは、何となく不気味ですよね。今の話を聞いていると、『腐乱した死体』を発見させることが目的だったということになりますね。ただ、殺されたり自殺したという様子ではないんですよ。そこが不思議なんですよね」
「前に発見された変死体とも違っていますしね」
「一口に変死体と言っても、いろいろありますからね。今は地道な捜査から分かってくることを一つ一つ組み立てていくしかないと思っています」
「本当にそう思っているんですか?」
「ええ」
「私には、どうも一筋縄のやり方では、この事件は解決しないと思うんですよ。何か見えない力が働いているように思えてならないんです」
麻衣の表情は、普段の麻衣とは少し違っていた。
顔の右半分には光が当たっているが、左半分にはまったく光が当たっていない。その影になった部分で、麻衣はどんな表情をしているというのだろう?
「麻衣ちゃんの話を聞いていると、頭の中が混乱してくるのが分かるんだ。この話は、またゆっくり自分一人で考えてみたいな」
というと、麻衣も恐縮して、
「そうね、ごめんなさい、素人が余計なことを言って」
というと、さっきまで左半分を覆っていた闇の部分が晴れてきて、普段の麻衣のにこやかな表情が戻ってきた。
「いやいやいいんだ。貴重な意見として聞いておくよ」
と言ったが、普段であれば、他人から貴重な意見を貰っても、時間が経てば参考にはしても、大きく心の中に残っていることはなかったが、今回は麻衣の言葉が頭から離れなかったのは、なぜなんだろう?
その日の麻衣とのデートは中途半端な気持ちで終わってしまった。
「また明日から、捜査の毎日だ」
と呟き、少しも疲れが取れていないことを感じていた。
実際に翌日からの仕事は、今までにないほどの疲労を感じていた。それは傍から見ていても分かるようで、
「どうしたんですか? 山内さんらしくないですよ」
と、憔悴気味の山内に声を掛けていた。
「何か悩みでもあるんですか?」
と聞かれて、
「悩み? そうだな、悩みだとハッキリ分かっていれば、対処のしようもあるんだろうが」
と答えたが、実際に本人もどうしてこんなに疲れが残っているのか分からなかった。
――やっぱり、デートのつもりでいた自分が甘かったのかな?
と感じたが、刑事の立場で女性とどのようにして付き合っていけばいいのか分かっていない山内には、デートの最中に捜査中の事件の話を持ち出されたことがショックであった。
しかも、核心に触れていないとはいえ、捜査で知り得た内容を、口に出してしまったことも、後悔していた。
――軽率だったよな――
と思ったが、どうして麻衣がこの事件をこんなに気にするのかが分からなかった。
ただ、脳裏に浮かんできたのは、巡査時代の佐土原の溺死事件だった。麻衣が佐土原にかつて勉強を教えてもらっていて、知り合いだったこと。そして、街を出てから、佐土原の実家で世話になっていたということ。そのどれもが、山内の脳裏から離れず、
――今の自分と麻衣とを結びつけている唯一のカギは、佐土原という人間の存在なんだ――
と感じていた。
それは、佐土原が生きていても死んでからも同じである。
もし生きていれば、二人は付き合っていたかも知れない。家庭教師と先生というのは、結構カップルになる可能性が高いだろう。
しかも、あの街は、村と言ってもいいくらいに過疎化していて、若者は少ない。もし二人が恋に堕ちたとしても、まわりは、強硬に反対するか、大いに賛成してくれるかのどちらかだろう。
反対するとすれば、街自体が閉鎖的な意識が強く、よそ者の血が混じることを嫌がる風習からだろうが、昭和の前半ならともかく、平成の時代にはそぐわないだろう。
自分が警官の時代には、街の人からありがたく思われていて、おせっかいとも思えるくらいに大事にされていた記憶がある。ただ、それは裏を返すと、
「重宝されていた」
というだけで、自分たちの利用価値を考えて、そこから生まれる損得勘定が生きたのかも知れない。
「あまりにも寂しいじゃないか」
と自分に言い聞かせたが、もし、そんな感情が少しでもあったとすれば、麻衣と佐土原が付き合うことを強硬に反対されたとしても、仕方のないことなのかも知れない。
だが、街の過疎化という状況に直面していて、自分を重宝してくれた街の人たちなのだから、
「若い力」
という意味で、佐土原を重用しようという思いもあったに違いない。
村の若い男子は、中学を卒業すると、都会に出ていく。進学で出て行く者もあれば、中学卒業とともに、当てもなく出ていく者もいた。
当てのない人間は、都会ではまるで、
「蜘蛛の巣に掛かった蝶」
のような状態だ。
身動きの取れない状態にされ、後はゆっくりと食べられるだけ、そんな心境を食べられる寸前まで想像したことがあっただろうか?
もしあったとすれば、いきなり都会に出ていくなどという無謀なことはしないだだろう。ただ憧れているというだけで都会に出て行くことは自殺行為であり、実に浅はかだ。都会の人からすれば、
「そんな連中に同情する気にもなれないよ。よほど甘い気持ちでいただけのことなんだろうな」
としか答えないだろう。
死体の第二段が発見されて、その翌日に、急転直下の展開が起こった。
「山内さん、大変です」
と、朝山内が出勤すると、待っていいた新米刑事に声を掛けられた。
「どうしたんだ?」
「ええ、実はこの間の変死体の身元が一つ判明したんです」
「それはよかったじゃないか」
というと、新米刑事は戸惑った表情で、
「それが、判明したというのは、紀元研究会から、捜索願いが出たからなんです。紀元研究会と連絡を取って、指紋を採取すると、変死体の中の一つと、指紋が一致したんです」
「えっ、どの死体とだい?」
「ええ、腐乱した死体の一体だったんですが、その死体というのは、半年ほど前に急にいなくなった会社で言えば課長クラスの人だったらしいんですが、研究会としては、いずれ帰ってくるかも知れないからということで、私物はそのままにしてあったらしく、そこから採取した指紋が一致しました」
「どうして、帰ってくると思ったんだろう?」
「それも聞いてみましたが、この会である程度いた人は、俗世間に出てもうまくいかず、また戻ってくる人が多いそうなんですよ。だから、研究会としても、戻ってくるかも知れない人の捜索願いはなるべく出さないようにしているらしいんですが、さすがに半年以上経っているので、捜索願いを出したということなんです」
「失踪した時のことを詳しく聞いてみたいものだな」
「ええ、そういうだろうと思って、待たせています。こちらです」
と言って新米刑事は、部屋の奥の応接室に案内し、待たせている紀元研究会の幹部と称する人と会見することになった。
部屋に入ると、奥の席に一人の中年男性が座っていた。山内の顔を見ると席を立ち、
「私は、こういう者です」
と、丁重に名刺を渡してくれた。
「紀元研究会 総務部部長 武藤健吾」
と書かれていた。
武藤は、黒いスーツに白いネクタイという出で立ちで、雰囲気は、
――いかにも胡散臭い団体の幹部だ――
というイメージを醸し出していた。
しかし、腰の低さは胡散臭さを払拭できるほどで、笑顔さえ見せていた。
「この度は、どうもご足労いただきまして、ありがとうございます。早速ですが、今回の事件と行方不明になった方とが、どこで結びついたんですか?」
「はい、うちの会では、入会された方で、独り身の方には、住まいを提供していたんですよ。失踪された古沢課長もその一人でした。一般の会社の借り上げ社宅のような形式だったので、他の入会者の方も同じコーポに住んでおられるんです。だから、近所付き合いはそれなりにあったんですが、課長を急に見なくなったという話が総務部にあったので、彼の部へお話を聞きますと、本人から、一週間ほど休暇がほしいということで、お休みしているという話だったんです。それで様子を見ていますと、一週間経っても、二週間経っても出社もしてこなければ、連絡もない。こちらから連絡を入れると、携帯電話に電源が入っていないというアナウンスが流れたんです。おかしいとは思ったんですが、先ほどの刑事さんにお話したように、もし脱退しても、なかなか他の企業では雇ってくれない。会の名前は外の企業に、宗教団体として見られているという問題と、さらには、うちの会では、完全実力重視ですから、俗世間のような年功序列式の会社ではうまくいかないのも分かっているので、戻ってくる公算が大きいと思ったんです。でも、さすがに数か月過ぎると、その可能性が低くなってくるのも分かりましたので、会の方針として、半年経てば捜索願いを出すという方針に変えたんです」
「事情は分かりました。しかし、行方不明者の捜索というのは、、年月が経てば経つほど難しくなります。それを承知の上で、この決断をされたんですか?」
「ええ、うちとしても、ここに所属している人の人間としての尊厳は、十分に尊重していますので、時間が掛かってしまいました」
「でも、何かの事件に巻き込まれた可能性もあるでしょう? 身内だったら、居ても立ってもいられないんじゃないですかね?」
「そうですね。でも、ここには彼の血縁者はいません。身内と呼べる人はいないんですよ」
「それはあまりにも冷たいんじゃないんですか?」
「おっしゃる通りですが、私たちの団体は、身内のいない人がほとんどなんです。だから、皆失踪しても、すぐには探さないでほしいと心の中で思っているはずなんですよ。会の中ですぐにでも捜索願いを出そうかという話も出て、何度か話し合ったんですが、時期尚早という意見が多かったのも事実なんです。一匹狼というのは、そういうところがありますからね」
「あなたも、そうなんですか?」
「ええ、そうです」
武藤部長は、ハッキリとそう言い切った。
どうやら、紀元研究会というところは、元々身内のいない人の集まりから始まったところのようだ。
そういう意味では、他の宗教団体とは違っている。
それだけ洗脳するにはやりやすく、宗教団体の中で結婚すれば、
――団体にとってのサラブレッド――
として、純血主義を保つこともできるだろう。
「それでは、あなた方の団体は、将来的には純血主義のようなものを目指しているんですか?」
「そうです。もちろん、長い目で見なければいけませんからね。さらに団体を継続していく上では、どうしても人の数は一定数必要になってくる。当然、純血主義とは行かないでしょう。矛盾を抱えているのも事実ですが、基本は自由をモットーとしています」
「ということは、純血主義以外でも、紀元研究会というのは存在しているわけですか?」
「名前は変えていますが、同じ思想を持った同志という意味では、別に活動されているいわゆる『仲間』としての団体も複数存在しています」
「複数なんですか?」
「ええ、自由に発足できるように、我々の思想を元にした団体を支援するために、自分たちも協力を惜しまないんですよ」
「そうは言っても、その頂点に君臨するのは、あなた方なんでしょう?」
「そういうことになりますね」
どうも話だけを聞いていると、昔のソ連邦を思わせた。紀元研究会という一つの連邦があり、それをいくつかの衛星国が形成しているような雰囲気であり、それを自由だと宣伝しているこの男から、まるでプロパガンダを受けているようだった。
これ以上、この団体の話を聞いていると、こっちがおかしくなってくる。
後から考えると、これも相手の作戦だったのかも知れない。
最初に手の内を見せるようにしていながら、間髪入れずに責めてくると、頭が混乱し、さらには違った妄想を起こさせることで、それ以上興味を持たせないようにしようとする、高度なテクニックだったのだろうか。
――もしそうだとすれば、我々も舐められたものだな――
宗教団体というのも、あの手この手を考え、生き残りをかけているに違いない。
一つ言えることとして、今回の変死体発見事件が、少なくとも紀元研究会に大いに関係していることだけは確かなようだ。
ただ、彼らにはそれなりに自信があるのかも知れない。
「どうせ、お前たちの低俗な脳みそでは、我々の高度な計画や考え方についてこられるわけがない」
とでも言いたいのだろう。
山内は、話を本題に戻した。
「ところで、今回の変死体の中で発見されたこの人は、研究所では、どんな役割だったんですか?」
「彼は、ドクターでした」
「ああ、お医者さんだったんですね。きっと優秀な医者だったんでしょうね?」
皮肉たっぷりに聞いてみた。
――おたくの団体は、頭脳集団らしいので、こちらの世界では、大学病院の博士級の医者だったんじゃないか?
とでも言いたいのを、山内はグッと堪えていた。
「ええ、もちろんそうですね。彼は病気の人を治すだけではなく、研究会の中でもドクターチームを作って、うちの中だけでも人の寿命を延ばそうと、日夜研究に励んでいましたからね」
「そんなに素晴らしい人だったんですね。でも、寿命を延ばそうというのは、何かが違っているように思いますが?」
まるで神への冒涜だと言いたかった。
それは、今まで武藤部長の口から出た言葉で、一番無防備な言葉に思えた。
――自分たちのことを宣伝し、虚勢を張りたいだけなのではないか?
とすら感じさせるもので、その思い込みこそ、相手の思うつぼだということに、山内は気づいていなかった。
やはり相手は海千山千の相手、
――しょせん、宗教団体なんて胡散臭いだけだ――
と思い込んでいる間は、相手に口で勝つことなど永遠にできるはずもなかった。
それこそ人を疑うことが商売である警察官としての性が影響してしまっている皮肉な結果でもあったのだ。
「でも、確か紀元研究会というのは、元は宗教団体だったはず。その団体が『寿命を延ばす』という発言をするというのは、いかがなものかと思うんですが?」
「どういう意味でしょう?」
「人の寿命というのは、その人には決められるものではないので、寿命への踏み込みは、『神への冒涜』ではないかと考えるのではないかと存じますが、いかがでしょう?」
「我々は、今は宗教団体ではありませんし、宗教団体だった時も、別に神を崇めるなどという会ではなかったので、そのあたりはあまり意識していません」
「崇拝思想はしていないということでしょうか?」
「世の中の人たちは、宗教関係の団体だと聞くと、十羽一絡げのように判断しているようでっすが、宗教法人として登録していても、別に崇拝思想であるわけではないんです。それに歴史的にも戦争や紛争は、宗教が絡んでいることが多いので、どうしても宗教団体は白い目で見られがちなんだと思います。『神を信じて、人を救うと謳っている宗教団体が人殺しをしてもいいものか』ってですね。確かに昔からある宗教団体は元は一つで、それが時代の流れとともに、いくつかに分裂し、派生して行った。でも、我られの団体は、宗教色はそれほど強くはなかった。それだけは事実です」
「そうなんですね」
「我々は、神を崇拝するというよりも、目線はあくまでも人間の目線でしか見ていません。だから、日夜研究を続けているんです。人間だって、今のままでいいわけではなく、まあ、今のままでいいという人もいるんでしょうが、もっと成長するものなのだと思っています。長い間かけて、進化してきたものを、一気に進化させるという研究を続けていると思ってもらえればいいんじゃないでしょうか?」
「その考えも、他の宗教団体の人から見れば、『神の冒涜』になるのかも知れませんよ?」
「どうしてですか? 人はそれぞれ努力して、自分の持っている能力をできる限り引き出そうとするものですよね。これは他の動物にはない、人間だけの特性ですよね。それに、超能力を持った人間が現れると、人はすぐに話題にしたくなる。昔あったスプーン曲げや透視能力や予知能力などの番組など、そのいい例だと思うんだけど、いくら話題作りとはいえ、それには僕は反対だったね。当時の人たちが、何を求めていたのかというのは、今の人からは想像もつかないのかも知れませんけどね」
「それはそうです。私も後半の意見には賛成ですね」
「個人個人で努力をしても、結局は知れているんですよ。でも、世の中は一人一人の努力を手助けするくらいしかできない。ともに全員が高度な能力を得るということを目指しているわけではないんですよ」
「どうして、そう思うんですか?」
「だって、世の中というのは、しょせんは競争世界ではないですか。人を押しのけてでも自分が上にいく。人よりも優秀な成績を上げることで合格するんですよ。定員があるものは、いくら成績がよくても、全体の平均点がよければ合格できない。例えば昨年は六十点取れば合格できたのに、今年はできないとかあるじゃないですか。去年は平均点が五十九点だったんで合格できたけど、今年は六十一点なので、合格できなかったというようにね。極端な例ですが、いくら自分が努力しても、まわりの水準が上がれば、合格にはおぼつかない。だから、最後は自分との闘いなんですよ。美化された言い回しですが、結局は、『自分だけが良ければそれでいい』という感覚になってしまう。それでは社会全体、人間全体が成長できるわけがないんですよ」
「じゃあ、何のために成長するんですか? 別に今のままでもいいじゃないですか」
「そうですね、今の世界だけしか見えない人にはそうかも知れません。でも、今の社会というのは、皆が今のレベルだから出来上がった競争社会なのかも知れません。皆がもう少しレベルアップして、自分だけのことではなく、社会全体について考えるようになると、全体のことを考えて、競争のない平和な世界が生まれるかも知れない。それが私たちの考え方なんです」
「でも、競争社会があるからこそ、少しずつでもレベルが上がっているのかも知れませんよ」
「全体のレベルが上がっても、個人個人の意識がレベルについていけなければ、さっき言ったように、前の都市なら合格していた人が合格できなくなることになる。合格できなかった人は本当にレベルが低いと判断していいんですかね?」
「いいと思いますよ」
「私は違うと思っています。競争社会の中でレベルが上がってくると、危険な兆候が出てくるように思うんですよ」
「それはどういうことですか?」
「レベルがあがるという判断は、あくまでも平均点でしか見ていませんよね。でも、その平均点を引き上げているのは、一部の優秀な連中であって、低いところの連中のレベルは変わっていない。むしろ下がっているかも知れない。社会自体が、レベルがあがったことに対して、より優秀な人間を一人でも作り上げようと考えるからですね。そうなると、格さというのはどんどん広がるばかりで、社会的にも貧富の差を生むだけになるんですよ。もっとも、それが民主主義の産物のようなものなので、どうしようもないと考えている人の方が多いかも知れません」
「確かに、民主主義の問題は、貧富の差や差別問題を避けては通れないところがありますね」
「たぶん、今の社会は、それは仕方のないこととして諦めの境地に立っているんでしょうね。だから、個人の力をあげることにまい進して、競争社会から脱却することができない」
「そうですね」
「そもそも教育というのは、そんな競争社会を生むものだったんでしょうかね? 学問というものがあり、一部の学者や研究家が発見したことを、広く教え、それを基礎学力にするのが、教育だったと思うんですが」
「それにも同感です」
「研究による発見が長い歴史の中で培われたように難しいものもある。そのため、途中で分からなくなった人を、そのまま進級させて、それ以上の教育を受けさせるのは酷だということで、小学校、中学校、高校、大学と、それぞれの段階やレベル、そして年齢に応じた学校が出来上がった。中学までは義務教育、そこからは、学問をしたい人だけが学問をすればいいはずだったのに、いつの間にか、高校まで出ていないと、就職が難しいとか、学校のレベルで、進路が決まってしまったりする世の中になってしまったんでしょうね。本来なら生徒を救うべき教育が、生徒を縛って、苦しめているんですよ。これは全体のレベルよりも個人のレベルを考えた産物なのかも知れない」
「逆に、全体のレベルを考えるから、個人のレベルを上げないといけないと思うんじゃないですか? そう考えると、まるで禅問答のようだ。『タマゴが先か、ニワトリが先か』のあの理論ですよね」
「そうなんですよ。分かっているじゃないですか」
「ええ、分かっているつもりだったんですが、なかなか普段は考えることがないので、お話をしているうちに分かってきたような気もしているくらいです」
「そうでしょう? こういうことは定期的に考えたり、話し合ったりするべきなんですよ。世の中というのは、どうしてもこういう話題から目を逸らしがちになってしまいますからね」
「まさしくその通りです」
山内は、すっかり武藤部長の話に引き込まれていた。
ただ、本人は洗脳されているという意識はなかった。
――話を聞いたことで、自分の中にある考え方を再認識しているだけだ――
という思いがあるだけで、山内に対して、武藤部長が洗脳しているという意識はなかった。
しかし、自分は刑事である。刑事として話をしている以上、
――相手を疑ってかかる――
という眼が曇っているわけではなかった。
だが、武藤部長の話を聞いている限りでは、今回の変死体事件が、自分が考えているほどの危険性が孕んでいる事件のようには思えなかった。
実際に殺害されたわけではない。確かに、死体遺棄と死亡しているのを隠していたという疑念は湧くが、それも何か研究に役立てる何かを目的にしているのであれば、それも無理もないことのように思えてきた。
――死んだ人の情報を吸い上げることができるんだろうか? そんなことは考えられない――
と思った。
もしそこまでできるのであれば、死体に何らかの細工もできるかも知れない。紀元研究会という団体を考えると、得体の知れない団体であることは間違いない。
そう思うと、さっきまで話していた内容には、疑ってみる余地はまったくなかった。だが、いったん話が中断して、自分の中で話と団体についてを冷静に考え合わせると、やはり自分が洗脳されているように思えてならなかった。逆に自分のように最初から疑ってみている人間ですらそうなのだ。何の疑いもなくただ武藤部長の話を聞いた人だったら、どう思うだろう? 世の中に反感や不満を持っている人間なら、武藤部長の話に陶酔してしまうのも仕方のないことだ。そう思うと、武藤部長が、いや、紀元研究会という団体が何を考えているのか、ますます奥深く知らなければいけないような使命感に駆られるようになってしまった。
しかし、武藤部長は、個人についてどう考えているのだろう? 個人よりも全体の押上を口にしていたが、
「個人よりも団体重視」
ということは、
「団体のためなら個人も犠牲にしてもいい」
と言っているようにも聞こえる。
そんなことが許されるとは山内は思わない。
失踪者がいても、半年も捜索願いを出さなかったのは、個人蔑視からなのか、それとも何かの時間稼ぎなのか、すぐには分からなかった。
しかし、冷静になって考えれば考えるほど、彼らのような宗教団体は、しょせん、今の世の中には溶け込むことができない団体にしか思えない。
――彼らの言っていることは理想なのだろうが、受け入れられなければ、しょせんはカルト団体で終わってしまう。この世から抹殺されてしまう運命でしかないんだ――
と思えてならなかった。
もう少しで、事件のことをうやむやにしてしまおうとしていた自分がいたことに気づくと、急に怖くなってきた。
――武藤部長は、さっきの会話で俺のことをどういう風に見たんだろうか?
自分の言葉を全面的に信じる相手だと思ったのだろうか?
確かに、話をしている時は、武藤部長の理論に完全に引き込まれていた。反対するつもりはサラサラなく、ほとんど陶酔していたように見えていたかも知れない。
しかし、
――俺は刑事なんだ――
と思い直すと、我に返った気がした山内は、やはり自分が洗脳されかかっていたのだということを悟ったようだった。
悟りというほと大げさなものではない。
悟るほどの長い会話だったわけでもない。しかし、引き込まれそうになったのも事実、――自分も普通の人間なんだ――
ということを思い知らされた。
しかし、そのことを思い知ったということで、それ以上、もう迷うことはないような気がした。相手の意見は意見として聞いて、疑うべきところは疑うという自然体であればいいのだ。
最初から、相手を疑って見るという意識が強すぎると、相手の意見委非の打ちどころがないと、自分の疑っていた気持ちが浅はかだったことに気づき、恥ずかしく思えてくる。それが相手の狙いだったのかも知れない。
山内のように、相手を疑って見る相手には、自分たちの意見を少し強めに諭すことで、自分のペースに嵌めてしまうというテクニックがあるようだ。
相手が、普段から疑うことで相手とは違うという意識を持っているという思いを逆手に取った絶妙な会話術。そのことに自分が冷静になっていくことで気づいてきた山内だったのだ。
「今日のところは、これくらいでいいでしょう。またお話を伺うことになるかも知れませんが、その時はご協力お願いいたします」
と山内は丁重に頭を下げ、武藤部長を見送った。
彼は車で来たわけではなかった。そのまま歩いて署を出ると、駅の方に向かって歩いて行った。
「彼は一人で来たんだね」
と新米刑事に訊ねると、
「ええ、そうなんですよ。いきなり受付に現れて、紀元研究会の部長だけど、今回の変死体事件の件で話があると言ってきたんです」
「それにしても、君はどう思う? 彼のことを」
と聞くと、
「何とも言えないですね。言っていることは、理解できる気はするんですが、冷静になって見ていると、理想だけを語っているようにしか見えなかったですね」
どうやら、彼は最初から信じてもいないようだった。
――そうなんだ、最初から疑って見ていれば、俺にだって理想だけを語っているようにしか見えなかったはずなんだ――
と思うと、自分の心の中にも、彼の話に共感してしまう何かが燻っていて、それがトラウマになっていたのかも知れないと思うと、何も言えなくなってしまった。
「しかし、彼らの言い分も分からなくはないんですよ。さっき理想だけを語っていると言ったのは、あくまでも刑事としての意見で、自分個人に立ち返れば、十分に理解できることなんです」
と新米刑事は語った。
「どういうことなんだい?」
「僕にも彼らと同じようなところがあるということです。特に警察組織のようなところにいると考えてしまうんですよ。警察というところは、市民の安全を守るのが仕事でしょう? でも、僕たちの安全は誰が守ってくれるというんですか? 国家が守ってくれるわけではない。警察の警察なんてありませんからね。もし、そんなことをすれば、その彼らを守る組織も必要になる。キリがないですよね」
「それは面白い発想だ。真面目な話、俺たちは、自分の身は自分で守らなければいけないからな。それには、国家というものが一つの組織であり、その中を形成する組織も乱れてはいけないことを示している。だから、警察組織を守るのも、俺たちの役目ということになるのかな?」
「でも、そんな意識はないですからね」
「警察組織を守るのは、警察のお偉いさんと、国会議員の先生たちなんじゃないかな? 下々の連中には分からないこと。だけど、そのせいで、時々理不尽なことに巻き込まれたりするだろう?」
「そうですね。捜査をしていて、急に捜査が中止になったり、捜査本部が解散させられたりすることもありますからね」
「そうなんだ。俺はそれを危惧しているんだが、その気持ちは俺だけではなく、警察の皆も思っていることなんだろうな。テレビドラマなどでは、結構そういう話がテーマになったりしているようだけど」
「ミステリー小説というと、事件そのものに焦点を当てて、そこに人間関係や、心理を当て嵌めて描いたものなんでしょうが、推理サスペンスというジャンルもありますよね。それって事件そのものよりも、起こった事件に対し、警察組織と犯罪組織との間での話が多かったり、警察内部の問題がクローズアップされたりするものが多いような気がします。やっぱり組織というものはテーマになりやすく、特に国家組織に関係しているものは、どうしても、話題になりますよね」
「俺はそんなに深くは感じたことはなかったんだが、警官時代から刑事に昇格してから、いろいろな矛盾を感じているのも事実なんだ。警官の頃は、早く刑事になって、事件解決に一役買いたいなんて思っていたけど、すぐに警官時代が懐かしくなったのも事実だな」
「僕はまだそこまでには至っていないですが、今のところ、そんな気になるような思いはないんです。刑事になったと言っても、一番の下っ端ですからね。一生懸命にやっているのが精いっぱいで、置いて行かれないように努力をしているというところでしょうか?」
「そういう新鮮な考えの人の意見も貴重だと思っているんだ。自分にだって、そんな時代があったはずなのに、今では忘れてしまっている。今の自分に気づかないことに気づいてくれるような気がしてね。だから、意見をいろいろ言ってくれると助かると思っているんだ」
そういえば、山内が刑事になりたても、先輩刑事から、
「お前はどう思う?」
と聞かれたこともあった。
あの頃は、先輩に対して恐れ多いと思っていたこともあって、実際に思っていたことをすべて話せたわけではなかったが、自分についている今の新米刑事を見ていると羨ましく思えてきた。
「意見というのは、人それぞれにいろいろあっていいと思うんですよ。中には絶対に承服できないと思う意見もあると思うんですが、それだって、相手の意見を聞いた上で、自分の考えに照らし合わせて見ているわけでしょう? まずは、考えている人がいれば邪魔せずに考えさせることと、意見がまとまっているのを感じると、聞いてみるというところから始めてみようと思ったんですよ」
「それはいつの話なんだい?」
「つい最近のことですよ」
山内が刑事になりたての頃も、それに近いことを考えていたように思う。
十年も経っているからなのかも知れないが、今ではそんなことはすっかり忘れてしまっている。
――彼のように口に出していれば、今も覚えているのだろうか?
と考えたが、少なくとも、口に出さずに自分の中で溜めていくと、忘れてしまう効率が高いのかも知れないと思った。
「言葉に出すことで、忘れないようになるということもあるんだろうか?」
「あるでしょうね。僕は、さっきの武藤部長の考え方。分かる気がするのは、今の世の中、個人主義が横行していると思うんですよ。団体よりも個人という発想は、皆の心の中にある。実際には、個人よりも団体を優先しないと社会は成り立っていかないので、余計に個人を尊重しようという思いは罪悪のようにまで見えてしまって、そのため、口にすることはタブーになったりしている。その代わり、同和教育があったり、差別を問題化する教育があったりするんでしょうね。でも、それは、偏った社会を作らないための、詭弁のようにも見えるんです。僕の偏見ですけどね。そのために、考えていることを口にできない人が増えてくる。それで今先輩の言ったように、言葉にすることで忘れないようにしようという思いとは逆に、言葉にできないから、忘れてしまうという考えが人の心の中に培われているのかも知れない」
「でも、それは口にしてはいけないという思いが強くて、忘れたくなくても、無意識に忘れようとするのかも知れないぞ」
「そうかも知れません。いや、そうなんでしょうね。でも、僕には個人が優先なのか、組織が優先なのかということは分かりません。逆に一つに絞ってしまうと、永遠の命題に思えてくるんですよ」
「どういう意味で?」
「さっきの、タマゴが先か、ニワトリが先かという話に関わってくるんですが、鼬ごっこのような気がするんです。きっと、皆同じことを考えているとは思うんですが、考えないようにしているように思えてならない」
「この話をすると、感じるんだね?」
「ええ、何か共感するものがあると思っていっているんだろうけど、すぐに忘れてしまう。意識してはいけないという思いが宿るのかも知れないと感じます」
新米刑事がここまでいろいろ考えているとは思ってもいなかった。
山内は、自分の発想と新米刑事との発想が似ているところは分かっている。しかし、どこが違うのかということを考えると、感じるものがあまりない。実際に自分の中で、まだ隠れている部分があるように思えてならなかった。
――一体どうしたというのだろう?
ここまで発想してきて、さっきまで考えていたことが消えていくような気がしてならなかった。
武藤部長との話もついさっきのことだったのに、まるで数日前に話をしたことであるかのような錯覚があるくらいだ。自分の頭が混乱しているのは、自分の発想が悪いのか、それとも、人の意見を整理できない自分に原因があるのか、自分でも分かっていなかった。
今回の変死体遺棄事件の第二段が発見されて、少し事件の様相が変わってきたこともあって、捜査本部はさらに混乱していた。
一番の疑問は、
「なぜ、片方の死体はすべて腐乱しているのに、もう片方には腐乱の形跡がないのか?」
ということだった。
さらに、
「片方は、死亡時期がバラバラなのに、まとめて発見されていて、片方は、死亡時期も発見時期もバラバラだが、連続はしている」
という疑問も残っていた。
「まとめて発見された方は、腐乱している死体だった。しかも、死亡時期が異なるのに、腐乱状況に変わりはない。誰かが言っていたように、浦島太郎の玉手箱みたいに、まるで寿命まで一気にまっとうしたから、死んでしまったのではないかという考えに至るのは決して無理もないことだ」
と思えた。
それに輪をかけて思い出されるのが、紀元研究会の武藤部長の話だった。
「寿命を延ばすとか言っていたが、そんなことができるわけもない。でも、もし何かの薬を使用して、それを促す研究が行われているとすれば、これらの死体は、その実験台なんじゃないか?」
とも考えられた。
死体のすべては腐乱していたが、死の間際まで、苦痛があったとは思えないような表情だった。
腐乱していたのは身体だけで、なぜか顔には腐乱は見られない。綺麗な顔がそのまま残っていたのだ。
さらに、彼らの顔には満足感のような表情さえ見られた。普段から苦痛に満ちた死体しか見ていなかったからなのかも知れないが、彼らの顔に、死に対しての恐怖は少なくとも見られない。
――まさか、自分が死ぬとは思っていなかったのだろうか?
いや、そんなことはなさそうだ。
やはり感じた満足感への思いは薄くなることはなかった。その表情からは、満足感と同時に、
――潔さ――
が見られるのだ。
やはり死を覚悟していたのは間違いないのだろう。死をも恐れていないということは、それ以上に生きることが苦痛だったのか、それとも、生きている間にしなければいけないと思ったことをまっとうしたことでの満足感なのか。
もしそうであるとすれば、寿命まで生きたと考えるのも、一つかも知れない。しかし、それ以上に何かの目的があって、それを成就するために、
――命を削った――
などという発想は、無茶なものだったのだろうか。
いや、山内がこの事件の真相に近づいた時期があったとすれば、そのターニングポイントは、この時だったのかも知れない。
ただ、せっかくのターニングポイントを迎えたというのに、それ以降、中に入ることができなくなってしまったことで、頭の中が膠着状態になった。そのため、少し事件から頭を切り離そうと考えたのも事実だった。
最初に腐乱死体が頻繁に発見されていた時期は、誰もが、
「こんなの事件性もないし、発展もしないだろう」
と思われていた。
しかし、一気に死体が発見されたことで、何かが動き出した気がしてきたのは、山内だけではないだろう。
新米刑事もそのことは分かっていた。他の会話の中でもこの事件に対しての意見を山内から聞き出そうとしているのが分かった。
自分もいろいろな意見があるが、まずは先輩を立てて、先に話をさせないといけないと思っているに違いない。そう思うと、彼の勝気な性格が、手に取るように分かってくるようだった。
そんな山内が、事件から頭を切り離したいと思っていた矢先、ちょうど、麻衣から連絡があった。今度会ってほしいという話だった。
「いつでもいいけど」
というと、
「じゃあ、明後日の夕方ではいかがですか?」
「ええ、いいですよ。この間のバーでいかがですか?」
「分かりました」
と言って、約束を明後日の夕方のろくじ八時にしていた。
その日、山内は午後から非番だったからである。
山内は、この二日間、なるべく変死体事件のことはあまり考えないように、日ごろの勤務をこなしていた。
実際には、変死体事件の他にも事件がないわけではない。大事件があるわけではないが、毎日のように、事件は発生していて、決して暇などという言葉を言えるような状況ではなかった。
「ふぅ、今日も一日が終わったか」
と、山内は独り言ちたが、山内にとって事件の大小が問題ではなかった。
――いかに、事件が解決した後、自分の中にストレスが残らないか?
というのが問題だった
大事件であっても、事件解決とともに、忘れられそうなものであれば、それほどきつくはないし、小さな事件であっても、自分に大きな関りがあれば、ストレスとして残ってしまう。それは山内に限ったことではないし、警察だからというわけでもないだろう。
それだけに、山内は解決した事件に対して、思いをなるべく残さないようにしようと思っていた。前を向いて歩くには当然のことだ。
しかし、最近ではそれだけではいけないような気がしていた。終わった事件を簡単に忘れてしまおうとする姿勢こそ、何か自分に後ろめたさを残してしまいそうな気がして、必要以上に何かを考えている自分を想像してしまう。
そんな時は気分転換に限るのは分かっているのに、気分転換をするための趣味があるわけでもない。せめて、馴染みの店を作って、酒を呑むくらいのものだとしか思い浮かばなかった。
そういう意味では、常連ばかりのお店で、自分が行く時は、たいてい他に誰もいないような環境を作ることができるあのバーは、山内にとってのオアシスであり、「隠れ家」でもあったのだ。
バーに到着すると、麻衣はすでに来ていた。
「やはり、僕よりも早かったんだね?」
「ええ、でも、私には待ち合わせの時の、いつもの時間なんですよ」
待ち合わせをした時、誰よりも一番早くいるのが麻衣だということは分かっていたので、他の女の子なら、それでも先に自分が着いていようと思うのだろうが、相手が麻衣だったら、敢えて彼女よりも遅く来ようと思った。待ち合わせ時間よりも早ければ、それでよかった。誰よりも早く来ることを心掛けている人よりも早く来ることは、その人のプライドを傷つけてしまうことになる。それくらいのことは山内にも分かった。いわゆる「デリカシー」というやつだ。
店は七時から開店しているが、本当に客が増え始めるのは、十時過ぎくらいである。それまでにマスターが仕込みや店の整理などを行い、準備をしている。いつものように手際のいいマスターを見ていると、八時と言っても、まだ宵の口くらいの感覚だった。
そういえば、学生時代に友達と待ち合わせをした時、絶対に自分よりも早く来る人がいた。二人きりで待ち合わせをする時も、集団で待ち合わせをする時も、彼よりも早かったことは一度もなかった。
しかも、不思議なことに、彼は自分よりもいつも五分早かった。
「まるで、図ったようだな」
と言ったことがあったが、
「俺には分かるのさ。お前が何時頃に来るのかというのがね。だから、絶対に五分前に行こうと思うと、その思いは叶うのさ」
「どうして分かるんだ?」
「相手が君だからというわけではなく、誰かと待ち合わせをした時、その人よりも早くいかなければいけないと思うと、自分が何時に出なければいけないか分かるんだ。それは身体が教えてくれるのであって、まるでお腹が減った時に、お腹がグーって鳴って教えてくれるだろう? あの感覚と同じなんだ」
「それじゃあ、まるで本能のようじゃないか」
「俺も最初は本能のようなものかと思ったんだけど、本能というよりも条件反射のようなものに近いかな?」
「どっちも似ているように思えるんだけど?」
「それが違うんだ。条件反射には、感情のような意識は存在しないけど、本能には、意識が存在している。そこが違う気がするんだ」
「それって、目覚ましなしで目が覚めた時のような感覚なのかな?」
「それもちょっと違う。いきなり目が覚める時というのは、夢を見ていて、最後に見たくないものや、もっと見ていたいと思う両極端な感情が生まれた時、目を覚ますんじゃないかな? でも、目が覚めてしまうと、夢を覚えていないので、なかなかその感覚になることはないと思うんだ」
「夢というのは、本当に覚えていないんだろうか? 寝ている時だけ感じるものがあって、起きている時と眠ってからでは世界が違うので、見ているものが違っているというだけのことなんじゃないかって思ったことがあった」
「そういう意味では、目が覚めるにしたがって、夢を忘れていくって俺は思っていたんだけど、覚えているのが本当で、ただそれは夢の中だけの世界のもので、目が覚めても覚えている方がおかしいという考えも成り立つのかも知れない」
「そう思うと、夢というのは、中途半端なものだよね。まるでコウモリのようだ」
「というと?」
「獣に会っては、自分は鳥だといい、鳥に会っては自分を獣だというコウモリは、そうやって生き延びてきたんだけど、中途半端な感じだよね。夢というのは、起きている時に感じると、寝ている時のものだという感覚なんだけど、逆に寝ている時に意識があるとすれば、夢というものを、現実世界のものなんじゃないかって思っているかも知れないということなんだ」
山内は、それまで夢について詳しく考えたことはなかったが、その話をしている時、今まで思いもつかなかったことが友達の話を聞いているうちに、いっぱい発想できたように思えた。
ただ、その思いも今まで感じたことがあったのかも知れない。覚えていないだけで、以前に感じたことがあるように思えるのは、まるで夢を見ている時に見る夢のようではないか。
――いろいろな発想を巡らせていると、気が付けば元のところに戻っている――
と感じたが、それは、普通に最短距離で元に戻ったわけではなく、一周回って、元の位置に戻ってきただけなのかも知れないとも感じた。
そういう意味では、
――発想が堂々巡りを繰り返しているように思うことがあるが、本当は一周グルっとまわって、元の位置まで回ってきたのではないか?
という発想が浮かび、とどまるところのない考えが浮かんでくるのが、おかしくて仕方がなかった。
そんなことを思い出していると、その友達もいつの間にか、どこかの宗教団体に入信したという話を聞いた。その友達のことを思い出したのは、宗教団体に入信したというのを思い出すための前兆のようなものだったのかも知れない。
――最近は、何を考えていても、最後には宗教団体のことに頭が巡ってくるような気がする――
と感じていた。
それも、堂々巡りを繰り返しながら、最後には同じところに戻ってくると思っている感覚に挑戦しているような思いだった。
麻衣にも、
「どうして僕よりもいつも早く来れるんだい?」
と聞いてみたかったが、顔を見ると聞こうと思っていた感情がいつの間にか消えてしまっているのを感じた。
その思いは、
「聞かなくても、いずれ分かる」
という思いなのか、
「そんなことは顔を見るとどうでもいいことだ」
という思いからなのかのどちらかだろう。
山内には、前者に思えてならなかった。
いずれ分かるというよりも、麻衣が自分の口から語ってくれるような気がするからだ。しかも、別に聞きたいという思いがあるわけでもない時、唐突に言われるような気がした。麻衣は、嬉々とした笑いを浮かべて山内を見つめている。そんな麻衣の顔を山内は想像するのが怖かった。
そんなことを考えていると、麻衣が自分の前に現れたのも、本当に偶然なのかと思えてきた。
もし何かの思惑があって現れたのだったら、山内にとって決して喜ばしいことではない。それは、嬉々とした笑いに、不気味なイメージを感じた顔を想像した時、怖さを感じたからだった。
刑事になってから、なるべく怖さを感じないようにしようと思っていた。以前から、余計なことを考えては不安を掻き立ててきた。なぜこんなに不安に感じるのか分からなかったが、どうやら、夢に見ていることを、ある瞬間に思い出すことがあったからだ。
しかも、その思い出すというのは、夢の内容を思い出すわけではなく、
――怖い夢を見た――
と漠然と思い出すだけで、内容を思い出せないことで、言い知れぬ不安に苛まれるのだった。
その日の麻衣は、普段の笑顔の裏に、そんな表情を隠し持っているような気がしてならなかった。ただ、別人になってしまったという感覚ではなく、それが元々の麻衣の正体だったのだと思えていた。
ただ、十年前の麻衣と今の麻衣が違っているのは間違いない。
――十年というのは、人を変えるには十分な年月だ――
その思いは刑事のような職業をしていると身に染みて分かっている。いつから自分はそんなことが分かるようになってしまったのか、きっと刑事という職業に違和感を覚えなくなってからのことだろう。
元々は、警官から刑事になった頃から、自分が求めていた理想と程遠いことに違和感を覚えていた。
人を助けることが刑事の仕事のように思っていたのに、組織も守らなければいけないというジレンマ、さらに、一つの事件を取っても、それぞれの立場の違いが、事件を引き起こすことの多さから、
――事件に巻き込まれるのも人間なら、事件を引き起こすのも人間、すべての人を助けるなど、できっこない――
分かっていたはずのことなのに、実際にその立場に立ってしまうと、襲ってくるジレンマに、息苦しさを感じてしまい、自分の存在すら罪であるかのような錯覚に襲われるくらいに悩みを抱えてしまうこともあった。
ただ、それは自分の過去の中に、記憶が欠落している部分があるのを山内が忘れてしまってたからだった。警官になってから刑事になるまでの間、どこかの記憶が欠落していることを意識していたはずなのに、刑事になる寸前か、刑事になってからだったのか、その記憶の欠落を意識していたということ自体を、忘れてしまっているのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます